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009

 また明日。そんな風にして言葉を交わして別れたはずの人間が、目覚めてみれば物言わぬ骸に姿を変えている。そんな経験が、人生の中で何度あることだろうか。

 ともすれば、それは至極当然にして当たり前で、どこにでもある話なのかもしれない。誰が、いつ、どこで、どんな風にして死ぬのかなんて誰にもわからないのだから、それはきっとあり得ない話なんかじゃない。

 だから、今回だって。そんな風にして、そんなことが起こってしまっただけなんだな。と、僕は思った。

 嵐の孤島、緋傍島で迎える二度目の朝。朝食の時間になって、食堂へと集まった僕たちを迎えたのは、思わず目を覆いたくなってしまうような、凄惨たる光景だった。

 だらりと床にまで垂れ下がったテーブルクロス。純白のそれを、赤黒い液体がまだら模様に染め上げている。昨日の晩には豪勢な食事が並べられていた長机の上にはぽつんと、まるで何かのインテリアであるかのように、佐原愛実()()()モノが置かれていた。

 生首。端的に言えば、そうなる。

 佐原愛実の首から上の部分。眠るようにして安らかに目を閉じたそれが、そこにはあった。

 泣き出す者。嗚咽を漏らす者。直視に耐えない光景に、目を逸らす者。三者三葉、阿鼻叫喚の地獄絵図。一向に収まる気配のない嵐の中で、事件は再び起こってしまった。

 たった、数時間。

 また明日。そんな言葉を交わして、佐原と別れたのが数時間前。

 たったそれだけの間に、佐原愛実は見るも無残な姿に変えられてしまっていた。

 どうすれば、ここまで人の形を壊すことができるのだろう。眠るように目を閉じた、佐原だったモノから目を離せない。どれほどの恨みを抱けば、怒りを燃やせば、こんなことができるのだろう、と。

 まともじゃない。こんなこと、まともな神経をした人間にやれることじゃない。首と胴体とを切り離して、それを見せ付けるかのように机の上に置いておくだなんて。

 人の命をなんだと思っているのだろう。こんな風に、玩具みたいに。扱っていいもので、ないはずなのに。

 寒気がする。佐原が死んでしまったことは――殺されてしまったことは、当然悲しむべきことである。けれど今はそれ以上に、佐原をこんな風にした姿の見えない殺人鬼に対しての、恐怖が強く前に出た。

 悲しむ隙間もない。心が押し潰されそうだった。平然とこんなことをやってのける人間が、この島の中にいるのかと思うと、泣き喚きたくなった。

「どうして……どうして、こんなことに……」

 泣きじゃくり、巫女人先輩の胸へ顔を押し付ける部長が、息も絶え絶えに漏らす。悲痛で悲壮な感情(いろ)を持ったその言葉に、応えられる者は誰もいなかった。

 無理もない。こんな光景を見せつけられてしまったのだから。心が折れてしまっても、それは仕方のないことだ。僕だって、必死になって倒れそうになる体を支えている。とてもじゃないが、他人のことなんて気にしてはいられない。これでまともでいられる方が、どうかしているというものだろう。

「大丈夫、大丈夫よ哀歌ちゃん。私がついてるから……」

 赤子をあやす母親のように、部長を慰める巫女人先輩の声にも力がない。

 彼女とて人の子だ。年相応で、それなりで、こんな状況に耐えられるように出来ているわけじゃない。それでも部長を慰めることができているのは、それだけ部長の存在が、彼女の中で大きな割合を占めているからなのだろう。巫女人先輩は巫女人先輩で、そうしなければ立っていられないのかもしれなかった。

「……飯の前で良かったですね。こんなの、中身全部ぶちまけるところでしたよ」

 軽口を叩く緋子奈の声も、情けないほどに震えている。今にも言葉通りに、胃の中身を床にぶちまけてしまいそうな顔色だった。

 それだけじゃない。曽我根も、扇田も、犬養さんも。それから、青葉さんだって。暗い顔で、悲痛な面持ちで、床を睨みつけている。

「――ねえ、千尋君」

 そんな中において、ただ一人異質であったのは、幼馴染のクソ女、植草由紀乃だった。

 彼女だけは平気な顔をして――まるで目の前の光景など見えていないかのような、涼しい顔でそこに立っていて。佐原だったモノでもなく、仲間の顔色を窺うでもなく、真っすぐに僕の顔を見つめていた。

