006
阿鼻叫喚の地獄絵図。実際にそんな物があるのかどうかは知らないが、実際にそんなものがあるのだとして、実際の地獄だってここまでおどろおどろしい光景など広がっていやしないだろうと思わされるほど、覗き込んだ部屋の中は狂気で満たされていた。
長く目にしていれば、正気を失ってしまうような、そんな光景だった。
壁一面に飛散した黒ずんだ赤。白い壁紙が、薄汚い赤でまだらに染められている。部屋の中央には、壁に飛び散っているのと同じ色をした水溜まりが広がっていて、さらにその上には、背中から武骨なナイフを生やした白木透がうつ伏せに眠るように倒れていた。
誰がどう見ても、死んでいる。
その光景は、これ以上ないほどに、白木透の死を主張していた。
あまりにも非日常的な光景。現実離れしたそれに、足元がぐらつく感覚に襲われる。目の前に広がっている光景が、その出来事が、どこか遠い世界のものであるようにも思えた。
夢の中の出来事であるかのような感覚。ひどく現実味のない光景。
けれど確かに現実の出来事として、白木透は物言わぬ骸と化していた。
いや、死んでいたというのとはちょっと違うのかもしれない。それでは、白木が自然に寿命か持病かで眠るように死んでしまったと、そんな風にも聞こえてしまう。しかしそうではなくて、現実には白木の背中からは見たこともないような、武骨で大きな、如何にも人を殺す為だけに作られましたとでも言わんばかりのナイフが生えている。
ただ死んでいるわけじゃない。
白木透は、殺されたから死んでいる。
自然死でもなければ自殺でもない。明確な殺意がそこにあって、その結果として白木は死んだ。死んでいる。何者かの手によって、無残にも惨たらしく殺されてしまっているのだ。
これがただ『死んでいる』だけなのであれば、不幸な事故だったねと早すぎる死を嘆く暇もあったのだろうが……。誰がどう見たって『殺されている』となると、また話は違ってくる。
『殺されている』ということは、最低でも二人の登場人物――被害者と犯人、あるいは『殺された人間』と『殺した人間』の存在がそこにあることになる。しかし、現状『殺された人間』である白木透の遺体だけが僕たちの目の前に転がっているということはつまり、白木透を『殺した人間』がどこかに潜んでいるということになるわけで。そう考えると、悲しんでばかりもいられないのではないだろうかと、薄情な人間である僕は思う。
なにせ、これで終わりであるという保証はどこにもないのだ。白木の死が終わりなどではなく始まりなのだとしたら――こんな風にして、悠長に死を悼んでいる暇などない。こうしている今も、僕たちは危険にさらされているかもしれないのだ。
旧友の死を目の当たりにして、その死を悲しみ嘆くよりも先に、状況を把握し判断しようとしている薄情極まりない人間である自分に嫌気が差して吐き気がするが、何をどうしたところで、白木が死んでしまった――否、殺されてしまったという事実は変わらないし覆りもしないのだから、嘆き悲しみ苦しんだところでそれが無意味であることを考えると、どうしても僕は薄情にならざるを得なかった。
責任があって、立場がある。
僕は神崎千尋である前に、オサ研の飼育員であるという立場と義務を背負っているのだ。
今の僕が成すべきことは、旧友の死を嘆き悲しむことでも、犯人に対しての怒りを滾たせ憤りを感じることでもない。
何を犠牲にしても、彼女たち――オサ研に所属する問題児たちの身の安全を確保することだ。
天秤にかけるまでもない。もしも彼女たちの身に何かあれば、僕は殺人鬼なんかよりもずっともっと恐ろしくおぞましいモノを相手取ることになってしまう。それだけは、例え旧友の死を蔑ろにする薄情な人間であるというレッテルを貼られても、避けなければならない事態だった。
結局は、我が身可愛さである。
他の誰の為でもない。痛い思いも、苦しい思いもしたくないから、義務を全うする。薄情に徹し、旧友の死を前にしても動じない人間を演ずる。
つまり僕という人間は、どうしようもないくらいに浅ましく愚かしい人間だった。
「……警察には、もう連絡を?」
吐き気と怒りを飲み込んで、薄情者の仮面で表情を隠した僕は犬養さんへと向き直る。
「いえ、それが……この嵐で電話線が断線してしまったようでして、復旧することも難しく……」
