1+1+1=3 3つ分の大きな1にはなりません
村木に案内されて公園に着くと桂木はベンチに寝転がっていた。声をかけるとすっくと立ち上がりボクサーのようなファイティングポーズ。
「なあ、それって最近、流行ってんのか?」
「何がよ」
「指出しグローブだろ。お前が着けてんの。そのコーデはないだろ。お前には」
ミニスカートの裾が大きく揺れた。蹴りだ。
咄嗟に地面に伏せる。後頭部に何かが乗せられた。多分、桂木の足。踏みつけられている。
必死に首をひねった
桂木の姿を捉えようとした。見えた。
「何やってんの? お前ら」
桂木は俺を踏みつけている。
俺は桂木のパンツを見ている。
ただ、それだけだ。
見てわからないのか?
「あーちゃん、やめなって。人が見たらいじめだよ」
「だって、こいつムカつくんだもん。写真のことも聞き出さなきゃだし。」
「これじゃ、山川も話せないよ。それに、こいつ、あーちゃんに踏まれて少し嬉しそうだよ」
村木は悪戯っぽく笑って、俺を見た。リア充と非モテとはいえ男同士。多少は分かり合えるかもしれない。
「え、うそ。ヤダ、ちょっと」
慌てて、後ろに下がる桂木。スカートの裾を抑えている。顔は少し赤かった。
「見たでしょ?」
「何をだよ?」
睨み合う俺と桂木。
「いいから、お前も早く立て」
村木に急かされた。
もう少し、桂木をローアングルから眺めていたかった。やっぱり、村木とは分かり合えそうもない。
「絶対見たでしょ。パンツ」
「はあ? 見てねえし。気にしすぎじゃねぇのか」
「まあ、あの体勢じゃ見えないよ。それより、これでも飲んで落ち着きなよ」
俺たちは村木を真ん中にしてベンチに並んで座った。桂木はまだ睨みつけてきたけど気にしないで村木から受け取ったコーラの缶を開けた。
コーラが噴出した。急いで缶を口で塞ぐ。それでも抑えきれなくて、口の周りから溢れ出しやがった。
「あはは、バーカ。ひっかかってやんの」
桂木は大声で笑いだした。
村木が耳元で囁く。
「パンツ覗いてたろ? これはその罰だ」
俺は黙って人差し指で桂木の方を指さした。
村木が顔を向ける。
笑い転げる桂木のスカートの中身は丸見えだった。
「あーちゃん。パンツ見えてるよ」
「え、うそ。マジ?」
跳ねるように立ち上がると桂木は俺を指さし言った。
「アンタって最低」
「はいはい。どうせ、俺は最低ですよ。そんなことより早くデジカメ返せ」
考えてみたら俺が公園までわざわざ付き合ったのはデジカメを取り返すためだ。
桂木ごときのパンツを見てる場合じゃない。
「そうだ、あーちゃん、俺にも見せてよ。見てみないと何とも言えないよ」
桂木は改めてデジカメのモニターに俺と彼女のツーショットを表示させた。
「ふーん、成程ね」
「リアクション、薄っ。こいつ、こんな写真撮ってんだよ。ひどくない? 今朝トイレでこの娘大変だったんだからね」
桂木は腕を組み俺を睨みつけて言った。
「しかも、私のパンツ見てたし」
村木は穏やかな顔で俺を見て言った。
「山川、言いたいことががあるなら聞くけど?」
俺は黙っていた。今朝のことをどこまで説明していいか、わからなかった。それに、今朝のことは彼女に口止めされている。
「言わないなら、この写真、ネットにあげちゃうけど」
村木は冷静な顔で淡々と言った。
「ダメよ。この娘が可哀想」
桂木が真顔で言う。
俺は力づくでもデジカメを取り返すことに決めて立ち上がった。
桂木は無理そうだけど村木になら勝てる。
「あーちゃん、そんな怖い顔しないでよ。パソコンでこの画像をいじってさ。山川が写ってるところだけにしてさ。ウケるだろ?」
「「なら、まあいいか」」
俺と桂木の声が重なった。
「「いいのかよっ!」」
村木と桂木のツッコミが重なった。
村木が続けて言う。
「だって、お前、パンツも履かないで鼻血を垂らしてニヤニヤ笑ってるんだよ。こんなのただの変態じゃん。拡散されたら人生終わっちゃうよ」
「別に、俺のことはどう思われたっていいんだ。でも、彼女のことは守ってあげたい。なあ、俺のことなら好きにしていいから、それ返してくれよ。マジで頼む。」
気が付いたら土下座していた。
「頭、あげなよ。冗談だ。マジになるなよ」
「そうよ。うちらが悪いみたいじゃん」
「お前ら俺を脅迫してたんですけど」
俺は二人の顔を見上げてツッコんだ。二人とも朗らかに笑った。
明るく楽しく生きてきた美男美女。
お似合いのカップル。
その前で跪く俺。
知らない人が見たら俺たち3人はどう見えるのだろう?
