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3人集まれば……文殊の知恵か階級闘争

 駅のコインロッカーから鞄を取り出した。スマホと桂木を誤魔化すために買ったナプキンのあまりを鞄に放り込んだ。


 何となくこのまま一人で帰るのが寂しくなって駅前にあるファストフード店で昼飯を食べることにした。


 途中のコンビニで買った雑誌も持ち込む。リア充がでかい顔してのさばっている昼下がりの駅前のファストフードで食事をする時は雑誌を話し相手にしていた。


「よう、山川。ちゃんと聞いてなかったみたいだからもう一度言っとくけど、俺、村木。ところで、いい加減おでこの文字消して来いよ。もしかして13(サーティーン)にやられたのか」


 俺は思わず、両手で額と抑える。俺と桂木の愛の印だ。誰にも汚されたくない。


「なんだよ。サーティーンって。そんなの知らねえんだけど」


 俺が雑誌を読みながらポテトをつまんでいると目の前には、神聖なる学び舎でところかまわずハーレム現象を発生させていたさっきのリア充野郎が座っていた。しかも、その隣には桂木。

 

 俺は一人でポテトを頬張っていた。しかもおでこには桂木との愛の印。油性ペンで書かれたアルファベットのB。


 右手にポテト、左手にコーラ。テーブルの上に拡げた雑誌を見つめる俺。しかもグラビアページ。


 奴はこんな俺の目の前に何の断りもなく座っていて、何の断りもなく質問を始めた。


 なんでコイツ、ほぼ初対面でグイグイ来れるの? 


 今の俺、どう見ても話しかけてよさそうに見えないよね?


「ほんとみっともないよ。何よ、それ。入学式の時から気になってたんだけど、早く落として来たら?」


 桂木も呆れたように言う。


 いや、君が書いたんでしょうが。とは村木がいるから言わないでおく。なんだよ。桂木だって今朝はあんなに甘い声でやさしくしてくれたのに。


 一回、あんなことしたからって上から目線で命令しないでしょうだいっ!


 もちろんそんなことが言えない俺は黙って雑誌に目を落とした。


 二人をチラ見しながら黙ってポテトを噛み続けた。


 桂木が村木を追い返すのを待っていた。


 やっぱりあの話は二人じゃなければマズいよな?


 だけどこうしてみると桂木と今朝あんな事をしたのが夢みたいだ。


 昼時の明るく清潔なファストフード店で楽しそうに喋る桂木は今朝の俺との秘密の愛情確認なんてまるで何もなかったかのように無邪気に笑っていた。


 それとも俺が気にしすぎなんだろうか?


 考えてみれば前川先生だって大人の女の人で美人だ。彼氏くらいいたっておかしくない。もっとHな事だってしたことがあるはずだ。でも、そんなことちっとも感じさせなかった。


 リアルな女ってすげえ!


 やっぱりゲームとは違うぜ!


 俺が一人で考え事に集中していると村木が思い出したように言った。


「そういや、山川。お前、学生鞄の落とし物とか聞いてないか。彼女の鞄が無いんだ。今朝、駅のトイレで誰かのと入れ替わったらしいんだけど」


「もういいよ。多分、見つからないよ。買ってもらったばっかりだったんだけどなぁ。」

 

 桂木が悲しそうな顔をする。泣くな、桂木。お前には笑顔が似合う。


 「ほら、これだろ?」

 

 俺は隣の椅子に大切に置いておいた鞄を桂木に渡した。その時、微かに桂木の手が触れた。


 この手があんなことするなんてなぁ。


 「うそ。ホントに。よかったぁ。ありがとう。どこにあったの?」

 

 桂木は嬉しそうに聞いてきた。


 「え? 駅のトイレの前だよ。忘れてっただろ」

 

 桂木の顔が曇った。


 「あんた、まさか、女子トイレに入ったっての?」


 少しイラッときた。今日一日俺がどれだけお前のことを考えていたのかわかっているのか?