すると犬養さんは、より一層表情を曇らせて沈んだ声で答えた。
断線。それはつまり、この島が完全に外界とは切り離されてしまったことを意味していた。
この島では、携帯電話が使えない。電波が届かないのか、圏外になってしまっている。科学の粋を集めた技術の結晶も、これではただの箱。時計代わりにしかなりはしない。そんな状況に置いて、島唯一の外部との連絡手段――管理人室にある有線電話まで使えなくなってしまったとあっては、完全に八方塞がり打つ手なしである。
どちらにせよこの天候であるからして、すぐに助けが来るとも思えないが……。外部との連絡が取れるのと、取れないのとでは雲泥の差だ。気の持ちようも違ってくる。それでは、何もかもが悪い方向に傾く一方だ。
「そ、それじゃあもしかして、嵐が過ぎ去るまでは、どうしようもないってことっすか……?」
犬養さんの言葉を受けて、それまで青い顔をして俯いていた緋子奈が顔を上げる。その顔には、色濃い絶望の色が浮かんでいた。
「……そういうことになります。面目次第も、ございませんが」
「そんな……」
部長に続き、緋子奈までもがその場にへたり込んでしまう。あれもあれで、普段は気丈に振舞ってはいるが、その実誰よりも打たれ弱い人間だ。オサ研メンバーの中でこの状況に一番参ってしまっているのは間違いなく、彼女ということになるだろう。
「大丈夫だよ、緋子奈ちゃん。私たちがついてるから。大丈夫、怖くない。怖くないよ」
その証拠に、あれでいて存外図太い神経の持ち主である由紀乃は、既に緋子奈に救いの手を差し伸べられるほどに状況を飲み込んで理解している。そういう切り替えの早さと、ある意味での物分かりの良さだけを見ればいい女ではあるのだが……。それ以外の要素がすべてを台無しにしてしまっているのは、今更言にするまでもないことであった。
と、由紀乃の人格否定はさておくとして。緋子奈ではないが、確かにこの状況その場にへたり込んでしまいたくなるような絶望的な状況ではある。外部との連絡手段が絶たれてしまった上に、この天候。いつの間にか僕たちは、危機的状況に陥ってしまっていた。
「なるほど。まるで、ミステリ小説のようですね」
――そう。青葉湊が言うように。
僕たちが置かれているこの状況はまさに、ミステリ小説のような状況だった。
「嵐の孤島もの。王道にして、手垢まみれの、使い古された手法のような状況ですね。よもや、自分がそんな状況の中に身を置くことになろうとは、夢にも思いませんでしたけど」
まるで他人事のように、青葉湊は淡々と、世間話でもするかのようにそんな言葉を口にする。
嵐の孤島もの。読書という行為にはあまり親しみも馴染みもない僕でも知っているような言葉だった。
何らかの原因によって外部との繋がりが絶たれてしまった大きな密室の中で、次から次へと登場人物が殺されていってしまうという、ミステリ小説なんかではよく目にする王道的な展開。言われてみれば確かに、僕たちが置かれているこの状況はまさにそれそのものである。縁起でもないが、事実は事実だ。現に、既に一人の人間が殺されてしまっている。他人事や、妄言であるとは、言い難い。そうなるとは限らないが、そうならないとも限らないのが現状だ。
明日が我が身。次が僕の番であったとしても、おかしな話ではない。この状況、僕だけではなくて、誰にとっても無関係な話などではないのだ。
「それじゃあ、また誰かが白木みたいに殺されちまうかもしれないって言うのかよ……!」
「そういう可能性もある、という話ですよ須藤君。誰がどんな目的で白木くんを殺したのか、それがわからないわけですから。疑いすぎということはありません」
青葉湊の言は、正鵠を射ている。確かに正しく、その通りではあるのだが……。
いつだって、正論を振りかざすことだけが正解であるとは限らないのもまた事実だ。必ずしも、正しさが答えであるというわけではない。嘘も方便という言葉があるように、言葉にしてしまってはならない事実と現実というものが、あるわけで。
「この中に犯人がいるって、俺たちの誰かが白木を殺したって、そう言いたいのかよ、あんたはっ!」
見事に、狙いすましたかのようにそんな地雷を踏み抜いた青葉湊に対し、声を荒げた須藤が掴みかかった。
