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12/19

男子のダイアローグは大抵ファストフードで

 徒歩遠征大会の翌日は日曜日だった。家でごろごろしていると村木から電話で呼び出された。


 駅前のファストフード店で待ち合わせて、テーブル席で待っていると村木が現れた。


 私服のおシャレっぷりにちょっと引いた。


 二人とも着ていたのはジーンズにパーカーにスニーカー。だけど、色や質感にアクセサリー。


 それに着こなしが全然違っていた。


 もちろん俺はアクセサリーなんてつけない。


 ジーンズもオシャレじゃなくホントにダメージをうけて膝のところが破けていた。


 惨めな気持ちが胸の中に拡がり始めた俺は拶拶を済ませると、こいつのペースに巻き込まれる前に気になっていたことを聞くことにした。


「村木はもう部活決めたか?」


「ああ決めたぜ。演劇部」


「マジかよ。サッカー部じゃねえのかよ」


 俺はサッカー部に入るつもりでいた。村木と過ごしているうちに気が付いた。


 村木のようなリア充を遠くから呪うよりも近づいておこぼれをもらう方がリア充になれる


 手段は問わない。


 勝てば官軍というではないか。


 そのためには演劇部よりもサッカー部の方が何かと都合がいい。


 ぶっちゃけ一番モテそうな部活に入りたいだけだ。


 リア充になるためにはなり振りかまっていられない。


 そんな俺の気持ちも知らずに村木は言う。


「確かに中学の時はサッカー部だったんだけどさ。親にやらされてただけなんだよ。途中で辞めちゃったしな。高校では好きなことやるって決めてたんだよ」


「そっか」


「お前は帰宅部になる前は柔道部だったんだろ? もう一回、柔道やればいいじゃねえか」


「まあな。でもサッカー部の方がモテるだろ? それに柔道はもういいよ。俺も途中で辞めちゃったくらいの気持ちだったんだ」


「なあ、お前さ。中学の時に急に不良グループとつるみ始めたんだって? それで部活も辞めちゃったのか?」


「っていうか、お前詳しいな。中学の時の俺のこと」


「噂になってたよ。入学式終わってから女子といろいろトークしてたらさ。お前の話が出てな。一人で暴走族の奴らと喧嘩したんだって? キレたらヤバイから近づくなって聞いたぜ」


 俺はそんな噂を聞いたことはなかった。中二の夏休み明けから学校で俺と話してくれる奴は誰もいなくなっていた。


 友達だと思っていた奴らも離れていった。まあ、そんな関係しか築けなかったというだけのことだけど。


 村木が俺を不思議そうな顔をして尋ねた。


「なあ、昨日さ。結構あーちゃんといじっちゃったけどキレなかったよな」


「別にキレるようなことされてねえだろ。まあ、ヤラれ慣れたってのはあるかもな」


「え? どういうことだよ?」


「いや、さっきさ、お前が言ったろ。アレさ。つるんでたんじゃなくてさ。沢田って奴が仕切ってたんだけどな。その不良グループ。時々呼び出されてシメられてただけなんだ」


「そうか」


 だけど時々宮本が電話をくれた。


 噂話や好きな本や音楽の話なんかの他愛もないおしゃべり。


 そのおかげで俺は不登校になることもなく誰も口をきいてくれない沢田の気まぐれで痛めつけられるような学校に通い続けることができた。


 宮本にふさわしい男になりたかった。ただそれだけの想いで学校に通い続けた。


 ある日のこと宮本に告白しようとして、学校帰りを狙って駅で待ち伏せした。


 告白はできなかった。


 宮本は楽しそうに男と歩いていた。


 男は沢田だった。


 俺はそれから沢田に逆らうのを辞めた。


 自分を痛めつけたかった。いっそ、殺してほしいとまで思った。そのせいかわからないけど沢田もそれほど激しく攻撃しなくなった。


 腹に雑誌を仕込んでおけば十分だった。


 俺が中学を卒業するまで宮本からたまに電話かかってきたけど告白することも沢田とどういう関係か確かめることも出来なかった。


 そして俺は高校デビューに賭けることにした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺が物想いから我に返ると村木はただ真顔で俺を見つめていた。何か言いたそうだった。


 でも、待ってほしかった。誰かに聞いてほしかった。誰にも言えなかった俺の本当の気持ち。


 でも……


 何から言えばわからなかった。


「もしかしてお前トラウマになってんじゃねえのか。あいつには敵わないって」


 村木が口を開いた。


 俺は意味が分からずただ間抜けな顔をしていたと思う。


 そんな俺を村木は憐れむような顔で見ていた。


 しばらくそうしていた。


「ほら。中学のときにその沢田って奴からやられ続けたんだろ? あとでやり返されるのが怖くて怒るべき時にも怒れなくなったんじゃないのか?」


 どうなんだろう。


 俺は腕を組んで考え始めた。


 改めて昨日のことを思い返してみても怒るべきことがあったとは思えなかった。


「いや、昨日のことなら特にキレるほどのことでもなかったぜ」


「そうか、ならいいんだけど。悪かったな。俺もちょっとはしゃぎすぎた」


 村木は真顔で頭を下げた。


「いいよ。気にしてないし。もう終わったことだしな」


 そうだ。


 終わったことなんだ。


 昨日のことも。


 沢田のことも。


 宮本のことも……

 

 村木がテーブルをコンコンとノックした。


 俺は顔を上げて村木を見た。


「実は俺もお前と似たようなもんでよ。ボコられはしねえけどときどき金を取られてたんだ。他の不良に目をつけられないようにしてやるからって。用心棒代だとさ」


「マジかよ。なんでそんなこと。先生に相談しなかったのかよ」


「お前は相談できたのか? それに俺にとってそれほど困る金額じゃなかったからな。それが奴らの狙いでもあるけどな」


 俺は答えられなかった。


 村木の気持ちはよくわかった。


 先生や親に相談したところで今度はチクっからということで余計ひどい目にあわされる。警察が逮捕してくれるならまだしも奴らは大人に怒られることなんてなんとも思っていない。