「んなわきゃねーだろ。お前が男子トイレに入ってきたんだろ。って言うか、お前、二つも鞄持ち歩いてんのかよ。入学式の時、鞄を開けてゴソゴソやってたじゃん」

 

 高校に入ったら女子のことをお前って呼ぶって決めていた。できるか心配だった。


 だけど桂木がさっきあんな事してくれたおかげでハードルは随分下がっていた。

 

 あっさりできたことがなんとなく誇らしかった。

 

「ふーん、見てたんだ。あれ、私のじゃないよ。中身空っぽだったもん。だから、多分トイレで誰かのと入れ替わっちゃったんだって、あー君とも言ってたんだもん」


 「え? ていうか、あー君て、誰?」


 「俺だよ。俺たち幼馴染みでよ。そう呼ばれてるんだ」

 

 照れ臭そうにそう言う村木。何、お前。リア充のくせして俺の桂木と幼馴染みなの? 


 ふざけんなよ。


「クソっ」


「ご飯食べてるんだから、汚い事言わないでよ」


 なんだよ。


 さっきはあんなに汚くなっても平気だったたくせに。


 「って言うかさぁ。あんたが、あの時、私に鞄を返してくれてたら、挨拶だってちゃんとできたのに。ホント、あんたサイテー」


「あーちゃん。これ飲んですこし落ち着けって」


 村木が桂木にドリンクを渡した。言われたとおりにストローでドリンクを飲む桂木。小動物っぽくてかわいかった。


「ありがとう。ごめんね。あれ、悔しくってさぁ」


「わかるよ。山川のせいで大恥かかせられたからな。山川、土下座しとけ」

 

そう言いながら村木は俺にウィンクをして見せた。キザな仕草が絵になる男だ。


「まあ、確かに。俺がとっととお前に渡しておけばよかった。ごめん」


 謝って済むならいくらでも。どうせ俺の土下座は安い。中学の時に散々やらされてきた。


 さすがにここで土下座はしないけど。


 「わかればいいのよ。わかれば。悪気があったんじゃない事はわかったから」

 

 桂木も落ち着き始めた。


「でも、これ誰のなのかな?」

 

 村木が答えた。


「やっぱり、さっきの話に出てきた女子のじゃないのかな。うちの制服だったんだろ?」


「だと思うんだけど。名前もわからないからなぁ」


「明日、先生に事情を説明して預けちゃえばいいよ。あ、でも明日は遠足大会か。荷物増やしたくないよな」


 そうやって見つめ合う二人を見ている俺の後ろから声がかけられた。


「ごめんなさい。ちょっといいかな?」

 

 女子の声がした。振り向いた。そこには桂木と同じような髪型で、同じような眼鏡をかけた女子がいた。微乳だった。


 もう一度振り向く。


 桂木がいた。桂木の胸を見る。微乳だった。


 俺はすべてを理解した。

 

 クソっ。俺は眼鏡と髪型と胸の大きさだけで桂木を今朝の天使ちゃんと思い込んでいたとでもいうのか。こんなことなら、桂木が上着を脱いだ時にブラの色も確認しておくべきだった。

 

 ほんとやりたいことを我慢するとロクなことにならない。


 最初に天使ちゃんに答えたのは桂木だった。

「あっ、今朝の! 大丈夫だったの?余計なお世話かもだけど、すごいカッコだったし。フラフラしてたし」

 

 桂木が小声で言うけど丸聞こえだった。こういうところがダメなんだよな、桂木は。


 「ごめんね。心配かけちゃったみたいだけど、私、急いでるの。もしかしてだけど、私の鞄をどこかで拾ってくれてたりしないかしら」


 「それなら、俺が拾ったよ」

 

 無敵の萌えガールは舌をペロッと出して照れたように笑うと桂木がテーブルの上に置いた鞄を手に取った。

 

 そして、腰を屈めて俺の耳元で囁いた。


「今朝のこと、誰かに喋ったら、また犬にしてやるからね」

 

 驚いた。言われなくても二人だけの秘密にするつもりだったのに。

 

 っていうか、またワンちゃんあつかいしてほしいのに。

 

 俺が何か言おうと言葉を探していると、彼女は他の二人にもはっきり聞こえるように言った。


 「私のことなんか忘れて。さよなら、山川君」

 

