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チョビ髭女子とナンパ男子の不平等条約

 遠足の次の日曜日、俺たち柔道部一年は県内で一番の繁華街がある大きな駅にいた。


 演劇部との合同演目の前に、お互いよく知り合った方がいいという演劇部の申し出で遊びに行くことになった。


 柔道部は当然これを受け入れて、思わぬ展開に完全に浮き足立っていた。


 田辺以外のメンバーはそれぞれ精一杯のオシャレをして、そろいも揃って美容院に行き、これまた揃いも揃って流行りの髪型で決めていた。


 制汗剤の匂いも漂わせている。


 俺は入学当初はストパーをかけていたものの、そう何度も美容院に行く金などなく自力で天然パーマを活かす方向で頑張ってみた。


 そんな俺たちの様子を見て田辺が言う。


「みんな、気合入ってんな。」


 呆れたように言う田辺に反撃する。


「お前、余裕かましてんな。いつもと変わんねえじゃねえか。」


「まあ、服なんて清潔感があればそれでいいんだよ。お前だって、適当じゃねえか。寝て起きたら、こうでした、みたいな頭して。」


「天パを活かしてんの!」


「ふーん、そうか、まあ、俺はサポートに回るからよ、みんな、夏休みには俺に追いつけよ。」


「押忍!」


 柔道部のメンバーは気合入っている。田辺は俺たちの顔を満足そうに見回しながら言う。


「ところでお前ら、アレ持ってきたか?」


「おう。」


 全員財布を出す。みんなコンドームが入っているはずだ。ギラつき過ぎだぜ。柔道部。俺も財布を出していたけど。万が一に備えて財布に忍ばせてある。あくまでも万が一、だがな。


 備えあれば憂いなし、というではないか。


「なあ、合同演目でカップルになることもあるんだろ。」


 普段は真面目で女の話なんかしない野村までも喰いついてくる。安心させるために説明してやる。


「らしいな。桂木や村木の話だと。やっぱ俺たちそれなりに鍛えてるしよ、女子ばっかの演劇部には新鮮に映るらしいんだよな。」


「そうか、柔道やってて良かった。早く演劇部来ねえかな。」


 野村は顔を綻ばせた。演劇部との待ち合わせの時間までまだゆとりがあった。女子を待たせてはならないと演劇部との約束の時間より30分早く集まることが昨日の作戦会議で決定されていた。


 イベントは本番直前が一番楽しい。


「桂木って、入学式の時に挨拶した娘だろ。ボーイッシュで綺麗だよな。」


 柔道部では、他を寄せ付けないエロ知識からドクター・エロの称号を得た大川が言う。


「あいつ、ドSだから気をつけろよ。徒歩大会のときにひどい目にあわされたよ。俺。」


「むしろ、バッチコイだぜ。」


 大川ははしゃいでケツを俺に向けた。とりあえずカンチョーしといてやる。はしゃぐ俺たちに田辺が冷静に言う。


「がっつくなよ。自分のことをアピールするよりとにかく笑顔で女の話を聞け。なんだかんだ言ってそれが近道だ。慣れるまではつらいけど」 


 田辺の話に、みんな真顔で頷く。田辺は柔道部で大先生と呼ばれるようになっていた。


 遠足の時、宿を抜け出してお姉さんとエッチしてきたという武勇伝からそう呼ばれるようになった。


 ちなみに、村木は途中までついてきたが、結局先生や親にばれたらまずい、といって引き返してしまったらしい。


 あいつは所詮そこまでの男なのだ。


 田辺からその話を聞いたときに俺は心に決めた。


 リア王になるための英断だ。


 村木ではなく田辺についていく。


 考えてみたら村木の側にいても女子はみんな村木狙いだ。


 遠足の時のような思いは二度とごめんだった。


 そして何よりも、俺は教室で中川が他の女子とクスクス笑いながら俺を見ていることに気が付いてしまった。


 気になって耳をそばだてていると、ミスターボッキーという単語が聞こえてきた。他の言葉はもう耳に入らなかった。もう、クラスの女子とは付き合えない。そのことだけは確信していた。