彼女の言葉の真意は定かではないが、しかし確かに須藤が言うように、僕たちの中の誰かが白木を殺したのだと思っていると、暗にそう言っているように思える言葉選びだった。事実や真意がどうあれ、振りかざしてしまった正論が、そんな風にも受け取れてしまう言葉の並びであった以上、場が荒れることは目に見えている。少なくとも僕は、こうなるだろうなとは思っていた。
そうでなくてもこの状況だ。ギリギリのところで理性を保っているのであろう人間を突けば、簡単にそのバランスは崩れてしまう。
得てして、人間とは不安や恐怖を怒りへと変換してしまいやすい生き物だ。欝々と、やり場のない感情が腹の中で渦巻いている時に、目の前に敵が現れればどうなるかは考えるまでもない。八つ当たりよろしく、爆発寸前まで凝縮された感情を感情的に叩き付けられることになるだろう。
事実そうなって、こうなった。
自業自得だと言えばそれまでの話ではあるのだが、青葉さんの顔を見る限り悪気があった様子でもなく。彼女は、怒りに打ち震えながら胸倉を掴む須藤に、驚きに見開かれた目を向けていた。
そこに悪気がなかったからこそ、こうなることが予測できなかったのだろう。
彼女にしてみれば、ありのままの現状をただ言葉にしただけに過ぎず、そこに悪意があったわけでもこうしてやろうという思惑があったわけでもない――のだと、僕は思う。彼女との短い付き合いの中で、僕は彼女がそういう人間であると認識していた。
決定的に、徹底的に、根本が欠けている。
足りていない。
人として、大切な何かが。
図書館の魔女と呼ばれる、青葉湊という少女からは、人間性とも呼べる何かが欠落してしまっているのだ。
自分の物差しでしか物事を測ることができない、おおよそ集団行動には向いていない人種。他者との関わり方が根っこの部分からわかっていない問題児。彼女は、そういう人間であるのだと僕は思っている。頭でっかちとでも言うべきか、知識はあるのにそれを活かす術を知らない残念な人というか……。とにかく、口を開けば悪気もなく誰かを怒らせてしまうような、そんな生き物だ。自覚がなく、悪気もないから余計にたちが悪い。ある意味で、救いようのない人間だった。
「ですから、そういう可能性もあると言っているだけです。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そうだと決めつけているわけではありませんが、状況を鑑みるに、そう考えるのが自然でしょう? だってこの島には、私たちしかいないはずなんですから。だから私は、あくまでも可能性の話として――」
だから、わからない。この局面において、正論を振りかざすことの危険性が。小指の先ほども、理解できない。
だから、正論を振りかざす。
相手を納得させようと、慌てた様子を見せながらも言葉を並べる。
それが、どんな結果を招くのか。それを、理解しないままに。
「いい加減に、しろ……っ!」
マズいと思った時には、もう遅かった。僕が動くよりも早く、須藤が大きく拳を振りかざす。
「――もういい、やめるんだ須藤」
その拳が振り下ろされようとする刹那。それまで青い顔をして震えていた佐原が、後ろから須藤を抱きしめた。
「頼むから、もうやめてくれ。私は、大丈夫だから」
羽交い絞めではなく、抱擁。佐原の両腕が、須藤を包み込む。
「どんな理由があろうと、女の子に手を上げるなんて最低だぞ、須藤。私は、そんなお前をみたくない」
青葉さんの胸倉を締め上げていた須藤の手から力が抜け、それでようやく解放された青葉さんはその場にすとんと座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……なんとか……」
首元を抑えながら、僕の手を借りて青葉さんが立ち上がる。さすがの図書館の魔女も――いや、図書館の魔女だからなのか、こうなることが予想出来ていなかったらしい彼女は、彼女にしてみれば予想外の出来事に対し驚きを隠せない様子だった。
小さく、震えている。
まるで、年相応の少女のように。
殴られそうになってしまったのが怖かったのか、それともこうなるとは思っていなかったからこそ、震えるくらいに驚いているのか。どちらなのかはわからないし、普通に考えればまず間違いなく前者なのだろうが、理由はどうあれ僕の手を取った青葉さんが震えていたことだけは確かだった。