「……どうした」

 口の中に広がる酸味を飲み下し、由紀乃の視線を正面から受け止める。

「うーん、あのね……もしかして、なんだけど……」

 顎の下に手を当てて、小首を傾げて見せた由紀乃は、

「――もしかして、これやったのって千尋君?」

 次の瞬間、思いがけない言葉を口にした。

「え……?」

 場の空気が凍り付く。しん、と辺りが静まり返った。全員の視線が、僕に集中しているのがわかる。

「……何の冗談だ、由紀乃」

 腐っても、幼馴染の腐れ縁。だからこそ、僕にはわかった。わかってしまった。由紀乃の目が、決して冗談を言っている者のそれではないということが。

「実はね、昨日の夜……ううん、今朝方ってことになるのかな? 偶然、見ちゃったんだ。佐原さんが人目を避けるようにして、千尋君の部屋に入っていくところ。だから多分、生きている佐原さんに最後に会ったのは……千尋君、なんだよね?」

 がつん、と後頭部を殴られたかのような衝撃が走る。跳ね回る心臓が、口から飛び出してしまいそうになった。

 最悪だ。そんな偶然、あっていいのか。

 よりにもよって、一番見られてはいけない人間に目撃されていたなんて。

「……それがどうした。まさかそれだけのことで、僕を犯人扱いしようってんじゃないだろうな」

 疚しいことがあるわけじゃない。当然僕は、佐原を殺してなんていない。けれどこの場に限ってその事実は――佐原に最後に会ったのが僕だという事実は、どうあれ僕に疑いの目が向けられるには十分すぎるものだった。

 十分どころか、十二分に十全だ。むしろ、それでお釣りが来る。

 こういう場合において、最も疑うべきは誰か。そんなことは考えるまでもない。ほんの僅かにでもその可能性があれば――もしかして、と思える要素がそこにあれば。それだけで、悪者になるには十分だった。

 わからないのは、由紀乃がそんな言葉を口にした理由だ。場を混乱させるだけの――犯人でもない僕に疑いの目が向いてしまうような言葉を、どうしてここで口にしたのか。この女が何を考えているのかなんて知りたくもないし興味もないが、意味もなくそんなことをするような奴ではないことを僕は知っている。何から何まで計算尽くの生き物だ。その言動に、自分の利益になりもしない無駄なんてあるはずがない。だから必ず、そこには大なり小なり理由がある。それがどうにも、見えてこなかった。

「私だって、千尋君がそんなことをしたとは思いたくないけれど……。一番怪しいのは、千尋君でしょう? だって、佐原さんのこと恨んでいたもんね。僕は捨てられたんだって。毎日ボヤいてたじゃない」

「馬鹿言うな。確かに根に持っちゃいたけれど、それだって殺したいほど恨んでたわけじゃない。第一、そんなことをして僕に何の得があるって言うんだ」

「人を殺すのに、深い理由なんていらないと思うよ? ムカついたから、邪魔だったから。そんな風に人を殺す人なんて、そこら中に溢れてるじゃない」

 どうやら由紀乃は、どうあっても僕を犯人に仕立て上げたいようだった。思惑があってのことなのか、それとも本気でそう思っているのか。それは、僕にはわからないけれど。ともかくどちらにせよ、僕にとって危機的状況であることには変わりなかった。

「ちーくん、それ……本当なの……?」

「……ええ、まあ。全部が嘘、というわけではないです。根に持っていたのも事実ですし、佐原に最後に会ったのが僕だってことも、多分」

 最悪の流れ。由紀乃の一言で、僕を疑う空気が完全に出来上がってしまっていた。気が付けば、集団の中で僕だけが孤立するように立っている。苛められっ子と苛めっ子の関係性にとても良く似た構図だった。

