挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
図書館の魔女と嵐の孤島。 作者:下下下
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

1/10

001

 青葉(みなと)は、図書館の魔女と呼ばれている。
 いつ、何処で、誰がそんな風に呼び始めたのかは知らないが、僕が彼女の存在を知った時には既にそう呼ばれていた。
 青葉湊の名は知らずとも、図書館の魔女と言われればそれが誰を指す言葉なのかが分かる。
 在校生はもちろんのこと、保護者教員や卒業生に至るまで、この学園に関わりのある人間であればその名を知らない者はいないとまで言われるほどに、思春期の中学生がノートの端にでも書き殴ったかのようなその名前は独り歩きを続けていた。
 それが授業中であれ、放課後であれ、いつも旧校舎二階にある図書室の片隅に座って本を読んでいるから――その姿がまるで魔女のように見えるから、彼女はそう呼ばれている、だとか。
 過去に黒魔術で乱暴を働いた教師を呪い殺したことがあるから、だとか。
 青葉湊という女子生徒が、どうして図書館の魔女だなんて名前で呼ばれているのかという噂話はそれこそ枚挙にいとまがないが、そのどれもが総じて眉唾物の与太話でしかなく、彼女がそう呼ばれている本当の理由を知る者は誰一人としていない。
 それこそ、最初に彼女をそう呼んだ人間にしか、その理由は分からないことだろう。
 それが誰かも分からなければ、そもそも本当に誰かが彼女をそう呼んだのかも分からないので、何とも言えないが。
 とにかく、彼女が図書館の魔女と呼ばれている理由を知る人間はおらず、僕自身もそれを知らない。
 興味がない、と言った方が正しくはあるのだろうが、それは些細な表現の違いという物だ。
 彼女に関する噂は、決して噂話に明るいとは言えない僕の耳にも届くほどにこの学園内に蔓延しているし、それが語られない日はないというくらいにあちらこちら何処かしらで彼女に関する根も葉もない噂話が飛び交っている。
 噂話なんて物には尾ひれはひれが付くのが常で、そうして生徒たちの間で語られている彼女に関する話題の中に何割の真実が含まれているのかは知らないが、一つだけはっきりとしていることもあった。
 それは、授業中であれ放課後であれ、彼女が旧校舎二階の図書室に入り浸っている、という部分に関してである。
――いや、正確に言えば本当に彼女が旧校舎二階の図書室にいるのかどうかは分からないのだが、少なくともその噂話に関してはその他の眉唾物の与太話よりもいくらか信憑性があった。
 図書室にいるのか、いないのかはさておいて、確かに僕は授業中であれ放課後であれ、彼女の姿を目にしたことがないのである。
 ここ、私立黒羽原(くろばねはら)学園に入学してからの二年間、彼女と僕は同じクラスに在籍しているのにも関わらず、だ。
 教室にある彼女の席はいつだって空席で、そこに誰かが腰かけているのを僕は見たことがない。
 そして、その光景が僕だけでなく誰にとっても当たり前であり、教員も含めた全員がその異常さに疑問を抱かないのが日常になっている。
 だからして、彼女が何処にいるのかという問題はさておいて、ともかく授業中だというのに教室にその姿がないという、噂話の一部分については紛れもない事実であると言えた。
 実際に僕がこの目で見て、それを体験しているのだから。それは、真実に他ならない。
 彼女がいつ如何なる時であれ教室にはいないという、噂話の中のごく一部、そのただ一点に関しては、僕が太鼓判を押す。
 間違いなく、彼女の姿は教室の中にはない。
 入学してから今日に至るまで。言葉通り、そのままの意味で、ただの一度も。
 同じクラスに在籍しているはずの僕が、教室の中で彼女の姿を見たことがないのだから。
 もっと言えば、教室の中だけでなく学校の中でも――当然、外でも僕は一度も彼女の姿を見たことがなかった。
 名前は知っていても、僕は彼女がどんな顔をしているのかもしれないし、どんな人間であるのかも知らない。
 嫌でも耳に飛び込んでくる、彼女に関する噂話以上の情報を、僕は持ち合わせていなかった。
 そんな状態でいったいどのようにして進級しているのだろうかという疑問を抱きはすれど、それ以上の興味が湧くわけでもなく、彼女のことを知りたいと思うわけでもなく。
 一風変わった、顔を知らないクラスメイトがこの学園の何処かにいる。と、その程度の認識でしかなかった。
 このまま、彼女と僕の道は交わらないままで、いつしかそんな人間がいたことも忘れてしまう。
 そうするつもりだったし、そうなるはずだった。
 何もなければ世は事もなし。問題児と評されるような人間に自ら近付いて、藪を突いて蛇を出す必要もない。
 僕と彼女とは違う生き物だ。澄む世界も違えば、見えている物も違う。だから、関わることもないだろう。
 そう、思っていた。
 あの忌々しい事件が、起こるまでは。
 僕にとっては地獄のようで、それ以外の何物でもなかったあの出来事。
 彼女にとっては千載一遇のチャンスにして、夢のようだったであろうあの出来事。
 その出来事をきっかけに、交わることのなかった僕と彼女との道は交わってしまった。
 事の起こりは今から一か月ほど前。
 高校生活二度目の夏休み、その初日にまで遡る――
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