「中川もいいよな。俺、あいつと中学一緒だったけど中学の時から大学生と付き合っててさ。妙に色っぽいんだよな。」


 柔道部内で成績トップの頭脳派の椎名が言う。


「中川かあ、あいつ性格悪いぜ。俺、遠足のときにひどい目にあわされた。」


「お前はさっきからひどい目にあわされてばかりだな。お前、ホントに手コキしてもらったことあるのか。」


「まあチャレンジには失敗がつきものだからな。そういった失敗を乗り越えての手コキなのだよ。」


 危なかった。俺のリア充伝説が思わぬところで破綻するところだった。まあ、いい。今日こいつらに見せつけてやるのだ。俺の実力を。


 だが、俺のそんな自信も桂木の登場で打ち砕かれることとなってしまった。


「みんな、揃っているわね。」


 桂木の声が響く。


 そして、柔道部は固まった。


 粒ぞろいの演劇部の女子たちが並んでいる。


 さすが、舞台で人に見られること活動としている演劇部。


 スタイルもよくファッションもあか抜けていた。


 だが、柔道部が固まった理由はそんなことじゃない。


 可愛くてスタイルもよくて、あか抜けているリア充全開の演劇部の女子たち。


 全員、もれなく、チョビ髭をつけていた。


 日曜の真っ昼間の繁華街のど真ん中で。


 固まっている俺たちを見渡した後、桂木は言い切った。


「みなさんにはこれからナンパをしてもらいます。」


 柔道部は、まるでこれから殺し合いをしてもらいます、とでも言われたように、ただ、目を見開いていた。


 桂木は続ける。


「最低一人、メルアドでもなんかのアプリでもなんでもいいから連絡先をゲットしてください。そのまま、遊びに行っちゃってもいいですよ。できるものならね。」


 桂木がそう言うと、演劇部は声を揃えて笑った。我に返った俺は、抗議する。


「なんだよ、それ。今日はお前たちと遊びに行くんだろ。」


 桂木は俺の抗議を鼻で笑った。チョビ髭が少しずれた。


 こういうところがダメなんだよな、桂木は。


「なんで、そんなことするんだ。」


 田辺の声だ。田辺の冷静な声は俺を少し落ちつかせてくれた。桂木と田辺のやりとりを見守ることにする。


「あなたたち、昨日、部活サボって何してたのかしら。」


 柔道部は田辺をのぞいて俯いてしまった。


 俺たちは揃いも揃ってて、今日のために服を買いに行き、美容院に行っていた。


 金のない俺と女慣れしている田辺は服なんて買わなかったけど、みんなと一緒にはしゃいでいた。


 俯く俺たちに桂木は追い打ちをかける。


「悪いわね。ウチらこの合同演目にかけてるの。男目線じゃなくて、仲間としてウチらを見てほしいわけ。」


「成程、女慣れしていない俺たち柔道部に免疫をつけさせようってことか。そのチョビ髭もそういうわけか。」


 え、どういうわけ? 


 チョビ髭で?


 他に方法があるだろう?


 どうでもいいけど、演劇部。


 周りの人たちから笑われているの、お前らだぞ。


「さすがね。田辺君。遠足の時、宿舎を抜け出して女の人と遊ぶような人は話が早くて助かるわ。って違うわよ。ウチらはウチらで舞台度胸つけるためにやらされてんのよ。」


 ああ、なるほどね。だが、桂木。お前のノリツッコミはキレが悪いぞ。


 田辺と桂木はお互いを見つめ合ったまま不敵に笑った。このとき、なんとなく、だけど、田辺と桂木の視線がぶつかって火花が散った、ように見えた。


「なに?お前ら、いつから永遠のライバルになったわけ?」


 俺のツッコミを無視して桂木たちは睨みあっている。だが、田辺は冷静だった。


「さて、俺たちが断る、と言ったらどうするんだ?長年続いた合同演目の伝統が

 すたれてしまうんじゃないのか?先輩たちになんていう?チョビ髭なんて羞恥プレイさせるような先輩方に、さ。」


 不敵な笑みを浮かべる田辺。


 さすが大先生だ、


 俺たちはいつのまにか桂木の言う通りにナンパをしないといけないと思い込んでしまっていた。


 こんなにかわいい女子たちと楽しく共同作業ができるだけでありがたいと思っていた。


 でも、何も言いなりになる必要なんてないのだ。人間は平等なのだから。


 大事なことなので倒置法で心に刻み込む。


 リア充の階段を上り始めたってのにしっかりしなきゃな、俺。


「あっそ。じゃあ、いいわ。剣道部でも生物部でもどこでもいいけど他の部活に話を持っていくから。」


 あっさりそう言うと、桂木は振り返り歩き出す。


「「「「「あ、待って」」」」」


 柔道部男子の必死な声が揃う。思わず伸ばした右手を見て思う。


 当たり前だ。


 むさくるしい俺たちとキレイな女子の立場が対等なわけないのだから。


 大事なことなので倒置法で心に刻む。


 まだ、リア充にまで上り詰めていないのだから初心を忘れるなよ、俺。


 桂木は振り向くとニヤリと笑って告げた。


「誰一人ナンパに成功しなかったら、倉田湖花火大会に女装していくこと。ちゃ

 んと証拠写真も撮ってきてね。それが嫌ならウチら、他、当たるけど?」


 俺たちはただ黙って頷いた。


 こうして演劇部と柔道部の不平等条約は締結された。


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