第十一話「スリが出来ないダンジョンマスター」
どうもこの職業の闇を知ったダンジョンマスターです。
今俺は山登りをしている。勿論急に登山に目覚めたわけではない。
「……息切れがやばい」
「山に到着してからまだ15分しか経っていませんよ、マスター」
「大丈夫ですかマスター? 背負いましょうか?」
「いや、大丈夫……先に進もう」
山にはダンジョンコアとクロの3人で来ている。ブランの体調があまりよくないらしいためシロを残してきた。3人で目的地を目指して山登りを再開する。元々運動なんてしてないせいもあり体力不足が否めない、しかしいくら強い魔物とはいえ女の子に背負ってもらうのは恥ずかしすぎるため自力で登る……。
山登りとか小学生の遠足以来してないなぁ、などという感傷に浸るくらいにはまだ余裕があった。そのうち頭が真っ白になって呼吸する事にだけ夢中になり始めたら半分天国に片足を突っ込んでいるだろう。
さて俺が有酸素運動をする事になった原因だが……。俺が街中で偶然拾ったビラに書かれていた内容にある。
『あなたも盗賊ギルドに入ってみませんか? 今なら無料体験実施中! 来ていただいた方で抽選1名様に豪華商品プレゼント!』
大学のサークル活動かよとツッコミを入れたくなる内容であったが盗賊ギルドの豪華商品という言霊に興味を引かれた俺は足を運んでみようと思ったのだ。
後ついでに盗賊スキルを覚えられたら便利かな、まぁ、この世界で今後何があるかわからないため盗賊スキルを学んでおくのも悪くないと思う。RPGでも個人的に好きだしな……ただ武器がしょぼいイメージがあるのは俺だけか?
山登りを続ける事1時間、地図に記された場所に一人の男が木に寄りかかり座っていた。黒色の布で口元を隠し目つきも鋭い……そして黒いフード尽きの服、腰にはナイフ。見た目がもう僕盗賊ですと言っているような物だがこんなテンプレな盗賊って存在するんだな……パンスト被った銀行強盗並に絶滅危惧種だと思っていた。
とりあえず先程からこちらに突き刺すような視線を向けてきているのでチラシを片手に話しかけてみる。
「あのー、すいません。盗賊ギルドのチラシを見てきたんですけどー」
「あぁ、無料体験希望者の方ですね! わざわざこんな所までありがとうございます、ギルドまで案内しますね」
見た目に反して凄い丁寧に対応されてびっくりした……。とりあえず案内してもらい歩くこと15分、これ絶対明日筋肉痛になってるだろと思うくらい足が疲労しているがようやくギルドに着いた。
木で出来た2mほどの柵に囲まれた場所、関所のような入口を通り真っ直ぐ進んで行くと大きな洞窟があった。洞窟の中に本部があるという事なので進んで行く。見るからに人相の悪い方々が歩いていて結構怖い。
洞窟内部を進んだ先に広場があり木製の大きい机と肘掛椅子がいくつも置かれていた、周りを見るとご飯を食べてる人が多いため食堂的な場所なのだろう。その内の1つに向かって案内役の人が駆け寄っていく。
「おかしらぁ!! 無料体験に来てくれた人がいますよ! しかも3人も!」
「誰がおかしらだ! マスターと言えマスターと! 俺はギルマスだぞ!」
案内役の人が声を掛けた相手は、身長2mはある筋骨隆々のおっさんだった。シーフというよりはモンクだけど大丈夫か? ハイドスキル無さそうだしカチャカチャ開錠するより殴った方が開きそうな見た目だが……。
「おぉ! よく来てくれたなぁ! まぁまぁ、座ってくれエールでも飲むかい?」
「あぁ……いや、酒はあんまり」
「そうかそうか、それならジュースもあるぞ? グレープでもオレンジでも好きなの選んでくれ」
おっさんが合図を送ると手下が色々ビンに入ったジュースを何個か持ってくる。正直盗賊ギルドで出された飲み物なんて飲みたくないが明らかに善意で出してくれてるようなので1本だけ貰う事にした喉も渇いてたしな。
「マスター、喉よりお腹が空きました……」
クロが俺の腕を引いてくる、来る前にご飯食べてたのに……アメ車より燃費悪いな!
