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遠足ではしゃぐ男子高校生は声がでかい

 俺が席に戻ると田辺が俺に尋ねてきた。


「どうだった。結構、話し込んでたみたいだけど」


「まあ、いい感じだったけどな。お前らのこと、あんまり待たせても悪いからやめておいたよ」


 大ウソだ。ただ、それなりに口説いた感じは演出しておく。田辺がいるからだ。俺が柔道部内でことあるごとに話した俺のリア充伝説は虚飾に塗れている。


 だが、徒歩遠征大会の時に村木と桂木と一緒に行動していたことでみんな信じてくれていた。今はそれでいい。


 今はまだ、な。


 いつか真実になればそれでいいのだ。


「あ、っそう。じゃあ、俺たちのことは気にしなくていいからもう一回行って来いよ。先生にはうまくごまかしてやるから。なあ、田辺、そう思うだろ?」


 村木はニヤニヤしながら田辺の二の腕あたりに手を置いた。田辺は真面目な顔をして言う。


「ああ、俺からも頼む。なんか暇そうだしよ。ここに来てもらって四人でお茶しようぜ」


 何てこった!


 こんなことなら素直に断られたって言っときゃよかった。上手くいかなかったことを繰り返すような真似はいやだし、何よりしつこい男は嫌われてしまうからな。


 上手いこと誤魔化せないだろうか。俺は腕を組んで考えてみる。一つだけ方法を思いついた。成功するかはわからない。だが、俺のリア充伝説に泥を塗るわけにはいかない。


 言うことにした。


「ラーメン伸びちゃうから。また今度な!」


 俺は勢いよくラーメンを掻き込んだ。俺がテーブルの一点を見つめながらズルズルと麺を啜っていると田辺が立ち上がる気配を感じた。気が付かないふりをしてそのまま、すすり続けた。


 田辺はそのままどこかに行ってしまった。俺はラーメンを食べるのを止めて田辺の後姿を目で追った。カウンターでお姉さんに話しかけ始めた。よし、いいぞ。そのままお姉さんを連れてきてしまえ。


 これが嘘から出た真なのだ。 


 俺の期待に反して、田辺は一人で戻ってきた。田辺は椅子に腰を下ろすと村木に言った。


「成功だったぞ。よかったな」


「サンキュ。お前は行動が早くていいな」


 訳が分からなかった。お姉さんがここにいないではないか。


 俺はそんなんじゃ成功とは認めてやれんぞ。田辺。


「意味わかんねぇんだけど。田辺、お姉さんがここに来てないじゃねえか」


「ああ、俺が彼女と二人でお前が可哀想だから相手してやってって頼んだんだけどさ。山川に村木が男だって教えてもらったってさ。でも、それまで、絶対女だと思ってたって」


「彼女?誰の事だよ」


 村木が右手を軽く手を挙げた。


「俺だよ。ちょっと実験してたんだよ。俺のことを知らない人が見たら、俺が女として見てもらえるのかって」


「村木。悪い。意味わかんねぇんだけど。っていうか女に見られるの、嫌がってたじゃん」


 徒歩遠征大会の時に、村木と写真撮ったり、背中に載られたりして、勃起しちゃっただけで責められたことを思い出していた。ただ、体が反応しちゃっただけなのにさ。


「田辺には話したんだけどさ。合同演目で俺、女役になっちゃってよ。一応、やるからにはリアルにやんねえとさ。女装してウケ狙いました、みたいなの嫌なんだよな、俺。うちの部の女子はみんなそれ狙いなんだけどさ。それって芸術じゃないだろ」


 真顔で熱く語りだす村木。大丈夫だ。俺はウケ狙いでも芸術でもどうでもいい。お前の本気の女装は見てみたい。楽しみにしているぞ。多分、芝居を観に来る奴らも大抵それが目的だろうな。


 村木には悪いけど。演劇部の女子の本音はわからないけど、村木が女装で出るって宣伝したら結構な人が集まりそうだし、それが狙いなんじゃないかな。


「なあ、そう思うだろ?」


 どうでもいいけどしつこいな、村木。適当に褒めておけば納得するだろう。


「あ、だから、やけに女っぽく飯食ってたのか。すげえじゃん。役者魂ってやつか。芸術だよな」


「まあな」


 村木は人差し指で軽く鼻の下をこすった。少し顔も赤い。なんだ、可愛いところもあるんじゃないか。やればできるぞ。全力で女装に打ち込め。


 でも俺は芸術とやらに巻き込まれるつもりはないっ。


「で、台本はいつもらえるんだ」


 田辺が横の村木に尋ねると村木は勢い込んで言った。


「タブレットに入れて持ち歩いてるから今でも見せられるぜ」


「今はいいよ」


 さすがの田辺も引いているのが見てわかった。遠慮がちに言う田辺に助け船を出してやる。一応、こいつらは初対面だしな。俺が間に入ってやろう。


「そうだよ。村木。どうせ俺たちが芝居するわけじゃねえんだから台本なんて別にいらねえよ」


 村木の顔が固まった。あれ、なんか前もこんなことなかったっけ。まさか、これも地雷か? 


