番外編3「身体の弱いダークナイトドラゴン」
本編に出てくるダークナイトドラゴンのクロが相川の元に来る前のお話。
ダークナイトドラゴン、竜族の中でも上位種に当たり、光以外の属性攻撃に耐性を持ち、武器の扱いに長ける。最上位には勝てませんが数多くの魔物から羨望を集める存在、私にも当てはまる……はずでした。物事には必ず例外があるのです。
「ケホ……ケホン」
漆黒の部屋に置かれた純白の寝具、寝具以外の家具は一切存在しない。紫色の炎が部屋の中を不気味に照らす。寝具の上で私はいつものように横になっています。
そう、私は生まれた時から身体が弱い体質なのです。病名は滅茶苦茶長いためよく覚えていませんが呼吸器官が弱いそうです。病弱体質なのはどうやら私くらいなようでどうすれば良くなるのか両親はずっと調べ続けてくれています。
「よお、調子はどう?」
「姉様……はい、今日はまだ良い方です」
部屋の中に入ってきたのは私の姉、髪が金色のロングな事以外は私と同じ顔立ちです。姉妹とはいえここまでそっくりになるものなのですね。
「それならよかった……ん、横に置いてある書物は何?」
「……あ、ちょっと! 取らないでください!」
「何々……恋愛小説?」
「み、見ないでください!」
本の中身は国王とその護衛である女騎士との禁断の恋を描いた物語……。勿論淫らな描写はないですよ! ちゃんとした純愛ですから!
「まぁ、何読もうと勝手だけど妄想で恋に憧れてないで現実で恋人作りなさいよ」
「い、いつか黒馬に乗った王子様が私の元に来てくれますよ!」
「私も金持ちでイケメンな王子様と結婚したいわ~」
「そういう邪な考えはよくないです! もっとこう……清純な関係を……」
「はいはい、それより身体を治さないと貰い手がいないよ」
「むう……」
病弱キャラは一定の需要があると何かの本で読みましたが、現実にはそもそも家の中で寝たきりだと出会いがまったくない事に気づきました。恋愛物語のように都合良く事は進まない物なのですね……。
「……む? 何か嫌な音がしたような」
ピシャっという変な音がどこかからしたので周囲を見渡してみると灰色のカラスが私の寝具の上で排泄行為をしていました。
「ギャアアア! 姉様、なんですかこの鳥は!」
「あぁ……最近買ったばっかりの暗黒鳥の使い魔だよ。まだ躾けが済んでないから許してあげて」
「焼きましょう! 焼き鳥にしましょう!」
「使い魔って結構高いのよ、ダメに決まってるでしょ!」
姉様の肩に止まったカラスを恨めしそうに見つめる。もっと小さい頃から鳥に糞を落とされた事が何度かあるため鳥は嫌いです。私がカラスとにらめっこをしていると姉様が少し気まずそうに口を開きました。
「……前から予約していた医者がようやく診察してくれるみたいよ」
「…………そうですか」
今まで色んなお医者様に見て頂きましたが病気を治療する事は出来ませんでした。しかし、魔界の名医と言われるお医者様がいてその人なら治せるかもしれないとの事です。ただお金が凄くかかるのと人気過ぎて何十年前から予約しないといけないのです。
果たして私にそこまでする価値があるのでしょうか……。そしてそのお医者様でもダメなら私は一生この寝具の上で過ごす事になるでしょう。
そしてお医者様が来る約束の時間、私の運命を決める時が迫ってきました。
「ふむ……」
お医者様が私の身体に手の平を向けて呪文を使い診断します。私の傍にいる父がそわそわしながらお医者様を見つめます。
「どうですか……? うちの娘は……」
「娘さんは……」
……
…………
………………
「おかわりをください!」
机の上には大量の空き皿、運ばれてくる料理も次々と完食していく。私の食は元々細く1日に1食か2食くらいしか食べませんでした。では、何故こんなに食べられるかというと……。
「お嬢さん、調子はどうだい?」
「はい! 身体のだるさもありませんし呼吸も苦しくありません!」
「効果は十分出ているようだね」
「良かった……元気になって」
お医者様が制作した特殊な精霊を体内に取り入れる事によって症状を無くす事が出来るみたいです。ただし、デメリットがあります……。
「おかわりをください!」
「まだ食べるの……? お腹破裂したりしないわよね」
傍にいる母が私の食欲に戸惑っています。自分でもこれほど食欲が湧くなんて驚きです。食べようと思えばどこまででも食べられる気がします。
「では、私はこれでエネルギーの供給を忘れずに」
「ありがとうございます、助かりました……」
お医者様が帰っていくのを見送る。私の体内に取り入れた精霊は、症状を無くす事が出来る変わりにエネルギーの供給が必要、そのために私は沢山ご飯を食べる必要があるのです。
「とりあえず、これくらいで終わりにしておきます」
最後の料理を食べて皿を綺麗に積む。従者が驚きの表情で皿を片付けていきますがもしかして引かれているのでしょうか……。
「何はともあれ治って本当に良かったよ」
「でも無理しちゃダメよ、また倒れたりしたら困るわ」
「大丈夫です、もう心配掛けませんから……」
自分の胸を手で抑える。大丈夫です、もう苦しくありません。今までの私は寝具の上が全てでしたがこれからは違います、もっと色々な事を知りそして……いつか黒馬に乗った王子様と出会うのです!
