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遠足で釣られたのは魚か彼かおねえさんか?

「よし、それじゃ、これから自由行動だ。集合時間に遅れるなよ」


 生活主任の岩本先生の大声が響く。


 今日は倉田高校の5月の行事、一泊二日のバス遠足だった。


 高原に来てハイキングをやらされていた。ハイキングの途中の自由行動の時間が始まるところだ。


 どうでもいいけど歩かせるのが好きな学校だ。


 戦時中の行軍訓練の名残らしいけど。


 入学当初と違って村木や桂木と一緒に過ごすことはあまりなくなっていた。


 村木と桂木は演劇部に二人仲良く入部して弁当も演劇部仲間で食べるようになっていた。


 俺はサッカー部に仮入部したけど経験者に敵うわけがないことを思い知らされた。


 結局、馴染みのある柔道部に入ってしまい柔道部の仲間と行動するようになっていた。


 柔道部の仲間にはもちろん高田さんのことは話していない。


 一度だけ電話してみたけど予想通り電話には出てもらえなかったからだ。


 だけど、かつて俺が手コキをしてもらったことがある、ということだけは柔道部の奴らに知らしめてある。それだけで俺は柔道部ナンバー2にまで登りつめた。ナンバー1はセックス経験済みの田辺という男だ。


 どういうことかというと、俺のリア充への道は柔道部でなら楽勝だということだ。


 だけどたった9人の柔道部ナンバー2で満足なんてできるわけがない。


 そんなわけで自由行動を女子と一緒に遊ぶような奴が爆発することを祈りながら真のリア充を目指して自由行動で過ごす女子を物色していた。


 他の奴らがグループで固まって散っていくのを呪いながら見ていると、村木も一人でその場に残っているのに気が付いた。


 もしかしたら、こいつに頼めば女子と一緒に過ごせるかもしれない。


「なあ、村木、お前、もしかして一人か?」


「ああ、演劇部って女子ばかりだからさ、気を使うしよ。お前も一人なら一緒に遊んでやってもいいぜ」


 久しぶりに話したというのに、上から目線が相変わらずだった。取りあえず、自由行動っていってもやりたいことがなかった俺は適当に村木に提案してみた。


「とりあえず演劇部の女子を誘ってさ。一緒に遊ぼうぜ」


「お前は人の話を聞けっての。たまには野郎だけで過ごしたいって言ったばかりだろ」


 信じられないことをさらっと言いやがる。


 そこへ同じ柔道部の田辺が声をかけてきた。田辺はルックスこそ俺より劣るがその社交的で頼れる兄貴的な性格と上級生をいれても柔道部でただ一人彼女がいるというだけでナンバー1呼ばわりされている男だ。


 他校の女子なので可愛いかどうかはわからないけど。


 っていうか柔道部員全員が田辺の彼女は可愛くないと決めつけていた。


「なあ、遼太。お前ら二人?」


「おう、田辺」


「お前ら釣りするなら一緒に行かねえか。ボート代、割り勘にしようぜ」


「俺、村木。田辺っていうのか。よろしくな。演劇部で山川とは同じクラスだ」


 村木はそう言うと田辺に握手を求めた。相変わらずの政治家ぶりだ。それにすんなり応じる田辺もすごい。


 っていうか、これが普通なのか?


「よろしく、俺は田辺。遼太とは柔道部で一緒だ。お前、演劇部なのか。うちの部で倉田祭の合同演目仕切るの俺なんだよ。よろしくな」


「おお、そうか。うちは俺が仕切る。今度ちゃんと挨拶に行くけどよろしな」


 村木は笑顔でそう言うといったん離した手でもう一回握手した。今度は両手で田辺の手を包む。


 柔道部と演劇部の野郎同士の交流に興味が湧かなかった俺は、二人の握手を遮るように田辺に語り掛けた。


「悪い、田辺。村木は野郎だけで過ごしたいらしいけど女子を誘った方がいいよな」


「いや、こういう時は女がいない方が楽しいよ。まとまる話もまとまんなくなるし」


 あっさりと信じられないことを言う田辺。


 あら、さすが、柔道部ナンバー1でいらっしゃる。


 クソっ。これじゃ、まるで俺だけが飢えた狼みたいじゃないか。


 反論空しく二人に押し切られてボートを借りて釣りをすることになってしまった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボートの漕ぎ手は田辺が買って出た。田辺は釣りが好きだからか、ボートの操作も上手かった。