俺は手と膝に付いた砂を払って、ベンチに腰をおろした。村木が隣に座る俺の頭をまじまじと見て言う。
「お前その頭、もしかしてストパーか?」
「え、なんでだよ?」
「髪型。いや、不自然にまっすぐだから。眉毛は剛毛なのに」
「眉毛カンケ―ないだろ? でもよくわかったな。俺、天パなんだよ。しかもパーマかけてんじゃねえよって、中学のときヤンキー達に目をつけられちまった」
「なるほどね。それでストパーかけたのか。でも、うちの高校にはヤンキーなんていないだろ」
「いや、やっぱ天パじゃモテないだろ」
「そっちかよ」
「そういうお前だって、髪、染めてんじゃねえか。これ以上、モテてどうすんだよ」
「これは地毛なんだよ。中学の時は黒く染めてたけどな」
「何だ。お前だって学校のヤンキーにビビッてたんじゃねえか」
「違うよ。俺、中学私立だし。ヤンキーなんていなかったっての。ただ、見た目なんかでトラブル起こすの馬鹿らしいだろ」
たかが見た目か。モテる奴ってのはさらっと言いやがる。
「くっだらない」
桂木が割り込んできた。
「別にビビッてたっていいじゃない。怖いものは怖い、何がいけないの」
「いや、あーちゃん。俺は事実を言ってるだけだから」
「泣き虫だったくせに」
「それは、小学生のころの話だろ。俺は中学に入ってからは一度も泣かされてないから」
村木は俺の肩を掴んで言った。
「なあ、山川。お前、証人になってくれよ。見たことないだろ。俺が泣いてるところ」
「当たり前だろ。初対面なんだから。っていうか、お前、涙目だぞ」
「泣いてないもん!」
叫び声だった。こいつ、そんなに気にしてんのか。
っていうか、『泣いてないもん』って小学生か!
思わず村木の顔を見つめてしまう。
村木は顔を赤くして、潤んだ瞳を大きく開いてただ俺を見ていた。俺は目を逸らしてしまった。
「ごめん」
俺は深く頭を下げた。なかなか顔を上げることはできなかった。笑われるのには慣れているけど、人の泣き顔を見るのに慣れていなかった。
それに男にとってビビるビビらないって結構大きな問題だ。
『男が泣くもんじゃない』
とか。
『泣き虫、毛虫、挟んで捨てろ』
とか。
男同士のグループのなかで一度でもナメられてらたらそのグループで下っ端になるかそのグループを出て行くしかない。
だから男子は女子から見たらアホみたいなことで体を張って喧嘩する。
小さなころから強い奴が正しくて弱い奴は泣かされるだけだ。
悪いことしちまった。
村木のトラウマいじっちまった。
俺は俯いて村木にかける言葉を探した。
女の桂木じゃなくて男の俺がフォローしてやるべきだと思った。
肩を軽く叩かれた。
顔を上げると村木の顔が目の前にあった。涙は流れていなかった。
ただ唇が震えていた。
その震えはだんだんと大きくなりついには口は完全に開ききった。
「あははは」
村木は腹を抱えて笑い出した。
「なんで?」
予想外の出来事にそんな言葉しか出なかった。
ひとしきり笑い終わると村木がおどけて言う。
「人を動かすにはいろんな方法があるのだよ。チミィ」
「お前は悪い政治家か!」
クソっ。騙された。
悔し紛れにツッコむ。
「そうなるって決まってるんだよ」
なげやりにそう言う村木の横顔は少し寂しげだった。
「ところでさ、あんたは中学のとき、どんな感じだったの。あー君はモテモテで困るってのはよく聞かされたけど。」
桂木が俺たちの間に割り込んで聞いてきた。
「モジャ丸って呼ばれてた。天パで頭もじゃもじゃだったから。こんな見た目だし、帰宅部だったし。どんなキャラだったかわかるだろ?」
「もうそう呼べないね」
桂木が俺の頭を見ながら言う。
今の俺の頭はストパー効果でサラサラヘアだ。
「まあな」
「俺、同じ中学からうちの高校来た奴いないからさ。一緒に楽しくやろうぜ」
「無理だよ」
村木と桂木、二人の顔が固まった。
「だって、俺さっき振られたばかりなんだぜ」
桂木は爆笑だった。
村木は口を抑えて顔を背けた。
その場にいられなくなった。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
俺はそう言い残してトイレに向かった。
離れてみると村木と桂木は本当に美男美女のお似合いの二人だった。
俺と一緒にいるのが不思議だった。
なんであいつら俺なんかに構うんだろう?