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ドッキリはおやめください

 昨日も早めに寝たのだが、ここ二日の疲労が溜まっているらしい。

 朝食が済んだというのに、目はしょぼしょぼとしていて大きな欠伸が溢れ出る。


 うーんこれはハレの儀の最中に寝ちゃうかもしれない。それは良くない。

 今日さえ乗り越えれば、後はノゲイラ製快適馬車で寝かせてもらえるんだ。

 そんなわけで取り出しますはこちら、ディーア特製栄養ドリンクです! デデン!



 クラヴィスさんをはじめ、ノゲイラは上から下まで働き者が多すぎる。

 そのため以前開発したこのポーションは改良に改良が重ねられ、今では子供の私が飲んでも大丈夫な物までできてしまったのである。


 いやー今回の日程聞いた時、絶対必要になると思って頼んでて良かったね。流石ディーア。すぐ用意してくれたよ。

 あまりにも強行軍のため同行している皆にも一人一本ずつ配布しているから、きっと今頃何人か飲んでいる事だろう。

 ちなみに一日一本まで、必ず休養を取る事など、支給する際に色々取り決めをしているおかげか、今のところこれを飲んでぶっ倒れた人は居ません。過労ダメ絶対。



 薬草の苦みを甘味料や酸味料で調和させ、私も良く知る栄養ドリンクな味に近いそれを一気に飲み干す。

 すっごく美味しいわけじゃないけれど、ポーションとして飲むには十分だろう。

 元の世界でも良くお世話になったなぁと懐かしく思いつつ、さっそく目が冴えて来たところでフレンが不思議そうに首を傾げた。



「お嬢様、本当に装飾品はそちらだけで良いんですか? 今ならまだ用意できるそうですけど……」


「うん、丁度紅だし、終わったらすぐノゲイラに帰るでしょ? なるべく身軽でいたいんだ」



 差し出された手に空の瓶を手渡せば、右手首で紅のブレスレットがしゃらと小さく音を立てる。

 何でもこの世界でも紅白は縁起の良い物と考えられているらしく、特にハレの儀は白の衣装に紅の装飾品と決まっているそうだ。

 他にも魔除けの銀と祝いの金も良いそうなので、私はこの日のために仕立てた真白のドレスを身に纏い、銀のリボンで髪を飾り、シルバーさんに渡されたあの紅のブレスレットを付けている。