「あの辺だな」


 田辺はそういうとボートを留めると俺と村木にどの辺りにルアーを投げ入れると良いか教えてくれた。言われたとおりに投げてみると早速の反応。村木の釣竿のほうだけど。


「あ! なにか竿がピクピクしてる」


 田辺が小声で囁くようにいう。


「あたりだ。少し竿を前に倒せ。それからリールをやさしく巻いてみろ。」


 言われたとおりにする村木。


「あ、引っ張られる。」


 田辺につられて村木も小声で答える。


「よし、喰いついてる。リールを巻いたり緩めたりしながら反応が弱くなるのを

 待て。」


 しばらく、言われたとおりにしてから村木は見事に魚を釣り上げた。


「やった。やった。山川。写真。写真。」


 興奮して子供みたいにはしゃぐ村木。奴のごついカメラを構えてファインダーを覗く。村木は生きている魚を掴みたくないのか、魚は針を咥えたまま暴れまわって右へ左へと振り子みたいに揺れていた。


「おい、山川、魚持てよ。せっかく釣った魚がブレて写っちまうだろ。」


「やだよ、俺だって。生きてる魚なんか掴めねえよ。」


 言い合う俺たちを見かねて田辺がゆっくりと背後から抱きしめるように村木が持つ竿を片手で動かし始めた。村木は、一瞬戸惑った顔を俺に見せたが、俺が頷いて見せると大人しく田辺に竿を預けた。


 田辺は上手いことコントロールして針を咥えたままの魚を、もう一方の手で見事キャッチする。竿をボートの上にそっと寝かせると、あっという間に針から魚を外してしまった。


「ほら、こういう風に持てば大丈夫だよ」


 田辺は魚の口に親指を突っ込んだ形で掲げて見せた。


「無理」


「しょうがねえな。俺が持っててやるから早く写真撮っちゃえよ」


 村木は田辺の掲げる魚に怖々と顔を寄せて、ひきつった笑顔でピースをした。俺は村木の上半身と魚だけが写るようにレンズを調整しシャッターボタンを押した。シャッターの切れる音がすると、田辺はそっと魚を湖に逃がしてやった。


 結局、それから村木は一匹釣れればもう十分と、田辺が釣り上げるごとに、無邪気にはしゃぎながら田辺のことを写真を撮り続けけた。一匹も釣れなかった俺を村木が撮影することは無かった。


 別にいいけど。


 腹が減ったという村木の提案でレストランに移動した。村木が気前よく俺たちの分の食券を買ってくれる。一応、多少の遠慮をして俺はラーメンにしておいた。


 田辺も最初のうちは、奢ってもらう理由がない、とか抜かしていたくせに、釣りを教えてくれたお礼だと村木に言われた途端にカツカレーライスを頼みやがった。


 俺だってチャーハンも頼めば良かった。あとからじゃ頼みにくい。


 注文は村木に任せて俺と田辺は席を取っておくことにした。平日で昼時を過ぎていたからか、店の中はガラガラで湖がよく見える窓際の4人がけのテーブル席に座ることができた。


