022 あれから。
<弥島心視点>
あれから僕と陽菜さんは図書館に通いつめ、必死になって猛勉強した。そりゃもう、互いの両親が心配するくらい。お互いに励まし、頑張って努力した。そして、目標としていた地元の白峯高校よりツーランクも上、郊外の進学校に二人して何とか合格できた。新しい学校で、運よくクラスも一緒になった。
僕がこの学校に合格できたのは前原陽菜さんのおかげだ。彼女がいなければ白峯高校だって危なかった。そして、陽菜さんが僕と同じ高校に通えるのは僕のおかげだ。自信をもってそう言える。
二人の恋の行方はどうなったかって。残念ながら、海の日のデート以来何一つ進展していない。一緒に金松堂でおやつを食べるくらいの時間が無かったかと言えば十分につくれたと思う。でも、僕も陽菜さんもそれを口にすることは無かった。
図書館で一緒に勉強するだけで楽しかった。後は何もいらない。おかげで、中学校のみんなは僕と陽菜さんの関係を知らない。ひやかされることも、ねたまれたり、絡まれたりすることもなく卒業できた。
「ねっ、心。学校が終わったら久しぶりに金松堂に行こうよ」
「いいね、陽菜。金松堂のいちご大福は春限定だもんな」
「だね。楽しみ!」
お昼休みに陽菜さんとこんな会話を交わす。
「ぐおっ。二人だけでズルくない?初音も行く」
「うおっ。どっから現れるんだよ、初音。お前、三つ隣のクラスだろ」
そう、幼なじみの木崎初音は、彼氏となったイケメン偏差値75、その上、勉強もスポーツもクラスで一番のミラクルボーイこと、遠藤和樹のスパルタ教育を受けて僕たちと同じ高校に入学していた。
天才過ぎて人に教えるのが下手な和樹くんの勉強についていけるのだから、初音の秘められた才能には驚かされる。これも愛の力なのだろうか。
「良いじゃん。ケチ臭いよ。和樹に伝えてこよーっと」
まだ、良いとも何とも答えていないのに初音は教室を飛び出して行った。もうお察しの通り、何故か天才、和樹は僕たちと同じ高校に通っている。もっと、ずっとずっと雲の上の高校も狙えたのに・・・。中学ん時の担任の期待は裏切られた。和樹は和樹なりに初音への思いを示したかったのだろう。和樹らしい。
てことで、結局、僕達四人は同じ高校に通っている。進学校だけに勉強は中学校とは比べ物にならないくらい厳しい。ゴールデンウィークも夏休みも補習が行われると聞いている。
正直、授業についていくのも、宿題をやり切るのもキツイ。高校に合格したから遊び回れる何てことはまるでない。それでも僕は充実している。陽菜さんがいてくれる。それだけで心が満たされる。
「心、授業が始まるよ。前を向いて」
「おう。じゃあ、また後で」
僕はカバンの中から国語の教科書とノート、辞書を取り出す。受験勉強で何度もめくった国語辞典。ページが浮き上がって厚さが倍近くになっている。それとなくページを開くと、陽菜さんと図書館で遅くまで頑張った証がマーカーのラインとなってビッシリと記されている。
懐かしい。陽菜さんのほっそりした白い指がマーカーを持って、僕の国語辞典に線を引く姿を思い出した。みんな、笑うかもしれないけど、この国語辞典は僕の思い出の宝物だ。
授業か始まる。教室の中に張り詰めた空気が漂う。進学校だけに、もう、僕達の大学受験はスタートしている。
んっ?
背中に何かが当たった。陽菜さん?そう、陽菜さんの席は僕の真後ろだ。ちょうど陽菜さんが前で僕が後ろだった中三の時の反対だ。当たったものが陽菜さんの指だと直ぐに分かる。背中の上で彼女の指がゆっくりと動いて順に文字を書き記していく。
『心』
『大』
『好』
顔が熱くなっていくのが抑えられない。ものすごく恥ずかしい。陽菜さん・・・。何だか初音の悪ふざけがのり移ったみたいだ。
お茶目な一面を見せるようになって陽菜さんの高校での人気は中学の時より増すばかり。正直不安になる。でも、彼女のために一番頑張れるのは僕だと言う自信もある。
「そこっ。大丈夫か?顔が真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃないか」
「大丈夫です。先生。僕はまだまだ頑張れます」
僕は立ち上がって元気よく答えた。座る時にチラリと後ろを眺める。陽菜さんの頼もしそうに僕を見つめる顔が確認できた。
よっしゃー。やるかー。
自分の心の中で思いっきり叫んだ。
おしまい。
時間がかかりましたが、本作品はこれにてお終いです。
最後までお付き合いいただいた皆様に感謝します。
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坂井ひいろ