「おぉ!! 待ってな! 今肉持ってこさせるから沢山食ってくれ!」
「……?」
困惑してるクロ、そして何故かはしゃいでるおっさん。恐らくマスターという言葉を自分に言われた物だと思ってしまったのだろう……可愛そう。まぁ、クロは食べられればなんでもいいのか机の上に置かれた焼かれたお肉を美味しそうに頬張っている。
「それで盗賊になりたいのか!?」
「……まぁ、どんなものか興味はあるかな」
MMORPGで俺が個人的に好きな職業2位が盗賊だから嘘ではない。ちなみに1位が火力魔法職な、理由はどのゲームでも大体強い上に装備依存度が物理職よりマシだからだ。
「おぉ! そう言ってくれる奴は中々いないぜ」
「そんな盗賊って人気ないの?」
意外だなぁ、盗賊とか厨心をくすぐりそうなのに……。
「労働環境が悪いって事で嫌厭されてな……何とか改善してきてはいるんだが」
「大変ですね……」
現代で言うブラック企業が避けられてるのと同じ原理だろうが盗賊に労働環境を求めてる奴がいる事に驚いてしまう。そして改善してるとかおっさん結構いい奴かもしれない、盗賊自体犯罪者だからいい奴と言っていいか疑問だが……。
「まぁ、それは置いといて無料体験楽しんでくれ。そして盗賊の良さを知ってくれ!」
「無料体験って何するの?」
「そうだな……こんなのやってみたいとかあるか?」
「うーん……」
盗賊のイメージを浮かべる。武器でいうと弓や短剣、スキルで言うと……一番興味のある物があった。
「スリとかやってみたいんだけど出来る?」
「おぉ! スリかちょっと待ってろすぐに準備するからよ!」
と言って周囲の部下に声を掛けてどこかに行くおっさん。やっぱり盗賊と言えばスリ技能だよな~、鍵とか盗めたら開錠する必要もないしね。
「マスター、スリとは何ですか?」
「スリってのは相手のポケットとかに手を入れて……お金とかアイテムとか盗む技かな?」
「な! 盗みは駄目ですよマスター、犯罪です!」
「まぁ、練習だから犯罪じゃないから大丈夫だよ……」
練習ならいいかと何故か納得してしまったクロ、というかこの場所犯罪してる人しかいないのだが盗賊ギルドがどういう物かわからずに来たらしい。10分ほど待っているとおっさんが戻ってきた。
「うちのギルドで一番スリが上手い奴を連れてきたからこいつに教わってくれ!」
「……」
「おい、挨拶しろ。お客様だぞ!」
「……はぁ」
露骨にため息を吐いたのは赤いフードを被り下が毛皮で出来たぶかぶかのショートパンツを履いた身長170cmほどの女性だった、狐目と言うのだろうか目が細くどこか冷たさを感じる。頭に獣耳が生えてるのでもしかし狐なのかもしれない。
「名前はライチ……スリの練習だな、ついてこい」
そう言ってスタスタと一人で歩いていってしまう……。
「すまねぇな、悪い奴じゃないんだ。ただちょっと初対面の相手には警戒心が強くてな……でも腕は確かだから安心してくれ」
とりあえず3人でライチの後を追いかけることにした。ライチは3分くらい歩いた場所にあった座敷牢のような所に立っていた、てか足速いなさすが盗賊。
「まずスリをやった事がある奴はいるか?」
その言葉と共にクロとダンジョンコアが俺を見てくる……やってねぇよ!! 視線をこっちに向けるな!