「ちょっと待ってください、それだけのことで犯人と決めつけるのは――」

「青葉さんは、黙っていてくれるかな。私は今、千尋君とお話してるんだよ。横から口を挟まないで欲しいな?」

 一蹴。助け舟を出してくれた青葉さんも、由紀乃に気圧され口を噤んでしまう。万事休す。四面楚歌とはまさにこの事だった。

「で、どうなのかな。千尋君?」

「……僕じゃない。僕は、佐原を殺してなんていない」

 打てば響くの正反対。半信半疑から疑いへと大きく傾いた者の耳には、僕の言葉はさぞや虚しく響いたことだろう。僕が彼女たちの立場なら、きっとそんな言葉は信じない。自分でも、そう思った。

「じゃあ、私はそれを信じるよ。でも、みんなはそれをどう思うかな。嵐が過ぎ去るまで、佐原さんを殺したかもしれない千尋君と、一緒にいられるのかな?」

 腐った魚とヘドロを混ぜ合わせたような、不気味で不愉快な由紀乃の目が僕を穿つ。

 どうやらこの女、是が非でも僕を孤立させたいようだった。そんなことをして由紀乃に何の得があるのかは知らないけれど、この女がそうするからにはそこには必ず意味がある。

 どうせ、悪者扱いは避けられない状況だ。誰もが僕から目を逸らして、俯いている。ここからどんな言葉を口にしたところで、この立場は絶対に覆らないだろう。僕の言葉は、きっと誰の耳にも届かない。

 最早、流れに身を任せる他なかった。僕にはもう、どうすることも出来ない。由紀乃の思惑が透けて見えないことが気がかりではあるが、今は流されるまま流されるしかないだろう。

「わかった、じゃあこうしよう」

 溜息を一つ。腹を括った僕は、犬養さんに向き直る。

「この屋敷の中で……旧館の方でも構いませんけれど、外側からしか鍵の開け閉めができない部屋はありますか?」

「は、管理人室の隣の物置として使っている部屋が、そうなりますが……」

「なら、そこに僕を閉じ込めてください。警察が到着するまででも、嵐が過ぎ去るまででも構いません。それでいいよな?」

 言葉尻は、犬養さんではなく由紀乃に向かって投げかける。

「……うん、それなら大丈夫じゃないかな。みんなもきっと、安心できると思うよ」

 やや間があって、薄っすらと微笑んだ由紀乃が小さく頷いた。反対の声も、賛成の声も他に上がらないところを見るに、それで問題ないということなのだろう。仕方がない側面もあるけれど、まったく薄情な人間の集まりだなと内心僕は思った。

「しかし、神崎様……」

「いいんです。それでみんなが安心できるなら、安いものですよ。それにもしも、僕がそうしている間に誰かが死んだなら。僕が犯人でなかったという、証拠にもなるでしょうしね」

 そんなことあって欲しくはないけれど、皮肉を込めて言い放って視線をひと巡りさせてやる。当然、由紀乃以外の誰とも視線は交差しなかった。

「……それじゃあ、行きましょうか犬養さん。お手数かけますが、よろしくお願いします」

 釈然としない様子の犬養さんを伴って、僕は食堂に背を向けて歩き出す。

「――必ず。必ず私が、証明して見せます。だから少しだけ、待っていてください」

 すれ違いざま、僕にだけ聞こえるように、青葉さんが小さな声でそう言った。彼女だけは、僕の無実を信じてくれているらしかった。

 それだけでも、十二分にありがたいことだ。周り全てが敵ではないとわかっただけで、いくらか安心できる。まあ、痛くもない腹を探られているわけだから、そもそも何の心配もしていないのだけれども。

「ええ、お願いしますね。魔女さん」

 振り返らず、言葉だけを残して僕は集団から歩み去る。

「……本当に良かったのですか?」

 一歩遅れて歩いていた犬養さんが、集団から少し離れたところになったそんなことを言った。

「いいんですよ。こうでもしないと、収まりがつかなかったでしょうから。さっきも言いましたけど、これであの場が収まるのなら安いものです」

「しかし、それでは神崎様が……」

「僕のことは気にしないでください。疑われてしまっている以上、それは仕方のないことですから」

 由紀乃の思惑通りの展開になってしまったことは、それなりに腹には据えかねるけれど。そうだとわかっていても、こうするしかなかったので、それはもう仕方のないことだった。