……
…………
………………
病気の症状が治って数ヶ月、私は楽しい魔界ライフを楽しんでいました……家の中だけで。
「うーん……」
「どうしたの、そんな唸って」
「……いえ、何というか。あまり寝たきりになっていた時と環境が変わっていないなと思いました」
「そりゃ……ずっと家の中にいれば変わんないでしょ」
「……しかし、外に出たいと言ってもダメだと言われますよ」
身体が元気になったため何度か魔界の外で遊びたいと両親に伝えたが治ったばかりで何があるかわからないからダメだと言われて結局家の中にずっといるだけです。生活圏が寝具の上から家の中に広がっただけという悲しい結果になっています。
「治ったばかりだしねぇ、それにあんたは世間知らずだし変な男に引っかかりそうで不安なんでしょ」
「むぅ、失礼ですね。世間知らずかは置いといても男を見る目はありますよ」
「じゃあどういう男が理想なの?」
「優しくてかっこいい清廉潔白な黒馬に乗った……」
「そんなおとぎ話にしか出てこない男を追い求めてるといつまでたっても結婚出来ないわよ」
やれやれと言った動作と共にため息をつく姉様。姉様は私の読む小説に登場する王子様を現実に居ない物だと言ってきます。しかし、世の中は広いためどこかに居るはずです……私だけの王子様が。
「例え城に就職したとしても役職は護衛職が関の山でしょ。とても王族と婚約なんて無理よ」
「……そこは禁断の恋で何とかなるのでは?」
「禁断すぎて打ち首になるでしょうね」
姉様は少し現実主義すぎると思います。夢を見たって良いじゃないですか……、現実が辛かったせいで夢を見る事くらいしか生きがいがなかったのですよ。
「しかし現実を見ると言っても屋敷にいる限り出会いなんてありませんよ……」
「そうねぇ……大切な妹が行き遅れるのを見るのは辛いし……私も何とかしてみせるわ」
「さすが姉様です! 男漁りは得意そうですもんね!」
「角引き抜くぞ」
姉様は準備があるとの事で出て行きました。両親も優秀な姉様に頭が上がらないようなので姉様に任せれば安心です。きっと外に連れ出してくれるはずです、今までずっと家の中で過ごしていたのでとても楽しみです……まずは色んな物を食べたいですね。
などという事を考えていたら夕食の時間が近づいてきました。いつものように私だけ大量のご飯を食べながら姉様の方を見ます。姉様は静かに紅茶を飲んでいて私の方には目を向けてくれません、てっきり夕食の場で何か切り出してくれるのかと思い期待していたのですが……。
私ががっかりしながら10枚目のデザートの皿に手を伸ばした時に姉様が口を開きました。
「例の書類にさ……この子の名前も書いといたから」
紅茶を飲みながら冷静な口調で私の方を一瞥する姉様。何の事かよくわからない私は、魔界で取れる黒い果物を口いっぱいに入れながら首をかしげます。
「ダンジョン登録をこの子にまで……?」
「無理よ! この前まで寝たきりだった子に……」
「折角治ったのにずっと家に押し込めてたらまた再発しちゃうわよ」
「ダンジョン登録とはなんですか?」
話に付いていけないためとりあえず聞いた事のない単語から質問をしていきます。姉様は、そんなことも知らないのかと少し呆れた顔をしています。仕方ないじゃありませんか……ずっと家に居たのですから。
「ダンジョン登録をした魔物は、ダンジョンマスターに従属する事が出来るのよ」
「はぁ……ダンジョンマスターとは誰ですか? 従属して一体何になるのですか?」
「面倒臭い子ね……ダンジョンマスターは魔王様に仕える名誉ある役職よ。従属して戦果を残す事で魔族としての格もあがるし……何よりあんたの食費が浮く」
「むぅ、大飯食らいみたいに言わないでください」
「いや、大飯食らいそのものでしょう。家で食っちゃ寝しかしてないし」
失礼ですね! ちゃんと本を読んだり剣を振ったり花に水をあげたりしてますよ! 姉様の発言に不服なため頬を膨らませて抗議の態度を示します。
「しかしこの子に役目が務まるかな……何分世間知らずだぞ」
「そうよ……心配だわ、沢山食べてマスター様に迷惑を掛けないかしら」
何故でしょう私ではなくマスターが心配されている気がするのですが……。そんなに私迷惑掛けるように見えますかね……?
