都会の帰り道
唸りながらズルズルと走るバスの窓から、私は夜の街をぼんやりと見つめていた。
電灯と信号機の柔らかい明かりが暗闇の中を小刻みに通り過ぎていく。
その先に見えるのは、夕食を迎えて賑わいつつある飲食店と居酒屋の列。
無数の眩しい看板が左から右へと流れていく。
いつもの帰宅道で見かける、いつもの光景。
私は瞼を閉じて、ため息をついた。
このバスが新橋駅に着くのは7時手前。そこから電車に乗り換えて7時半に最寄り駅で降りる。スーパーで買い物をして家まで歩くとちょうど8時になる。着替えて晩御飯を作って食べて食器を洗うと9時を回る。何かメールの返事でも読書でもしようと試みるが、疲れに負けてシャワーに足を運ぶ。上がってネットを漁っているうちに11時になり、「そろそろ寝ないと」と思って布団に入る。そして次の日になって起きると、支度をして会社に向かう。
どれもこれも目に見えている。毎晩のお決まり。
目をかすかに開くと、飲食店の看板がまだ照っている。
その下の歩道では、スーツ姿のサラリーマンとベージュのコートを羽織るOLたちが無表情のままさっさと歩いている。
わずかに開いた私の瞳からは、皆の姿が一緒のように見える。
この人たちも、これから私と同じ夜を送るのかな。
そう思うと、虚しくなる。
私は豊かになりたくて都会に来たはず。
でも今になって考えると、自分が豊かになったときの姿が思い浮かばない。
日々の仕事に追われる前の私は、何かを目指していた。
でもあのとき頑張れば叶えられると信じていた夢が、今はもはや思い出せない。
何になりたかったのか、自分をどうしたかったのか、時が経てば経つほど忘れていく。
そこの歩道を歩いている皆も、こうやって生きているのかな。
またため息を出すのを我慢して、バスの窓から目を逸らす。
左の優先席に座っているお婆さんに視線が行く。
急いでいるようでも暇なようでもなく、ただ両手で茶色の杖を支えて目の前を眺めている。
その様子だけを取り入れて、私は彼女から再び目をずらした。
彼女はこの都会の人生をどう思って生きてきたのだろう。
昔はここで生きる日々に何か魅力があったのかな。
それとも、昔も今も変わらないのかな。
このお婆さんは幸せなのかな。
私には分からない。
バスが新橋六丁目で停車した。
ブザーの合図とともに、中扉が空気音を発しながら開く。
後ろの席に座っていた人の何人かが立ち上がってのろのろと降りていく。
そのうちの一人のおじさんが皆の遅さに舌打ちを鳴らす。
他の人たちはそれを無視するかのように、何一つ表情を変えず扉の外へと進む。
私もあと二駅で降りて夜の街に出る。
そしたら駅の人混みを掻き分けながら、すぐ来るであろう電車をホームまで追いかける。
駅の雑音にまぎれて、満員電車の中で押し潰されて、場所取り争いをしながら最寄り駅に着くのを待つ。
そして気づけば、このバスの中での考え事も忘れているはず。
いつもと変わりない、毎晩のお決まり。
中扉が閉まり、バスがまた唸りを立てて発車する。
背もたれに引き付けられる体を緩めると、そのまま頭が上を向く。
目を閉じて深呼吸をする。
吐息とともに、心の中を渦巻く声が消えていく。
静まり返った自分をうかがって、どこかほっとする。
さて、今夜は帰ったら何をしようか。
メールの返事でもするか、それとも本でも読むか。