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ビーチク>ピーチ>スピーチ

 俺は駅の中でドラッグストアが開店しているのに気が付くと使っちまった分のナプキンと同じ物を買ってポーチの中に補充しておいた。


 レジの女の人にはっきりと変な目で見られた。


 だけどさっきの天使ちゃんに変な目で見られることを考えればそんなことどうでもよかった。


 俺は安心して天使ちゃんに会えると思うと大股でずんずんと学校に続く道を歩いた。その甲斐あってか体育館で行われている入学式には間に合った。


 入学式会場の体育館のドアを開けると生徒たちがパイプ椅子に座ってずらっと並んでいた。学ランの男子。紺色のブレザーの女子。なんとなくどこに座ればいいかわからずに首を廻して辺りを眺めているとスーツの若い女の人が駆け寄ってきた。


 色白で胸とお尻がボリューミーな美人。短めの薄い茶髪がやさしそうな感じでゆるぅくウェーブしていた。


 頬のチークがうっすらピンクのふわふわした感じのやさしそうな人だ。


「もしかして1年A組の山川遼太君?」


「はい」


「遅刻よ。気を付けてね」


「すいません。おなかの調子が悪くって。」


「心配しちゃった。私、担任の前川理沙。とりあえずついてきてくくれる?」


 もちろん俺は天使ちゃんを探そうとはしたんだ。


 でも無理だった。


 前川先生の揺れるお尻に目が奪われた。


 大人の女性のミニのタイトスカートだ。


 なんか、こう…… でっかい桃が右に左に揺れているみたいだ。


 桃だもんな。美味しいだろうな……


 産毛が生えている皮をそおぅっと剥いて、現れた白い果実に開いた口を押し当てて、舌先で表面の滑らかさを確かめて、ゆっくり齧って、あふれた汁をゴクンと飲んで味わった。


 頭の中で。 


 当然だ。


 俺は胸もお尻もこよなく愛するオールラウンダー。


 いつだってチャンスをものにする男だ。


 ラッキースケベは待ってるだけじゃ手に入らない。


 いつだって俺の分身、白い弾丸フル装填。


 これが俺の生きる上での基本姿勢だ。


 ただ待つだけじゃない。


 備えて待つ。


 やってみると意外とハードボイルドな俺の生き方。


 いつでもフル装填する強さと求められたらすぐに応えるやさしさを追求した結果生まれた俺の生き方。


 そんな俺の生き方に一切関知することなく先生は並んでいる中で空席が並んでいる場所を指で示して笑顔を見せると行ってしまった。


 とりあえず空いている席の中で適当に座り舞台を見てみるとちょうど制服を着た女子が登壇するところだった。


 壇上に向かうその人は黒髪ロングで色白の美人だった。何百人といる生徒たちの視線を浴びながらも自信に満ちた笑顔を浮かべていた。


 右から左へ顔を巡らせた。そしてマイクに向かって告げた。


「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。生徒会長の鳴神恵梨香です」


 会長は身振り手振りを交えて、舞台を左右に行ったり来たりしながら熱く語る。まるで、大統領とかのスピーチみたいに。


 挨拶が終わって会長が一歩下がって礼をした。


 長い。


 なかなか顔を上げない。体育館がざわつき始める。


 会長がゆっくりと顔を上げはじめた。体育館が静寂に包まれた。


 みんな、会長の言葉を待っている。会長はゆっくりと、人差し指を天に向かって突き立てた。


「今の君たちは期待と不安で胸がいっぱいだろう。高校生活の中で自分が何をしたいのか。何をしたらいいのかわからない者もいるだろう。その様な者へ告げる!」

 

 低いのによく通る声。挨拶のときと違う。なぜか固唾を飲んで会長の言葉を待った。


 会長は振り上げた手を一気に振り下ろした。


「やりたい事をただやりたまえ!」


 体育館に響いた。

 

 拍手が鳴り響いた。指笛も聞こえてくる。

 

 はしゃぐ奴らを見渡して思った。

 

 『それが出来りゃ苦労しねえっての。っていうかこいつらみんなやる気出せば何でもできるとか思ってんのか? 自分だけやる気になっても駄目だっての。相手がその気になってくんないと……』


 俺がそんな事を考えていると声が聞こえた。

 

「さすがだなあ、恵梨香さんは」


 女子の声だ。俺は恐る恐る顔を向けた。目が合った。眼鏡は似ていた。髪型も。でも確信は持てなかった。


 冷静に考えてみたら、あの娘の胸ばかり見ていた。思わず胸元を見てしまう。きちんと、上までボタンは留められていた。


 必死で思い出すんだ! 俺!


 天使ちゃんから言ってくれるまで今朝の事を話題として俺から振るわけにはいかないぞ?


 だってこの子が天使ちゃんじゃなかったら人には秘密にするようなあんなことをしたって事が他人に知られてあとで本物の天使ちゃんが困るはずだ。


 それにこの子が天使ちゃんなら最初から普通に話しかけてくるはず。それなのに俺のこと知らないそぶりをするのは今朝の事はなかったことにしたいからなのか?