「やってません」
「本当か? まぁいい」
本当かって何? 俺そんなスリとかしてそうに見える!? てか何で刑事ドラマのワンシーンみたいになってるんですかね。ちなみに他の2人も当然やっているわけがなかった。
「まずスリのコツを教える、その後に実践してもらうからよく聞いておけ」
というわけでスリのコツを教えて貰った。まず金目の物がどこにあるのかを目視、もしくは探知呪文で見極める事……出来れば重金属より財布が取りやすくていいらしい。スリにも色んなやり方があるらしくぶつかった隙に取る方法や水とかを引っ掛けた隙に取るとかあるようだ……これどちらかというと防犯に役立ちそう。
「今回は背を向けている相手のズボンに財布がある状況だ、それを片手だけで抜き取ってみせろ。想定年齢は80歳の老人だ、感覚を合わせるから私で実践してみせろ」
と言って背中を向けて本を読み始めたライチ。とりあえず俺からやるか……。ゆっくりと足音を殺しながら気づかれないように近づいた、そして怪しまれないように俺も後ろを向いて背中合わせの形を取る。そして右手を後ろのポケットに……。
「……あれ?」
「……」
これが中々、難しい。視線を向けると周囲に怪しまれる可能性があるからズボンの方を見ないようにしているが、ポケットに手を気づかれずに入れるのが難易度高い。何度も手が目標から外れる、接触を恐れてるから駄目なのかな? もうちょっと密着するか。
「……あ、いけそう」
見てないのでわからないが手がポケットの中に入りそうな感じがする……でも何故か狭いぞ? そんなポケット狭くなかったと思うけどな……気にせず突っ込んでみる。
「お、入った」
「いぃ!? お、おい……ちょ……」
この時ライチは小声で何か言っていたが俺は集中していたので聞き逃していた、そのまま財布を探り手を動かすが不思議な事に財布が見つからない……てかこのポケット空間広くね? 何か変だなと思いながらもう少し奥に手を突っ込んだら頭を殴られる。
「いってぇ!? なにすんだよ!」
「こっちの台詞だよ! どこに手突っ込んでんだ!!」
「どこって……ポケットの……あれ?」
よく見てみると俺の突っ込んだ手は、ポケットではなくズボンの中に突っ込まれていた。そんな馬鹿な事あるか!? 道理で財布が見つからないわけだ……。
「いつまで手入れてんだてめー!!」
俺が一人で納得していると胸倉を掴まれる……。
「スリしろって言ってんのに何をやってんだてめーは!!」
「すみません……お尻をスリスリしちゃいました」
「おぉそうか!! このナイフでお前の顔面スリ下ろしてやるよ!」
「助けてー!! ダンジョンコアー! クロー!」
俺の顔面にナイフが接近している危険を感じ二人に助けを求めたが……。
「……マスター、自業自得ですよ」
「お尻に触れてよかったですね、マスター」
二人共視線を逸らして助けてくれそうになかったため全力で悲鳴を上げたら五月蝿すぎたためか見逃してくれた……。
「……お前はもう良いよ、次そこの顔死んでる奴来い」
と言って再び背中を向けるライチ。恐らくダンジョンコアの事を呼んだのだろうか……。
「……」
無言で拳握るのやめて! 怖いから!! そのままゆっくりとライチの背後に行くダンジョンコア……そのままナイフで刺し殺しそうな雰囲気が出てるが大丈夫だよな……?
「終わりました」
「……はい?」
ダンジョンコアの手元を見てみると蛙のがま口財布が出てくる、意外にも可愛い財布使ってるなぁ……。じゃなくて! 盗むの早すぎだろ!!
「おぉ、お前中々センスあるな。少なくとも爺相手には通用するぞ」
「お尻を触る方が難しいと思いましたね」
そう言ってこちらを一瞥するダンジョンコア……。あれはわざとじゃないから許してくれ!
「じゃあ次そこの黒いお前」
「黒いお前……まぁ、名前がクロなんで良いですけどね……」
どこか腑に落ちない顔をしながらライチの背後に向かって行くクロであったが……。
「……!!!」
すぐに後ろを振り向いてナイフをクロに向けるライチ。
「……? どうしました?」
「……い、いや。なんでもない」
ナイフを向けられてもきょとんとした表情を浮かべるクロと冷や汗を掻いているライチ。またゆっくりと背中を見せようとするが……。
「くそ! 背中を向けれねぇ、何だてめぇ! さては名のある剣士だな!」
「……? まぁ、名もありますし剣士と言えば剣士ですかね」
どうやらクロの戦闘力が高い事を認識出来るみたいだ、そのせいか生存本能故か背中を見せる事が出来なくクロだけ断念する事となった。どこか残念そうな表情を浮かべるクロだが……盗んでみたかったのだろうか。
「……親方、終わったぞ」
「だからマスターと言えって言ってるだろ!」
「なんでそんな呼び方にこだわるんだよ……」
「そりゃおめぇ……マスターのがかっこいいからだ!!」
うんうん、男としてかっこよさは大事だよなー。ところでそこの2人はマスターのがかっこいい発言に対して首を捻るのをやめてくれませんか?