「す、すみません。しばらく、このまま、これで。動悸が、おさまらなくて……」
立ち上がり、寄りかかるようにして立ちながら、青葉さんは僕の手をぎゅっと握りしめる。須藤に怯えているのだろうか? 自分が蒔いた種であるとはいえ、暴力に訴えられるのはそれなりに怖かったらしい。意外と女の子らしいところもあるものだ。と、半目になってこちらを睨み付ける由紀乃の姿を見なかったことにしながら、僕はそんなことを思った。
「……落ち着いたか、須藤」
そうこうしている間に、気が付けば事態は収束へと向かっていた。いつの間にか佐原は須藤を抱きしめることをやめ、二人は向かい合うようにして立っている。ここからでは須藤の背中しか見えずその表情を確かめることはできないが、佐原の言葉に「ああ」と頷いた須藤の声は、随分とばつの悪そうなものだった。
喧嘩両成敗とはいえど、須藤にだけ非があるわけではないとはいえど、それでも須藤が取った行動は褒められたものではない。頭に血が上ってしまっていたとはいえ、越えてはならない限度がある。須藤はそれがわからない人間ではないからこそ、ふと冷静になった時に自らの行いを悔いているのだろう。今に至っても何が原因で須藤を激昂させたのかわかっていないであろう青葉湊とは、根本からして違う。もっとも、青葉さんは青葉さんで悪気があったわけでもないので彼女ばかりを責めるわけにもいかないのだが……。強いて言うなら、青葉さんの言動に気を配らなかった僕に責任があるといったところか。
「謝れるか?」
「……悪い。今は無理だ。少し、時間が欲しい」
「そうか、わかった。でも、あとでちゃんと謝るんだぞ? 未遂に終わったとはいえ、女の子に手を上げようとまでしたんだからな」
まるで、母と子。状況がこうでなければ、微笑ましい光景ではあっただろうか。諭す佐原と、諭される須藤。心から信頼し合っているからこそ成り立っているのであろう、苦難を共にした仲間同士の美しき友情。お涙頂戴の三文芝居などではなく、自然に違和感なくそうして寄り添える二人の間には、強い絆が見えた。
なるほど、須藤が激昂したのにも頷ける。
それほどの絆で繋がっている自分たちが、大切な仲間を殺すはずがない、か。
わからないでもない、が、しかし違和感も残る。果たして、須藤統児とはそんな男だっただろうか?
僕が知る限り、彼という人間は柔和にして温厚で理知的な人物だった。鼻つまみ者ばかりが集まったような演劇部の中において、ストッパー役を務めていたくらいなのだからその印象と記憶に間違いはないだろう。少なくとも僕は、当時の彼が声を荒げているところを一度だってみたことはなかった。ダメなものはダメ、悪いことは悪いこと。そんな風にして、身内贔屓なく物事を俯瞰的に見れる男だった気はするけれど、感情的な人間などではなかったと記憶している。どちらかといえば、そういうのは佐原や白木の区分であったように思う。須藤はいつだって、それを諫める側に立っていた。
その須藤が、今こうして諫められていた側である佐原に諭されている。
異様だとまでは言わないけれど、上手く言葉にできないちぐはぐ加減に、僕は違和感を覚えずにいられなかった。
年月が彼らを変えたのか、それとも――この邪推が的を射ているのか。
何か違和感がある。この島を訪れてからずっと、今に至るまで。須藤の様子にしても、佐原の様子にしても。得体の知れない、本当に小さな違和感が魚の小骨のように喉に刺さって抜けない。
なんだろう、この感じ。
酷く、落ち着かない。
「……一人にしてくれ。あとで、ちゃんと謝るから」
須藤が僕たちの間をすり抜けるようにして、俯いたまま歩いていく。それからややあって、背後で扉が閉まる音。おそらくは、自分に宛がわれた客室に帰ったのだろう。この状況で独りになることは悪手と言わざるを得ないが、状況が状況だけにそれも致し方のないことか。まだ震えが止まらない様子である青葉さんを見るに、須藤の判断は正解であったと言えるのかもしれない。僕としては、白木を殺した犯人がどこに潜んでいるのかわからない以上、独りになって欲しくなどないのだが。
「すまないね。うちの部員がお騒がせして。特に青葉さん、大丈夫だったかな。怪我はない?」