 一応公爵令嬢なので、宝石とか魔石とかもっと豪華な装飾品を身に着けている方が良いのかもしれないが、後で着替える時間とか考えたら身軽でいたいんだよねぇ……。

 それに披露宴であんなお高い宝石身に着けてたんだから、ハレの儀まで権威を示すような事しなくても良いだろう。

 これも立派な魔道具ですし。何なら世界に一つだけで、値段的にも宝石に負けちゃいないぜ。



 異世界の英雄由来の催事で紅白と来ると、もしかしてそうなんじゃないかなぁなんて思っちゃう事はあるけれど、今は目の前の事だ。

 ちらっと時計の方を見れば、そろそろ良い時間で、同じく時計を確認していたフレンと頷き合った。



「それじゃあ私はこれで失礼しますね。また後で!」


「また後でねー」



 パタパタと部屋を出ていくフレンを見送り、手近な椅子に腰かける。

 ハレの儀へ参列するために先に教会へ向かうフレン達と違い、私はクラヴィスさんが迎えに来るまで待機だからなぁ。もうすぐ来るだろうけど、ちょっと暇ができてしまった。

 荷造りもほとんど終えているため、暇つぶしになりそうな物は無く、ただぼんやりと窓の外を眺めながら、聞かされているこの後の流れを思い返した。



 クラヴィスさんが迎えに来てくれたら、馬車に乗って教会へ向かい、そのままハレの儀が始まるんだっけか。

 親や保護者に同伴してもらい教会の中へと入り、そのまま祭壇へ歩いていく。

 そしてある程度進んだところで同伴者から離れ、一人祭壇で待つ司祭の元へ向かい、司祭から祝詞を賜ったら同伴者の元へ戻るだけ、らしい。


 らしいというのも、その後は人によって様々で、参列してくれた人達と食事を楽しんだりする人もいればすぐに帰る人もいるため、後は流れで適当にって感じらしいんだよね。

 ハレの儀の意味合いとしては、子供が無事成長する事を祝い願う儀式なので是非身内との親交を深めて欲しいとは、今回担当してくれる司祭の話である。



 今回は早くノゲイラに帰りたいというのもあるので、皆で軽食は取らせてもらうがそれだけだ。

 正式なお祝いはノゲイラに帰ってから、というわけです。

 留守番を言い渡されたディックが「腕を振るって待ってますからねぇ!!」って叫んでたんです。早く帰らないと城が大変な事になっちゃう。



 そういえば参列者はいつもの面々だけだと思っていたんだけど、急遽クラヴィスさん繋がりで一人来てくれる事になったんだよね。

 貴族にとってのハレの儀は貴族同士の繋がりを強固にする目的もあるそうで、祝いの品を贈ったり、それこそハレの儀に参列する事もあるらしい。

 それこそ王家のハレの儀なんてあれば、貴族は軒並み参列するんだとか。建国祭や戴冠式みたいな感じかなぁ。


 今回来てくれる人がどんな人なのかはまだ知らないのだが、私が近付かない方が良い人ならそもそもクラヴィスさんが来させないだろう。

 クラヴィスさんと繋がりたいのか、それともルドルフさんみたいに元々仲が良い人なのか。

 どちらにせよクラヴィスさんも繋がりを強くしたい人なんだろうし、失礼のないようにしないとね。


 ちなみにルドルフさんからは昨日、クラヴィスさんを通してお祝いの品を頂いております。

 世界各国の茶葉の詰め合わせだって。飲んだ事の無い茶葉や、珍しい茶葉もあったので楽しみです。



 どんな風に飲もうかなーお茶請けは何にしようかなーなんて考えていたら、扉がノックされ間延びした返事を返す。

 開いた扉からは私と同じ白い服を着たクラヴィスさんが現れて、ゆるゆると手を振った。



「お迎えご苦労さまでーす」


「あぁ……結局それだけにしたのか」


「なんかおかしかったりします?」


「人によっては装飾品を付けない者もいる。だからおかしくはないが……まぁ、こちらの問題だ」


「はぁ……?」



 良くわからないが、なんだかちょっと不服そうなクラヴィスさん。

 あれかな、ライバルポジなシルバーさんが作った物だからかな? クラヴィスさんも魔道具作るもんねぇ。

 二人共、職人気質なところがあるから色々気になるんだろう。シルバーさんもクラヴィスさんが作った魔道具に興味津々だったからなぁ。お互い意識してるんだろうね。


 きっとお互いが良い刺激になっているんだろう。

 そういう意味でもシルバーさんがノゲイラに来てくれて良かったなぁ。

 微笑ましいなぁと、口元を緩めていたのに気付かれたらしい。

 何か言いたげな視線が向けられたが、気付かないフリをして手を伸ばした。



「じゃ、行きましょうか。みんなが待ってますよぅ」


「……そうだな、あまり待たせすぎるわけにはいかないな」



 以前私が贈った髪紐でまとめられた黒髪がさらりと揺れて、含みのある言葉と表情を向けられる。

 おや? とは思ったけれど、手を取られてしまったせいでそれが何なのか問い詰めることはできず、私達も部屋を後にする。



 ──何が何でも問いただせば良かったと、後悔したのはすぐだった。



 教会着いた途端、目に入った数人の騎士の姿。

 ノゲイラの人間ではないその騎士達は、白と金の揃いの鎧を身に着けている。


 この教会は異世界の英雄が建てた由緒ある教会ではあるが、あんな風に騎士が警備に就くことは無いはず。

 あの鎧、私の見間違いじゃなければ王家の紋章が入っていませんかね? 王家の紋章が入った鎧って、近衛騎士の装備だよね?

 嫌な予感がしてクラヴィスさんを見上げるけれど、隣立つその人は全く動じていない。


 まるで知っていたかのような様子だが、そんな、まさか、ねぇ?