「ところでスリはどうだったよ! 上手くできたか?」
「いやー、スリって難しいですね」
「盗賊にとっては基礎技術だが基礎が一番難しいからなぁ~気をつけないと手の甲でケツをスリスリしちまうぞ~、なーんてなー! がはは!」
女性陣が俺を非難する目で見てくる……おっさんこのタイミングでくだらない親父ギャグ言うか? 俺もさっき言っちゃったけど……。
「今日はスリだけだが今度また来てくれたら違う技術を教えるぜ!」
「あぁ……その時はよろしく。ところで……」
「ん? どうした?」
「あのーチラシにかかれてた抽選で当たる豪華商品ってなにか凄い気になって~」
「おぉ! あれかちょっと待ってくれ」
さぁ、お待ちかねの抽選タイムだ。この世界に来て何故かクジ運だけは良いから俺なら当てれる気がするぜ!
「この中に手を突っ込んでくれ、団体客なんで1回だけで頼む一発勝負だぞ~」
目の前に置かれたのは祭りのクジ屋であったような木で出来たクジ箱だ。
「ちなみに一番良いのって何があるの?」
「それはお楽しみだろ!」
「俺楽しみは最初に聞いておきたいタイプだから教えてよ」
「仕方ねぇな~、一番良いのは最近捕まえた騎乗用の馬だな! こいつは速いぜ」
「おぉ、いいなぁ」
馬か、移動手段が徒歩しかなくて大変だったからちょうどいいかもしれない。ここは一発で引き当てて見せよう。箱の中に手を入れて……中の紙を掴む。
「ん……なんて書いてあるかわからないんだけど」
「不正防止のためにうちらの暗号で商品内容が書いてあるんだよ、貸してみな……どれどれ」
盗賊の癖に……いや盗賊だから不正には厳しいのかしっかりしてるなと思った。そして紙の内容を読み上げるおっさんであったが……。
「なになに。ライチを1度だけ呼び出せる権利……? なんだこりゃ!!」
「はあぁぁぁ!?」
大声を上げるおっさんとライチ。そしてゲラゲラとした笑いが周囲から聞こえる。
「おーい、ケンジ! お前が混ぜたクジ速攻で当てられたぞ!」
「ばか! 俺が入れたって言うなよ!」
「ケンジてめぇマジでぶっ殺してやるからな!!」
「わぁ!? こっちくんな!」
外野で何やら乱闘が発生している……そしてどうしていいかわからない俺であった。
「……これは引きなおしですか? うん、引きなおしにしましょう!」
「いや……男として一度言った事は曲げれねぇ! 一発勝負は一発勝負だ、この権利をお前にくれてやる!」
「親方何言ってんだ!! こんなの無効だろ!」
「あのー……俺的にも馬の方が欲しいんだけど……」
正直権利を貰った所で呼び出すタイミングわからなすぎるのでいらないのだが……また外野席から声が飛んでくる。
「大丈夫大丈夫! 夜限定で乗れるから!」
「お前等全員下切り落としてやる!」
「うわ、よせ! やめろライチ!」
ナイフを持って暴れ始めたライチに逃げ惑うモブの山賊達……カオスだ。そして二人共非難する目を向けるのをやめて!
「まぁ……あれでも技術はギルドの中でも1、2を争うレベルだ。必要になる時があったら呼んでやってくれ」
「……はぁ」
多分ないと思いますけど……。そろそろ流血沙汰になりそうなので巻き込まれないように退散した。
「……来た意味あったのかな」
「お肉美味しかったですよ?」
「それはよかった……」
「お尻を触れたじゃないですか」
「あれは事故! 事故だから」
殺されかけるし景品の使い道はないし痴漢ネタで弄られるしで散々だったな……。もう二度と盗賊になろうなんて思わない、やっぱり犯罪行為はよくない事がわかったダンジョンマスターであった。
ダンジョンマスターですが僕に盗賊の才能はありませんでした。