 どっちなんだ?


 俺は必死で顔を思い出そうと隣の女子顔を何度も何度もチラ見する。


 ダメだ。


 分身が主張する。


『もう乳首しか思い出せないっ!』


 こんなにももったいない生乳首の思いだし方なんてあるだろうか、いや、ない!


 だって、一人なら分身を指圧マッサージでクールダウンしてやれるってのに!


 そうすれば冷静になっていい考えがうかぶはずなのに!


 「拭いたら? 鼻血」

 

 笑いながら、そう言ってポケットティッシュを俺に渡す。


 決まりだ。


 天使ちゃんだ。俺にやさしくしてくれる女子なんて。天使以外ありえない。

 

 鼻血が付いたティッシュを見つめた。俺が彼女の眼鏡につけてしまった白い弾丸もこんな風に拭き取られたのだろうか。

 

 予感、いや確信だった。

 

 『この娘と一緒なら非モテからリア充にステップアップできる』

 

 マイクを通して入学式の司会をしている男の先生の咳払いが聞こえてきた。体育館のざわめきが落ち着き始めると先生は説明を続けた。


 「次、新入生挨拶。鳴神のあとじゃやりにくいだろうが、気にするな。思いっきりやりなさい。」

 

 先生もノリがいい。自由な校風とは聞いていたけど、ここまでとは思ってなかった。必死に勉強した甲斐があった。


 中学時代の事は忘れて、俺もこの空気、いや、あえて言おう。


 このグル―ブにノッていこう。

 

「新入生挨拶、桂木綾乃」


「はい」


 その返事は隣から聞こえてきた。思わず顔を向けると、俺の天使ちゃんこと桂木綾乃は鞄の中を覗き込みながら固まっていた。

 

 小声で聞いてみる。


 「どうしたの?」


 「アレがない!」

 

 追い詰められた表情で俺に答える桂木。


 それはない!


 俺はちゃんと補充した!


 ということは……?

 

「え? いま、なんて?」


 俺は質問しながら必死で頭を巡らす。


 今朝のあれで妊娠するなんてことはあるんだろうか?


 エッチしたらその日のうちに妊娠して生理が来ない?


 そういうもんなの?


 そして鞄を覗き込んでいると生理が来るって言うおまじないでもあるの?


 たぶん鞄の中にタイムマシンはないから過去に戻ってやり直すなんてできないよ?


 クソっ!


 どうして保健体育の時間は他の教科に比べて短いんだ!


 子供の作り方の映像はあの手この手で飽きるほど見ているけどそのあとどうなるかんて本当のところはよくわからないじゃないか!


 タイムマシンで過去に戻れたらちゃんと勉強して安全なエッチをするって誓うよ!


 だからお願い。


 タイムマシンよ。現れて!


 「どうした、桂木、何かあったのか」

 

 先生の声が響く。


 俺はなにもできずにただ桂木を見ている。

 

 「はい。あ、いえ大丈夫です」


 はっきりとそう答えると、桂木は立ち上がった。少し、ふらつきながら壇上に向かう。


 手足が一緒に動いている。


 代れるものなら代ってやりたい。


 桂木は壇上に立つと何度か咳払いをして微笑んだ。口を開いた。


「えー、昔から結婚生活には大事な袋が三つあると言われてまして……」

 

 体育館が凍った。

 

 席に戻って放心状態の桂木にとどめが刺された。


 「先生は今の桂木の挨拶は素晴らしかったと思います。良かったと思う人は拍手」


 まばらな拍手が微かに聞こえた。


「やめてよ。余計惨めだから」


 桂木はそう呟くと、乱暴に上着を脱いだ。ブラウスが汗でびっしょり濡れていた。

 

 ブラが見えるかも。


 期待した。


 でも、俺は目を背けたんだ。


 ニヤケ顔で桂木を見る男子たちの視線から守るために体を前後左右に揺らした。


 当たり前だ。あとできちんと確かめなくちゃいけないけど……


 俺には桂木綾乃を守る責任があるんだ!


 だって、信じられないけど……


 彼女のお腹には僕のベビーがいるのかもしれない。  


 前川先生のささやき声が聞こえた。


「お疲れ様。大変だったわね。でもね。上着は着てた方がいいわ」


 やっぱり。


 体を冷やしちゃいけないんだな。うん。


「え、どうしてですか」


「透けてるから」


 男子全員、壇上に注目。


「まあ、山川君が守ってくれたみたいだけど」


 背中の後ろで桂木が上着を着る気配を感じながら、俺は欲望に打ち勝った自分を誇りに思った。


「ありがとう、やさしいんだね」


 桂木が話かけてきた。俺は軽く微笑んで言って見せた。


「気にすんなよ。今朝のお礼さ」


 桂木は少し小首を傾げたが納得したように頷き、ビミョーに微笑むと前を向いてしまった。


 入学式の間、話しかけても二度と俺の方を見ることはなかった。


 真面目なんだ、天使ちゃんこと俺の桂木綾乃。


 きっといい母親になる。


 俺もいい父親を目指すことをその横顔に誓った。

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