 メンドくせえな、村木。


「山川。どうせお前は芝居にゃ出ないよ。でもな、スタッフとして協力してもらうの、わかってんだろうな」


「なんでだよ。俺ら関係ないし。観には行ってやるけどさ」


「さっきからうちと柔道部の合同演目って言ってるだろうが」


 そういう村木の顔は女みたいだったけど怒っても可愛い、なんてものじゃなかった。キレイな顔で静かにキレられるのが怖いもんだと初めて知った。


 村木、熱くなるとしつこいし。俺の事キレたらヤバイ奴とか言ってたくせに自分の方がキレたらヤバイんじゃないのか。


 社交的で自信家で初対面の誰とでも打ち解けることができて。それなのに村木はどんな不満を隠し持ってるんだろう。


 俺は村木の心の中を想像してみる。


 わからなかった。


 だから素直に聞いてみた。


 できるだけ笑顔で穏やかに。


 俺は別に村木と喧嘩したいわけじゃない。


「なあ村木。お前さ、ルックス、金、頭、家柄、美形だけどちょっと個性的な幼馴染に取り巻きの女子。俺の持っていないもの全部持ってる。何がそんなにイラつくんだよ。俺がお前と同じ条件で暮らせたらそれだけでリア充確定だぜ」


「お前が全然わかってないからだろうが」


 村木は俺の目を見て静かに言った。その迫力に思わず田辺を見てアイコンタクトを送る。どうにかして。


 田辺は軽く咳払いをしてから、村木の方を見て言った。


「悪いな。はっきり言っちゃうけどさ。ぶっちゃけ、お前ほど俺たち柔道部は合同演目に乗り気じゃねえんだ。頭のいいお前ならそれくらい想像できるだろ」


 村木は田辺がそう言う間も黙って俺を静かに見つめ続けていた。田辺、もうちょっと頼む。田辺に二度目のアイコンタクト。ナンバー1、なんとかして。


「なあ、村木。お前ならそんな俺らでもうまく動かせると思うんだけど。どうだ。それとも、器がでかいって思った俺の第一印象が間違ってたのかな」


 村木は薄く笑いを浮かべると軽く鼻で笑った。


「悪かった。考えてみれば、お前の言うとおりだよ。でも田辺。そういうのいらね」


「なんだよ。そういうのって」


「頭がいいとか、器がでかいとかってさ。お前、俺の事ガキ扱いしてるのか」


「そんな事ねえよ。むしろガキなのは遼太だよ」


「え、なんでだよ。これくらいで拗ねる村木の方がよっぽどガキじゃねえかよ」


 二人が一斉に俺を見た。しまった。黙って田辺に任せりゃよかった。田辺に3度目のアイコンタクト。


 頼む。田辺様。俺を救って。


 子犬のような眼を意識して田辺を見つめているとガタガタと大きな音が聞こえてきた。音のした方を見ると村木が立ち上がっている。


 その腕を田辺が掴む。


「離せよ」


 村木の怒りを抑えた静かな言葉。


「わかったよ。その前にちゃんと謝らせてくれ」


「「えっ。」」  


 俺と村木の声が重なった。


 何か言い返すのかと思った。


 田辺は力強く村木の腕を掴みながらも村木に頭を下げた。


「ゴメン。この場を収めるために少し村木を持ち上げた。認める。悪かった」


 村木の顔が少しだけ和らいだ。そしてその顔を俺に向けて言う。


「山川。お前は? なんか言うことないのか」


 特に無かった。正直、あれくらいで怒るなんて俺にはわからない。でも、さすがにここは謝っておくところだ。どうせ俺の土下座は安い。


「悪かったよ。これからはちゃんとお前の話を聞く」


「そうか。ならいいんだ。悪いな。俺はガキだからさ。つい熱くなっちまった。ちょっと頭冷やすわ。先に行くよ」


 そう言うと村木は軽く笑うと手を振って言ってしまった。


 田辺と目があう。聞いてみた。


「よかったな。あいつ機嫌治って」


「だったらいいけどな」


 田辺は俺が手をつけなかったチャーシューを勝手にひょいと口に放り込んだ。喰うつもりがなかったとはいえ、イラッときた。


 そのまま黙って食器を返却しに行くと田辺も黙ってついてきた。カウンターにトレーを置くとお姉さんが笑いながら近寄ってくる。


「ねえ、どうしたの? さっきの子。先に帰っちゃったみたいだけど」


 俺がなんて説明するか考えているうちに田辺に先を越されてしまった。


「詳しく知りたい?」


「うん」


「じゃあな、遼太。ここは俺に任せてお前は奴を追え」


「お前はベテラン刑事か! やだよ。俺だってここにいたいし」


 お姉さんのことをチラ見しながら田辺にツッコむ。お姉さんは軽く笑ってくれた。よし。俺の笑いが通じる。


 お姉さんに微笑みかけるとお姉さんは人差し指を軽く唇にあてながら少し考えるように言った。


「あたしもそうしたほうがいいと思う」


「え? なんでですか?」


「女のカン」


 そう言い切られると何も言えなくなってしまった。何となく俺と田辺とお姉さんの位置関係が二等辺三角形に思えた。


 もちろん俺だけが二人から遠い。


 急に田辺が俺の肩を抱き寄せた。耳元で囁く。


「安心しろ。夜になったら宿を抜け出してお姉さんたちと遊ぼうぜ。話はつけておいてやる。お前にそれができるか?」


「そんなことができたらとっくにヤッてるっつうの」


「だろ? だから今はお前にできることをやっておけっつうの」


「なんだよ? 俺にできることって」


「村木と合同演目の打ち合わせでもやってろよ。あいつ喜ぶぞ」


「そうかなあ。まあ、お姉さんはお前に任せた。見当を祈るぜ」


「おう」


 そう答える田辺のオーラはすでにリア充の風格があった。


 割り当てられた部屋にもどって、村木に何度か話しかけてみた。だけど村木はタブレットで何かを見るのに夢中であまり大したリアクションが返ってこなかった。 


 部屋に戻って来た他の奴らと話しているときも村木はタブレットを見たり考え込んだりブツブツ言っているだけでみんなの輪に入ることは無かった。


 俺も段々面倒くさくなって話しかけるのをやめてしまった。

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