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009 僕たちがいる事を忘れていない?

弥島心やじま しん視点>


 僕が前原陽菜まえはら ひなさんに告白した日から、僕たちの秘密の特訓が始まった。僕が数学を勉強して陽菜さんに教える。陽菜さんが英語を勉強して僕に教えてくれる。二人で苦手科目を克服することにしたのだ。


 人に教えるには曖昧なままでは上手くいかない。しっかりとマスターしておかないと恥ずかしい思いをする。僕も陽菜さんも真剣になった。


 あと一つ良いことがあった。それは字をきれいに書くこと。陽菜さんの字は元々きれいだったけど、僕の字は人に見せられるものではなかった。おかげで、へたくそでも丁寧に字を書く癖がついた。


 僕たちはクラスのみんなに見つからないように、互いに自宅学習のノートを交換した。僕は陽菜さんの数学のノートを採点し、コメントを入れる。陽菜さんは僕の英語のノートを採点し、コメントを入れてくれた。時々は花丸なんてマークもあった。


「すごい!心くん。メキメキと英語力が付いて聞くね」


「陽菜さんだって、計算の間違いがほとんどなくなっている」


「ふふっ。心くん、教えるのが上手だから」


「そんなこと無い。僕はいつもいっぱいいっぱいで」


「一人で勉強していると思うと続かないけど、一緒に頑張っている人がいると私も張り切っちゃう」


「うん。勉強が楽しいと思えるなんて初めてだ。次の中間テストでみんなを見返してやる」


「ふふっ。私だって!おバカさんを隠し通すのは卒業してやるんだ。心くんじゃなきゃ絶対に知られたくない秘密なんだから。内緒だよ」


 陽菜さんにこんなコンプレックスがあったなんて。僕だけが知っている秘密。二人っきりの秘密の共有。あーっもう、嬉しい。僕と陽菜さんはノートの交換をしながら小声で話すことが多くなった。


 僕は彼女が驚く顔が見たくて、ただそれだけで必死に勉強した。授業も今までとは違って真剣に受けた。桜の季節も終わり、気が付けば、ゴールデンウイークが終われば、もう直ぐ中間テスト。特訓の成果が問われる。


 調子付いた僕たちは、ゴールデンウイークの秘密特訓として、隣町にある県立図書館に通った。僕にしてみれば陽菜さんと二人っきり。夢のようだ。頑張れ僕。


「いらっしゃい」


 図書館のお姉さんが僕たちの顔を見て言った。田舎の中学校だから、都会と違ってのんびりした子が多い。高校受験と言っても家での勉強時間をちょっと増やすか、夏休みに塾の夏期講習に通うかがせいぜいだった。


 図書館の学習室を借りてまで勉強するのは高校生がパラパラいるだけだ。おかげてクラスメイトに見つかる心配もない。


「学習室のカギをお願いします」


 僕はいつものように申込書を記入して手渡した。


「いつも感心だね。それと二人ともお似合いだね。頑張っているからお姉さん、チョコあげちゃおっかな」


 おっ、お似合い?お姉さん。お世辞でも嬉しいことを言ってくれる。僕のイケメン偏差値ってもしかして上がっていない。勉強ができたら陽菜さんに対して男を上げることができるかも知れない。


 図書館のお姉さんは僕と陽菜さんに手を出させると、それぞれの手にチョコレートをのせてくれた。


「チョコレートはね。糖分が多いから脳の栄養になるし、カフェインがあるから気分転換に良いのよ。本当は学習室で食べ物を取るのはダメなんだけど、内緒ね」


 そう言って笑顔で僕にカギを渡してくれた。


「ありがとうございます」


 僕と陽菜さんは二人同時にお礼を言った。あまりにタイミングがピッタリだったのでお互いに顔を見合わせる。思わず笑いがこぼれる。笑顔の陽菜さんは、やっぱり、美少女偏差値72。僕のハートはドキドキしっ放しだ。


 学習室に入ってからの僕たちは真剣そのものだ。教科書をめくり、参考書をめくり、辞書をめくった。


 学習室は多少の議論や会議ができるように防音構造になっている。数学の例題をホワイトボードに書き写して、赤いマーカーで議論した。


「なんかね。勉強って楽しい時もあるんだね」


「陽菜さんもそう思う。僕も今、そう感じてたところなんだ」


「心くんと一緒じゃなかったら、きっとそんな事、思ってもみなかったよ」


 陽菜さんの発言になんだかムズムズする。気恥ずかしいけど、嬉しい。


「うん。僕も陽菜さんと勉強してなかったら一生、勉強の楽しさに気づかなかったかもしれない」


「心くん。大げさ過ぎない。そんなこと無いでしょ」


 うおっ!何だかいい感じ。あきらめずに頑張った甲斐がある。のってきた。


バシッ。


 ノリにのった、ちょうどその時、図書館の電気が一斉に消えた。辺りが真っ暗になる。


「えっ」


「あれっ」


 暗闇に少しずつ目が慣れていく。腕時計の時間を確認する。午後七時三十二分。閉館時間を三十分以上過ぎている。勉強時間が短く感じるなんて初めてだ。でも、感心している場合じゃない。大変な事態が起きている。


「もしかして、図書館の人、僕たちがいる事を忘れていない?」

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