第九話「初めてのお祭り」後編
「私の妹です、マスター」
あまりにも衝撃的な故にダンジョンコアが発した言葉の意味を飲み込むのにタイムラグを要した、俺が言葉を発する前に他のメンバーが反応した。
「ダンジョンコアに妹じゃと!?」
「妹……? ダンジョンコアはそれぞれが独立した個体だと聞きましたが……」
「むー、話に付いていけないぞ!」
驚愕してダンジョンコアを見るシロ、疑惑の表情を浮かべるクロ、困惑しながら俺とダンジョンコアを交互に見ているブラン……。
とりあえず話を進めるためにダンジョンコアに説明を求めるか。
「とりあえず、説明してくれダンジョンコア」
「わかりました、マスター」
「あれ……ダンジョンコアって沢山いるんだよな。他のダンジョンコアも妹だったりするのか?」
「いえ、他のダンジョンコアは違います。知っている限りでは私だけ特別に姉妹№が設定されているのです」
「……姉妹№?」
よくわからないが聞いた限りでは、ダンジョンコアはそれぞれナンバーリングされており普通なら妹や姉とかいう概念は存在しないはずなのだが……。何故かうちのダンジョンコアには妹が1人設定されているようだ。
「まぁ、妹がいる事はわかったけど……何でこんな屋台の商品になってるの?」
「1年ほど前に突然連絡が取れなくなったのですが、どうやら冒険者によってダンジョンを攻略されたと共にダンジョンコアを破壊されてしまったようですね」
「わざわざダンジョンコアを破壊するとは、随分過激な冒険者じゃのう……」
何でも普通の冒険者はダンジョンを攻略したとしてもコアを破壊する事はないらしい。
まぁ、RPGでクリアーしたダンジョンをぶっ壊して二度と入れないようにする勇者なんて俺の知る限りでは見た事ないしな……。
ちなみに普通のダンジョンマスターはボスを出す部屋の更に奥で隠し部屋を設けてコアを置いておくらしい。俺はそんな部屋作る余裕がないので最深部にあるベッドの下にエロ本の如く隠してある。
もしもあれを破壊されたらダンジョンコアは消えて他の3人も恐らく元いた場所に帰ってしまうのだろう……。そんな事になったらショックで精神的に死ぬだろうし俺一人で生きていけないと思うので肉体的にも死んでしまうと思う。
「ダンジョンコアを破壊して何か冒険者にメリットがあるのか……?」
「一部では買い取っている業者もあるそうですが基本的には労力に見合っておらず無視される事が普通です。エノルル地方のように抗争が起きている所は別ですけどね」
「なるほどなぁ……、ところで」
説明はしてくれるが視線は目の前に置いてある紫色の宝石にずっと向けているダンジョンコア、俺もその宝石に目を向ける。
「これって完全に壊れてる状態か……? 明らかにうちのコアより小さいし形が歪だし色もくすんでるんだが……」
「そうですね、破壊されています。呼びかけにも応答しないので」
「おぉう……」
何とも言えない沈黙が起きる。他3名がどうすんだこの空気……的な視線を俺に向けてくる。え、俺のせい!? 俺に出来る事と言えば……。
「……ご冥福をお祈りします」
「勝手に殺さないでください、マスター」
両手を合わせて祈ったらダンジョンコアから頭を叩かれた、よかった、死んではいなかったようだ。3人もほっとした表情を浮かべている。
「よかった、生きてるんだな!」
「まぁ、一応は。そもそもダンジョンコアに死という概念を当てはめて良いのか不明ですが完全に存在が消滅してはいませんね」
「何故わかるのですか? 呼びかけには応答しないのですよね」
「ダンジョンコアが消滅する際にはコア自体が全て消えてしまうので……ここにまだ欠片があるため存在自体はしているという事ですね」
「おぉ、という事はどうにかすれば妹を復活させる事が可能って事だな!!」
「復活する事自体は可能だと思います」
よかったよかった、お通夜のような空気に一瞬なったが何とかなりそうだ。
「よし、とりあえずこの宝石買うか……。お婆ちゃんこの宝石いくら?」