「聞いた話だとダンジョン内部にいるだけで一定の魔力供給はされるみたいだし死んだりはしないでしょ。それにこういう世間知らずはちょっと揉まれてきた方がちょうどいいのよ」
「……失礼ですね、私もダークナイトドラゴンの一人です。役目を果たして見せますよ!」
「じゃあ、ダンジョンに行って何するのか知ってる?」
「…………?」
首をかしげる私に両親と姉が呆れたため息をつく。召喚の順番が来るまでに勉強しておけと言われたので本を見て学ぼうと思います。
書庫に向かいダンジョンマスターについて書かれた本を探します。
『スライムでもわかるダンジョン経営』『1日でDP1000万溜めた男のやり方』 ふむ……これはどちらかというとマスターが読む本ですね。
『第一印象が肝心! 初めてダンジョンに行く魔物が読む本』『他の魔物との付き合い方』 おぉ、ここらへんを読むと良さそうですかね。とりあえず2冊を手にとって部屋に持って帰ろうとしましたが……下にある本に目が行きます。
『ダンジョンマスターとの禁断の恋』 …………そっと手にとって部屋に戻りました。
……
…………
………………
そして数週間後、遂に召喚の順番が来ました。何と姉様より先に召喚に応じる事になりそうです。身体を光に包まれ両親に見送られながら最後に姉様と会話を交わします。
「ちゃんと勉強してきたんでしょうね?」
「勿論勉強してきました!」
「へぇ……じゃあ勉強してきた成果を教えてよ」
信用してなさそうな目をしている姉様に自身を持った瞳で返す私。今こそ勉強の成果を見せる時です!
「はい! ダンジョンマスターとはダンジョンで最も偉い人で忌まわしき冒険者相手に日々尽力している方々です!」
「まぁ、大体合ってる」
「そして私の役目は、ダンジョンマスターを冒険者からお守りする事です!」
「うんうん」
「ダンジョンマスターとはダンジョンの王……そして私は王を守る騎士なのです!」
「う……ん? う、うん」
「そして……何度も命を救った私に……」
「…………あんた一体何の本を読んだの?」
恥ずかしさのあまり赤面してしまいました。何故か呆れている姉様も視界から消えて目の前が真っ白な光だけになりました。
『ダークナイトドラゴン、あなたを呼ぶマスターがいます。召喚に応じてください』
無機質な声が頭に響きます。ふむふむ、召喚の儀式ってこういう感じなのですねとどこか他人事のように感心してしまいました。
「はい、召喚に応じます! かっこいいマスターの元に連れていってください!」
『……マスター名、相川瑠比の元に召喚します』
何か一瞬間があったように思えましたが気の所為でしょうか? 金色の魔法陣からゆっくりと現れた私、目の前にはマスターと思わしき人物。第一印象……ここは上品に行きますか。
「ダークドラゴンナイト召喚に応じました。お会い出来て光栄です。マスター」
やっぱり……本の世界って現実にはない物なのでしょうか? 現実は厳しかったですが初めて家の外に出ました。住めば都と言いますしこの方々と楽しく過ごそうと思います。
『頑張ってお守りしますね、マスター』