 あり得ないと思うのに、クラヴィスさんは立ち止まらず、私の手を引き教会へと向かっていく。

 そして近衛騎士によって開かれた扉の先、一人だけフードを被った後ろ姿を見つけ、思いっきり顔が引き攣った。嘘だぁ。




 ハレの儀自体は事前に聞かされていた通り、無事何事も無く進んでいったけれど、これは、一体どういう事なんだろうか。

 祝詞を賜って祭壇に背を向けた途端、背後で司祭が酷く安心したように息を吐き、そそくさと下がっていく。

 後は身内の時間だから、その素早い行動と判断は正しいんだろう。

 でも、逃げるように姿を消した司祭が羨ましいのも、反応としては正しいと思うんです。



「いやーこんなめでたい日に会えて嬉しいよ」



 クラヴィスさんに手を引かれ、問答無用で教会の中を歩いていく。

 先に来ていたフレン達しかおらず沢山空いている席の中、痛いほどの沈黙を気に留めず、その人はにこやかな微笑みを浮かべて私達に声をかけて来た。


 もう隠す必要がなくなったからか、フードで隠されていた金の髪は惜しげもなくさらされ、教会の明かりを受けて太陽のように輝いている。

 立ち上がったその人から空を思わせるような透き通った青が真っすぐこちらに向けられて、思わず肩が飛び上がった。



 きっと私の顔は固まりきっているだろう。

 なんで、どうしてと、ぐるぐる頭の中で疑問が飛び交うが、そんなの目の前のこの人にはわかるはずもない。

 私の緊張を見ても変わらず微笑むその人は、ゆっくりと柔らかな声で自身の名を告げた。



「初めましてトウカさん、私はグラキエース。よろしくね」



 思い出すは以前王都に来た時に見た、新たな国王のパレード。

 一度だけ遠くから見たその顔を、私ははっきりと覚えている。覚えてしまっている。

 だからこそ、とても眩しい笑顔と共に差し伸べられた手を取れるはずが無く、現実逃避をしかけている頭のまま、無理やり体を動かした。



「こ、国王陛下……!」



 グラキエース・マグナ・シェンゼ。シェンゼ王国、三十九代目の国王。

 そんな人がなぜ私のハレの儀に参列しているのかなんかわからないが、今はそんなのどうでも良い。


 頭下げとけば良いんですか。礼をしとけば良いんですか。わかりません。誰か助けて。マジでわかんないです。

 確かなのはここが正式な場ではないって事だけだ。ってかむしろ自己紹介されてるんですけど、これ、私も挨拶して良いの。良いんだろうけど無理。下手な事言えないって……!

 こんなのどうすりゃいいんだって話です。とにかく礼を、礼の姿勢を取るんだ私ぃ!!



 心の中は大荒れだが、表には出さず頭を下げる。

 しかし、隣にいるクラヴィスさんが平然としているのはどうしてでしょうかね。お願いですから手本を見せてください。助けて。

 そんな私達に、グラキエース陛下は笑みを崩さずぽんぽんと私の肩を撫でた。



「いいよいいよ。今日は完全に個人的な感じだからさ、堅苦しい挨拶は抜きで。

 むしろ気安くしてくれたら嬉しいなーなんて」


「……へ?」



 何言ってんだこの人。気安く? 国王に対して気安くしろと? なんて無茶な。

 困惑と戸惑いで思わず顔を上げてしまうと、にこにこと私を見つめているグラキエース陛下と目が合う。

 ちょっと待って許可なく顔上げたら不敬になるじゃん。でも今の言葉を本気にするなら許可もらったって事では? そもそも本気にして良いわけがないね?

 いくら本人が許してくれそうな雰囲気だとしても、不敬を働いてしまったと慌てる私を知ってか知らずか、グラキエース陛下は気にも留めていない様子で言ってのけた。



「そうだなぁ、親類のおじさんが来たって感じで、どうかな?」


「ム、ムリデス……」


「だよねぇ」



 ずいっと距離を縮めながら首を傾げてお願いしてくるグラキエース陛下に対し、片言になりながら必死に首を振れば、残念そうに頷かれる。

 わかってたならそんな無茶は言わないでください。なんなのこの国の偉い人、ノリが軽い人ばっかりか?

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