「いいよいいよ、お金は要らないから持っていきなさい」
正直ふっかけられる事を覚悟していたのだが予想外の返答にびっくりする。目の前のお婆ちゃんは気にせず椅子に座って本を読んでいる。
「え、良いんですか? これ売り物じゃ……」
「事情はわからないけど大切な物なんだろう? これは川で拾った物だし必要な人の手に行った方がいいよ」
「お婆ちゃん……!」
この世界で聖人に出会ったのは初めてかもしれない。さすがにタダだと悪いと思ったので10Gほど机の上に置いて屋台を後にしたのであった。
「ほい、ダンジョンコアが持っておきな」
「ありがとうございます、マスター」
大切そうに紫色の宝石……妹のコアを抱きかかえるダンジョンコア。妹に何があったのかわからないが消滅する前に見つけられたのは不幸中の幸いと言えるだろう。
「ところでどうやったら復活するのじゃ?」
「ダンジョンに置いておけば魔力を吸収して元に戻るんじゃないでしょうか?」
「いえ、残念ながらダンジョンコアは他人のダンジョンからは魔力を吸収出来ません……それにこのように砕けてしまっていては吸収出来るかも怪しいですね」
「じゃあ、一体どうすればいいんだ……?」
「他のダンジョンコア達にも相談して見ます。解答が帰って来るのは暫く待つ必要がありますが」
とりあえずこの件は解決するまで一時保留という事になった。
「しかし、ダンジョンコアの妹かー……」
「どんな見た目か気になるのう」
「それよりも性格が気になります!」
「確かダンジョンコアはマスターの設定でキャラが決まるんだっけ」
そうダンジョンコアは見た目や性格全てがDPを使って細かく調整出来るためマスターの好みによってキャラ自体が決まるのである。
「お前はこういう女が好きなのか?」
ダンジョンコアを指差してブランが俺を見てくる。そして何故か他の3名も俺を凝視している……何でこんなに注目されてるの?
「うーむ、今のダンジョンコアは俺が設定したわけじゃないからなぁ……」
「そうなのか?」
「そうですね、現在の私は所謂初期設定です。そのため感情や特別な機能もなく基本的な情報を伝えるくらいしか出来ません」
そう、うちのダンジョンは初期DPが0だったためダンジョンコアに何か機能を追加するとか好きな性格にするとかにDPを使う余裕が無かったのである。
「じゃあ、DPが溜まってきた時にはダンジョンコアの性格も変えるのか?」
「うーん……変えないかなぁ」
「そんなにもDPを使いたくないのじゃな……」
「ひどい人ですね……」
「最低だな! 守銭奴かお前は!」
「……」
女性陣から非難の視線を浴びせられて非常に辛いです……、というか俺のキャラってそんな極悪人なの!?
「違う違う! DPが惜しいんじゃなくて……俺は今のダンジョンコアが気に入ってるからあんまり変えたくないというか……」
なんというかキャラの設定をDPで追加したら今のダンジョンコアで無くなってしまう気がしてあまりやりたくないというのが本音であった。
俺の世界で有名なアニメキャラである電気ネズミが進化を拒んだが如く変わってしまうのが嫌なわけである。
「良かったのうダンジョンコア。気に入られておるらしいぞ?」
「……マスターの好みは変わっていますね」
視線を俺から外すダンジョンコア、もしかして恥ずかしがっているのか? そんなわけないか……。
「……という事はもしかしてマスターは身長の小さい女の子が好きなのですか?」
「……はい?」
クロが唐突にとんでもない事を言ったと同時にブランとシロが3歩くらい俺から離れた。
「何で離れるんだよ!」
「いや、特に意味はないぞ? のう犬よ」
「そうですよ! 一々気にするな!」
離れた分二人に3歩ほど近づいてみるとまた3歩離れる二人。……こいつら。
「まてまてまて、勘違いするな。俺はロリコンではない」
「……ロ・リコン? なんじゃその詠唱は聞いた事ないぞ」