 注文を済ませて戻って来た村木はなぜか当たり前のように田辺の隣に座った。俺が紹介して二人は知り合ったくせに、だ。


 俺を差し置いて二人とも釣りの話で盛り上がる二人を眺めていると、食事の受け取りを促す店内放送で呼び出された。三人揃って受け取りに行く。


 俺がラーメンを乗せたトレーを持ち上げると厨房のお姉さんは意味ありげに俺に微笑みかけた。


「あれ、お前のラーメン、やけにチャーシューが多いんじゃね?」。


 田辺が俺のラーメンを覗き込んで言う。俺も気づいてはいた。恐らく俺を気に入ってしまったお姉さんからのサービスだろう。


 悪いな、田辺。俺はリア充への階段を上り始めた男だからな、高田さんといい目が肥えた女性は俺の魅力がわかるみたいだぜ。


 前川先生、本気で狙ってみるか。


 だが、その前にリア王になるということはモテない男の嫉妬への対処も覚えなくてはならない、ということか。


 ニヤリ、と笑って言ってやる。


「悪いな。田辺。俺、魚は釣れなかったけ、どどうやら、あのお姉さんを釣ってしまったようだぜ。」


 俺がお姉さんに微笑みかけるとお姉さんは、照れているのか、眼を逸らして厨房の奥に行ってしまった。


「悪いな、山川。お前が変に遠慮するから、トッピングしておいてやっただけなんだけど。あと、今のトーク、全然上手くないから。」


 村木はニコリともせずに言い放った。


「あ、お姉さんこっちにくるぞ。村木、山川一人にしてやろうぜ。」


 田辺が囁き声で言うと村木は一瞬、俺を見た。俺が野良犬を追い払うように軽く手を振ると大人しく田辺のあとについていった。俺がどんなトークをするかイメトレしながら二人の後姿をしばらく見ていると、後ろから声をかけられた。


 振り向いてみるとカウンター越しにさっきのお姉さんともう一人おばちゃんが笑顔で立っている。


 おばちゃんが声を潜めて言う。


「ねえ、僕。あの二人って付き合ってるの?」


「はあ? あいつら男同士ですよ」


「ヤダ、ホントー? ごめんなさい。私たち、あの娘、綺麗だし、恰好もジャー

 ジで男の子も女の子も一緒でしょう。キャリーバックなんか使ってるし。それに男の子にしては髪が長いし女の娘かと思っちゃった」


「マジっすか? あいつ見た目はあんなだけど喋ると普通に男っすよ」


「あ、そうなんだぁ。あの子、食券だけ置いて行っちゃったからさ。愛想が無いのに男の子に囲まれちゃって綺麗な娘は得ね、なんて。ごめんね。お店が暇だとついおしゃべりしちゃって。どっちが、あの娘の本命なんだろう? なんてね。ふうん。男の子なんだぁ」


 おばちゃんもお姉さんも、クスクス笑いながら目を見合わせていた。何か、目配せをしている感じだ。結局、おばちゃんの方が切り出した。


「そのチャーシューに免じて許してね」


「えっ」


 確かチャーシューは村木がトッピングしてくれたはずなのに。なんで、こんな事を言うんだろう。


「私たちさ、僕達を応援してあげようって、チャーシューとカレーのライス、ち多めにサービスしちゃった。内緒よ。」


 おばちゃんは人差し指を口にあて、悪戯っぽく軽くウィンク。どうでもいいけど似合わなかった。そして、お姉さんの腕を軽く叩くと行ってしまった。微妙に微笑むお姉さんに聞いてみた。


「あのサービスしてくれたのってチャーシューとカレーライスだけですか?」


 本当はそんなことどうでもいい。すぐにでも名前ぐらい聞きたかったけど、もう少し打ち解けてきてからの方がいいだろう。


 高田さんの時と同じ失敗は繰り返さない。店はガラガラだから少しくらいおしゃべりに付き合ってもらえるかもしれない。


 それに手コキをしてもらったことと同じように柔道部の連中に語り継ぐためにもネタを増やしておきたかった。


「そうよ。それがどうかしたの?」


「村木が、あ、あの女みたいなの村木って言うんですけど、何もしゃべらなかったのに、なんでカレーとラーメンが俺とあのごついのが頼んだってわかったのかなって」


「ああ、わかるわよ。君たち3人でカレーとラーメンとサンドイッチだったから」


「ふーん。やっぱプロはすごいっすね。」


 少しおだててみる。


「ちがうわよ。女はね。男の子の前だと口が汚れるもの食べないから」


 お姉さんは、意味ありげに笑いながら教えてくれた。村木たちの方に顔を向けてさらに教えてくれる。


「ほら、見て。ああやって、食べると可愛く見えるでしょ。っていうか、あの子、ホントに男の子なの? まあ、それはそれでアリだけど」


 俺とお姉さんに見られているとも知らずに村木は相変わらず田辺の隣に座っていた。両手でサンドイッチを顔のあたりまで持ち上げて、何やら真剣に語る田辺の顔を見つめながら笑顔でうなずいている。


「ほら、ラーメン伸びちゃうわよ。君も頑張って。」


 そう言うとお姉さんは厨房の奥に行ってしまった。


 そう言われても俺は何を頑張ればいいのかわからなかった。


 とりあえず3人分の水を汲んでトレーに乗せた。

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