須藤がこの場を去ってからしばらくして、佐原が青葉さんに声をかける。びくんと小さく体を震わせた青葉さんだったが、それでも彼女は何度か小さく頷いて見せた。
「それはよかった。うちの部員が怪我をさせてしまったとあっては、そちらの部長さんに合わせる顔がなくなってしまうからね。それに、何を言われたとしても、暴力に頼ることだけは許されないことだから」
須藤をそんな人間にせずに済んで良かったよ。そう続けた佐原の顔には、まだ暗さが残ってはいるものの、それでも笑顔だとわかる表情が浮かんでいた。
その顔を見て、そういうことかと僕は納得する。
この騒動、どう贔屓目に見ても青葉さんの方に非があったにも関わらず、それを責めようともしないで、それどころか青葉さんを気遣うような言葉を吐いたのでどうしたのかと思っていたが……。佐原も佐原で、気分を害していないというわけでもないらしかった。よく聞けば、その言葉にはひっそりと棘が含まれている。オブラートに包まれている、というだけの話であって、青葉さんを責める言葉を口にしていないというわけではない。色々と恩義を感じているらしい部長の手前、直接的な言葉で批判をすることは避けたというだけのことなのだろう。もしかすると、部長の目がなければ口汚く罵りの言葉でも並び立てていたかもしれない。それ以前に、須藤を止めようとすらしなかったのではないだろうか。強すぎる身内意識――絆とは薬にも毒にもなり得るものだ。情は人の目を曇らせる。部長がこの場にいなければ、佐原は間違いなく青葉さんを強く非難していただろう。
例えば、先程の須藤のように。
仲間を冒涜されたと、怒り狂っていたに違いない。
悲しいかな、僕の知る佐原愛実とはそういう女だった。
「……とにかく、ここでこうしていても仕方がありませんから、移動しましょう。犬養さん、部屋の施錠をお願いできますか?」
部長がこの場にいてくれたことに感謝しつつ、僕は犬養さんを振り返る。それまで一歩引いた位置で事の成り行きを見守っていた犬養さんは僕の言葉に頷くと、白木の部屋の扉を閉めて、ポケットから取り出した鍵束でそこに鍵をかけた。
それで、白木だったものの姿が完全に見えなくなる。
見えなくなったというだけで、なくなったわけでも、なかったことになるわけでもないけれど。扉一枚向こうには、凄惨たる光景が広がったままなのだけれども、それでも。直接見えないというだけで、気分がいくらか落ち着いたような気がした。
「それなら、食堂に集まろうよ。団体行動……した方が、いいよね?」
それは僕だけではなかったようで、巫女人先輩と由紀乃に両脇から抱えられるようにしてようやく立ち上がった部長が僕を見る。顔色は悪いままだが、どうにか持ち直した様子ではあった。白木の死体が見えなくなったことで、佐原を刺激しないような言葉選びができるくらいの余裕は取り戻したということなのだろう。普段は脊髄反射で言葉を音にしているとしか思えない部長だが、今回に限っては慎重に言葉を選んでいるかのような素振りが見受けられた。
「それがいいでしょうね。何があるか、わかりませんから」
僕の言葉に続いて、その場にいた全員が頷いて部長の言葉に同意を示す。幸いなことに、これ以上事態を悪化させようとする不埒な輩は見当たらなかった。一番の懸念材料であった青葉湊も、僕の手を握りしめたまま震え続けている。指先がうっ血しそうになってしまっているので、そろそろ手を放してほしかったのだが……。どうやらそういうわけにもいかないようだった。
因果応報。自業自得。自らが蒔いた種。これに懲りて少しは考えを改めてくれるといいのだが……。それができれば、オサ研なんかに所属していないか。悪気があったわけではないのだろうし、そもそも反省しようという方向には思考が向かないことだろう。まったく、頭の痛い話だった。
閉ざされた孤島。旧友の死。姿の見えない、殺人鬼。
青葉湊が言うところの、嵐の孤島もの。
そんな状況に陥ってしまった僕たちは、この先どうなってしまうのだろう。
果たして無事に、この島から生きて出ることはできるのだろうか?
頼むからこれ以上、揉め事を増やしてくれるなよと青葉さんの手を握りつつ。まともに歩くこともままならないらしい彼女の体を支えながら、僕たちは食堂へ向かって歩き出した。
――それが、僕たちが見た須藤統児の最期の姿だった。