「詠唱の言葉じゃない! 俺は別に小さい子が特段好きなわけじゃない!」
「じゃあ、どういう女が好きなんだ?」
「まぁ……そうだな。強いて言うならおっぱいのでかい子だ!」
俺がそう宣言したと同時にクロが10歩くらい俺から離れていった。他3名は俺から離れてはいないが非難の視線を向けてくる……。
「あのー、クロさん???」
「いえ、気にしないでください。特に意味はないので……」
「嘘だ!! 目合わせてくれてないもん!!」
「気をつけてくださいクロさん! そいつ絶対クロさんの胸を狙ってますよ!」
「ひぃ……!?」
「ブランお前帰ったら覚えてろよ!!」
その後逃げ回るクロの誤解を解くのに1時間くらいかかった……。
「やれやれ……もう祭りも終わりそうだよ」
「マスターが破廉恥な事言うからですよ……」
走り回ったせいでどっと疲れた……。しかし、まだこの街に来た目的を達成出来ていないため屋台から離れ街にある雑貨屋を訪れた俺達。
「早くプレゼント買って帰ろう……今日はよく眠れそうだ」
「プレゼントのう……ダンジョンコアは一体何を貰えば喜ぶのじゃ?」
「……ふむ、あの子の趣味だと実用的な物だと喜ぶでしょうね」
「実用的な物ってなんだ……?」
「調理器具や日用品だと喜ぶかと思います」
「主婦かよ!」
思わず突っ込みを入れてしまったが、何でもマスターが家事全般や事務処理を全てダンジョンコアに任せているらしい。
そこまで設定出来てしまえばニートのような生活を送れるのか……少し羨ましいと思ってしまった。
「じゃあ、この調理器具セットを買ってあげようか……。皆何か欲しい物ある?」
「妾は祭りで沢山遊べたから満足じゃ」
「犬も女王様と過ごせて満足です!」
「一杯食べたのでこれ以上は求めません!」
「……この子が戻ってきただけで十分です」
まだお金に余裕はあるため何か買ってあげようかと思ったけど……。その必要はなさそうである。本当にいい子達だなぁ……色々と癖のある性格だけど。祭りの会場を後にしダンジョンに戻ってきた我々であったが……。
「ギャアァァー!!」
「「「「……!?」」」」
ダンジョンの入口にある階段を降りようとした時に下から女の子の悲鳴が聞こえた……、これはもしかして。
「ぼ、冒険者か!?」
「なんじゃと!?」
「おのれー冒険者め! 俺様達が留守なのを知って襲ってきたな!」
「すぐに撃退しましょう!」
「……待ってください」
「どうしたダンジョンコア?」
ダンジョンコアが慌てたように走っていく、俺達もそのままダンジョンコアを追いかけていくと……。
「ひえーーー、矢がー矢がー!」
「……何故無断で入ったのですが№34729」
そこには真っ直ぐな通路の上で身体中に矢が突き刺さっていた女の子がしゃがみこんでいた。 髪色と瞳がピンクで毛先が内側に跳ねている、そして服装が何故か赤のジャージ……。
「ダンジョンコア……もしかしてこの子が」
「はい、マスター。№34729……サヤと呼ばれているダンジョンコアです」
「どうも初めまして! あなたがナシコイちゃんのマスターですか?」
「……はい? ナシコイ??」
はて、そんな名前の奴に記憶が無かったため頑張って記憶の糸を辿ろうとしている時に慌てるようにダンジョンコアがサヤの口を手で抑えていた。
「……やめてください。ダンジョンコア同士でしか通用しない通称で私を呼ぶのは」
「ふーふがふが!!」
「ここでは私はダンジョンコアです、わかりましたか?」
「……」
こくこくと頷くサヤ……、ナシコイってもしかしてダンジョンコアの事か?
何故ナシコイと呼ばれているのか気になるが……、聞いたらダンジョンコアに怒りの感情が芽生えそうなので我慢する。
そしてどうやらサヤは今日来る予定じゃなかったそうだがダンジョンコアを驚かそうとサプライズで訪問したようである……。藁の寝具にダイブする予定だったのに……まだまだ一日は終わりそうにないな。
ダンジョンマスターですがゆっくり安めそうにありません。