 そう言い切ると小走りに行ってしまった。俺は何も言えずに、ただその後ろ姿を見ていた。残されたのはシャンプーの香りと涙をこらえる俺だけだ。


 「なあ、お前、あんな可愛い娘と付き合ってたのか」

 

 驚いた顔で聞いてくる村木。


 桂木も身を乗り出してくる。


 村木を見ながらニヤリと答えてやる。


「まあな」


「ねえ、あの娘、誰なのよ?」

 

 俺だって知らない。もう、とにかく学校で見かけたら勇気を出して名前だけでも聞いてみよう。できれば、なんであんな事をしてくれたのかも。

 

 いや、違う。

 

 学校で会ったら、なんて言ってるから俺はダメなんだ。今すぐに彼女を追いかけるんだ。


「悪い、俺、行くわ。じゃあな」

 

俺は鞄を掴んで急いで立ち上がる。呼び止められた。無視して歩き出した。


「やーまーかーわぁ!」

 

 桂木の唸るような叫び声。

 

 思わず振り返る。何かがすごい勢いで飛んできた。鞄で顔を守った。軽い衝撃。そして、足元に拡がる飲み残しのコーラ。ドリンクの入った紙コップを投げつけられたことに気が付いた。


 「何すんだよ!」

 

 思わず叫んだ。


 「何よ! これ!」


 叫び返された。

 

 桂木がデジカメを振っていた。思い出した。

 

 彼女のデジカメは桂木の鞄に入れっぱなしだった。今朝、トイレで撮影した画像が頭に浮かぶ。ヤンキーにボコられ薄汚れた俺と、俺が汚してしまった彼女のツーショット。


「人の写真を勝手に見てるんじゃねえよ。返せよ。それ」


「人の鞄にこんなの入れてるんじゃないわよ」


 睨みあう俺と桂木。


 緊迫した空気が店内に拡がる。俺は力づくでも取り返そうと一歩近づいた。彼女のあんな写真を俺以外の誰かに見られたなんて彼女が可哀想すぎるじゃないか。


「あ、すみませーん。なんでもないでーす。僕たち出て行きまーす」

 

 村木が場違いな調子の大声を出した。

 

 村木は紙ナプキンを大量に持って来ると床にこぼれたコーラを拭きはじめた。


 俺はただ黙ってそれを見ていることしかできなかった。

 

 桂木はまだ、俺を睨んでいる。

 

 あらかた拭き終わると村木は俺にハンカチを差し出した。綺麗にアイロン掛けされたブランドもの。惜しみなく渡す村木。


 まさか?


 こいつ、リア充のくせしてさらに金持ちなのか?


「お前も服を拭いておきなよ」


「サンキュ」

 迷いなく村木のハンカチを使ってやる。


「そんな奴にやさしくしちゃダメだよ。あー君」


「まあ、落ち着きなって、あーちゃん。一応二人は付き合ってたみたいだし、場所変えて話を聞いてみようよ」


「いや、俺、彼女を追いかけなきゃ」


「未練があるなら、後で電話でもしなよ。このデジカメも返すんだろ?」


「あ、それ返してくれよ」


「いいわよ。あんたのことが信用できたらね」

 

 俺は少し考えて素直に従うことにした。こいつらが、さっきの写真を消してしまうかもしれない。俺と彼女の唯一の思い出だ。おでこの文字はいずれ消えてしまう。


 それにデジカメがあれば彼女と話すきっかけも作りやすいはずだ。


「よし、俺は他のお客さんにお詫びしてくるからちょっと待ってな」

 

村木は一組、一組とテーブルを回りながら、頭を下げていた。相手によっては握手までしている。俺は一緒に謝ることもできず、かといって村木を置いて先に店を出ることもできずに、ただそんな村木を少し離れたところで見ていた。


「お前は政治家か」

 

 小さな声でツッコんでみた。見知らぬ人を相手に、自分が悪いわけでもないのに頭を下げられる村木に軽く嫉妬していた。

 

 桂木はとっくにいなくなっていた。


 そんな自由な桂木には激しく嫉妬していた。

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