「左様でございますか。では、その通りに……」

 未だ納得がいかない様子の犬養さんの言葉に頷いたところで。管理人室の隣、今は物置として使っているらしい部屋の前に辿り着く。

 部屋の扉には鍵ではなく、大きな(かんぬき)がかけられていた。

 妙に真新しい、つい最近こさえたばかりといった風体の、木造の閂。なるほど、殺人事件の容疑者を閉じ込めておくのにはこれ以上に相応しい部屋はないことだろう。どうやっても内側からは開けられそうにもない。

「散らかってはおりますが、何卒ご容赦くださいませ。まさかこの部屋にお客人を入れることになろうとは、夢にも思いませんでしたので」

「構いませんよ。物に囲まれていた方が落ち着く性分ですから」

 と、足を踏み入れた部屋の中。客室に比べれば雑多には見えるが、物置だという言う割には随分と片付いているような印象を受けた。窓がないのといくつか段ボール箱が積まれているのとで若干の圧迫感はあるが、ベッドも置かれていれば柱時計だって置かれている。人一人が生活する分には、何の問題もなさそうだった。

 客室と比べても遜色ない。もっと散らかっている部屋を想像していたのだが……。

「食事は責任をもってお持ち致します。暫しの間、ご辛抱を」

「すみません。お手数おかけします」

「いえ、それが私の仕事でございますから。では、失礼致します」

 頭を下げた犬養さんが、ゆっくりと扉を閉める。少しの間があって、それから閂が降りる音がした。思い立って試しに何度か扉を揺らしてみたが、扉はビクともしない。やはり、こちら側から開けることはできないようだ。まあ、幸いにも浴室もトイレも部屋に備え付けなので、それで困ることはないのだが。

「……それにしても、どういうつもりなんだあの女は」

 ベッドの端に腰を下ろしながら、独りごちる。思い返すのは、胸糞悪い幼馴染のクソ女の顔だ。

 何か思惑があってのことなのは間違いないはずなのだが、その思惑とやらが見えてこない。こうして僕を孤立させるところまでは、あの女の思惑通りの展開であると言えるだろう。問題なのは、それ自体が目的なのか、それともその先に別の()()が控えているのか、だった。

 目的なのか、経過なのか。或いは、こうすることが始まりなのか。それなりにあの女のことは理解しているはずなのだが、それでもさっぱり見えてこない。こうすることで、奴に何の得があるのだろう。

……駄目だ。考えたところで、埒が明かない。本人に追求する他に、答えを得る術はないだろう。

 尤も、今の僕はまな板の上の鯉。理由と、真意を知ったところで、今となってはどうすることも出来やしないのだけれども。

 ひとつ、息を吐く。僕はそのまま、ベッドの上に仰向けに倒れ込んで目を閉じた。

 瞳に焼き付いた光景。佐原愛実だったものが、ぽつんと机の上に置かれた姿。こうして思い出してみても、身の毛もよだつ思いだった。

 これで二人目――いや、三人目か。

 白木、須藤、佐原。かつての仲間たちが、次々と殺されてしまった。これで演劇部に、中学時代からの知り合いはいなくなったことになる。

 それはつまり、思い出したくもない僕の過去を知っている人間が、この島の中においては由紀乃以外にいなくなってしまったということだった。

 いよいよ神崎千尋犯人説が濃厚になってきた。知られたくない過去を抹消する為、かつての友人たちを手にかけた。なるほど、動機としては十分だ。その引き換えに手に入るモノ、それとこれとが釣り合うのかは、また別の話ではあるけれど。

「どうでも、いいか……」

 考えなかったわけではない。そんなことを考えていた時期もあった。例えば彼らを殺してしまえば、自分が逃げ続ける必要もなくなるのではないかと。

 ただ、それを実行には移さなかっただけで。損得で考えた時に、天秤が損に向かって傾いたというだけで。一つ間違えば、神崎千尋犯人説は現実のものになっていたことだろう。

 それでも、あんな風に――首と身体とを切り離して、机の上に置いたりするようなことはなかったとは思うが。

 さすがにそこまでの恨みを抱いていたわけでもない。殺してやろうと思ったことはあったが、壊してやろうとは思わなかった。まともな神経をしていれば、まず至らない考えではあるだろう。そもそもの話、人を殺したことを誇らしげに見せ付けるかのような行為に何の意味があるのかという話だった。

 馬鹿げている。犯罪自慢だなんて、今日日子供でもしやしない。幼稚なのか、根本的に欠けているのか。三人もの人間を殺害した犯人は、いったい何を考えているのだろう。

「――千尋君」

 と、そこまで考えたところで。控えめなノックの音と、耳障りな声が耳朶を打った。

「ごめんね、こんなことになっちゃって。でも、これは千尋君を守る為でもあるんだよ?」

 僕が返事をしないでいると、扉の前にいるクソ女――由紀乃は勝手に、そんな風に言葉を続けた。

「私ね、思うんだ。私たちの中に犯人がいるんじゃないかって。でもそれは、絶対に千尋君じゃない。千尋君は、そんなことをしない。だから、私や千尋君じゃない、他の誰かが犯人なんだって、そう思うの。だからね、千尋君を閉じ込めてしまえば、誰とも関わらせないようにすれば、千尋君を守れるんじゃないかなって」

 扉の向こう、どんな顔で言葉を紡いでいるのか。頼んでもいないのに、由紀乃は言葉を並べ立てていく。

「少しだけ、我慢してね千尋君。私が絶対に守るから……」

 何が守るだ。ここまで僕を、追い込んだくせに。

 でもこれで、由紀乃の思惑が見えた。このクソ女の、いつもいつでもの悪い癖だ。

 ひん曲がった性格。とても理解出来ない感性の合わせ技。勘違いに次ぐ勘違いの、自己満足自己完結の自慰意識。自分と神崎千尋以外のモノはどうでもいいという、低俗な姿勢の表れ。そんなことだろうとは薄々思ってはいたのだが、やはりとでも言うべきか、どうやらそういうことだったらしい。

 くだらない。どれもこれも、結局お前が何かをした気になりたいだけだろうが。

 「……なあ、由紀乃」

 見えて透けた由紀乃の思惑。興味も取り合う気力も失せた僕は、ふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。

「もしかして、お前がやったのか?」

 白木透も。須藤統児も。佐原愛実も。神崎千尋の知り合いであると同時に、その金魚の糞、植草由紀乃の知り合いでもある。

 僕以外に彼らに殺意を持っていた人間がいるとすれば、それは演劇部の人間かこの女くらいのものだろう。残りのオサ研のメンバーには、動機がないように僕には思える。第三者が島の中に入り込んでいるとは考え難いこの現状で、生き残りの中に犯人がいるのだとすれば――植草由紀乃もまた、動機を持つ人間の一人だった。

「お前が、アイツらを殺したのか?」

 白木や須藤はともかくとして、植草由紀乃は佐原愛実に明確な敵意の感情(いろ)を向けていた。何かの拍子に、殺してしまったとしても、おかしくはないくらいに。由紀乃は当時から、佐原のことを嫌っていた。

 それにこの女なら、机の上に首を置いておくくらいのことはするだろう。根本からどうしようもなく、捻じ曲がって間違っているような生き物だ。何ら不思議なことではない。いつだって想像の斜め上やら斜め下を地で行くのがこの女だった。

「……私は、そんなことしないよ」

 僅かな沈黙。やや間があって、由紀乃が答える。

「だって、そんなことしたら千尋君と一緒にいられなくなっちゃうもん。損か得かで言えば、どちらと言うまでもなくそれは損だよ」

 扉越し。その表情は見えない。が、その言葉に嘘はないだろう。如何にも由紀乃らしい、ズレた返答だった。

「そっか。じゃあ、いいや」

 それならそれでいい。残りの誰かの中に、犯人がいるということなのだろう。

 僕がこうしている間に、新たな犠牲者が出なければいいのだが。

「だから、そんなことはしない。でも――」

「ゆきのん、何してるの? みんな待ってるよ」

「あ、ごめんなさい部長さん。すぐに行きます」

 何かを言いかけたところで、部長の呼びかけられた由紀乃が部屋の前を離れていく気配がする。あとには天井を見つめる僕と、静けさだけが取り残された。

――嵐の孤島もの、か。

 何気なく青葉湊が口にした言葉が、脳裏に浮かぶ。まさにその言葉通りの状況。物語と違うのは、探偵がどこにもいやしないことくらいのものか。

 あと二日。この嵐が過ぎ去るまでは、これ以上何事もなければいいのだが。

 もう一度目を閉じた僕は、どこか他人事のように、そんなことを思った。

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