 それに高校進学さえ碌に考えていない連中だ。沢田なんて中二の冬からたまにしか学校に来なかったし。


 持っているものが多い奴ほど人生捨ててる奴とは関わりたくないだろう。困らないほどの金で済むならそれに越したことはない。


 これが金持ち喧嘩せずって奴か。


「なあ。お前まだ金を取られてるのか。もしかしてうちの高校に来たのもそいつらと縁を切るためか?」


 村木は首を振った。


「この話はやめようぜ。ドリンクお代わりするわ。お前は? 金なら気にするなよ? おごってやる」


 俺がお代わりのコーラを頼むと村木は颯爽と買いに行ってくれた。


 身軽に人のために動ける奴なんだんだな。


 村木は。 


 あいつもいわれない暴力の被害者だったのか。


 何の苦労もしてないと思っていたけど……


 人は傍から見てるだけじゃわからない。


 村木が俺の前にコーラの入った紙コップを置く。村木は俺の紙コップにストローを挿しながら思い出したように喋り始めた。


「そうだ。言い忘れてたけど。っていうか、これが本題なんだけどな。昨日、会ったんだよ。お前が言うところの元カノの知り合いに」


「マジかよ。なんで、そのときに俺を呼び出さないんだ」


「一人で先に帰ったのお前だろ。まあ、あーちゃんもとっとと帰っちゃったから俺一人で話を聞いたんだけどな。それに知り合いって言っても男だったぜ」


 俺は公園のトイレにいたオッサンたちの姿が頭に浮かんだ。口の中に苦いものが拡がった。目つきが険しくなるのが自分でもわかった。


「そんな顔するなって。いいもんやるよ」


 村木は一目でブランドものとわかる財布から名刺を2枚取り出した。


 2枚の名刺を見比べてみる。そこにはそれぞれ高田美沙という名前と電話番号、フリーライターとあった。


 もう一枚は長谷部真人という名前でカメラマンと書かれている。


 オッサンの方はどうでもいいけど、彼女の連絡先が分かったのはありがたかった。


「サンキュ。これで彼女に連絡が取れる」


「何だよ? お前、付き合ってたんだろ。高田美沙さんと。連絡先も知らなかったのか?」


 村木は苦笑いをしながらストローに口をつけた。


 しまった!


 コイツらの前ではそういう設定だった。


「いや、別れてから番号変えられれちゃってさ」


 取り繕うように笑ってみた。


 村木はこらえきれなくなったのか紙コップを持つ手が震えていた


「な、なんだよ。しょうがないだろ。フラれちゃったけど。まだ、好きなんだから」


「もう、いいんだよ。そういうのは。俺、全部聞いたんだ」


 そう言って、村木は笑ってみせると俺を見つめた。笑顔の村木に見つめられてドキっとしてしまった。


 こうしてみると、親しみが湧く。


 同じヤンキー被害者の会の会員だからかもしれないけど。


 それにしても男のくせにキレイな顔してやがる。キレイでやさしくてまつ毛も長いし、気が利いて金払いもいい。


 自慢の友達だな。


 もし欠点をあげるとしたら男であるということだけだ。


 俺のところに女の子が廻ってこない。


 村木は説明を始めた。


「高田さんはちょっと可哀想な人でさ。お前は知らなかったみたいだけど、自分が正義の復讐請負人13(サーティーン)だと思い込まされてるんだってさ。それで、不良どもをこらしめようとトイレで格闘になった。そして、たまたまお前がいたってことらしい」


「んー。マジか? それ? そうだ。なあ、写真の事なんか言ってたか」


 村木は唇を一舐めすると腕を組んで瞼を閉じた。


「ちょっと、お前にはキツイ話なんだけど」


「何だよ。いいから言ってみろよ」


「高田さんはそういうことも仕込まれてたんだってさ」


「そういうことって」


 村木は俺の目を一旦見る。俺たちは束の間、見つめ合った。村木は目を逸らし、ドリンクの残りを飲み干した。


 嫌な予感しかしない。


「普通のやり方じゃ倒せないような相手は色仕掛けを使う」


「色仕掛けって」


「それは、実際にされたお前の方がよく知ってるだろ」


「マジかよ。でも俺あの人に倒される覚えなんてないし」


「だろうな。普通の高校生が狙われるわけない、でも、ほら 。あの人洗脳されちゃってるって話だからな。それが本当なら行動の理由なんて俺たちには想像もつかないよ」


「いやそうだとしてもさ。あんな写真撮る理由がないだろ」


「あんな写真を拡散されても平気なんて奴はお前ぐらいだろ。あんな写真、社会的にポジション高ければ高いほど人に見られちゃマズイだろ。学生だってそうだ。学校にだってあるだろ? カースト制度みたいな序列がさ」


「お前それ信じたのか?」


 村木は首を横に振った。


「まあビミョーだな」


 思わず笑ってしまった。


 高田さんは俺に可哀想になっちゃったって言ったんだ。


 あれは彼女の意志だ。それだけは間違いない。


「いや笑い事じゃないぜ。これが本当だったらな」


 村木は真顔だった。


 俺も顔を引き締める。


「どういうことだよ」


「長谷部さんが言うには一昨年の秋ぐらいから高田さんは行方不明だったらしいんだ。長谷部さんが高田さんが追いかけていた組織を張り込んでいたら高田さんが現れた。でも中身は別人になっていた。っていう話なんだけどな」


「洗脳なんて本当にあるかぁ。中身が別人ならなんでオッサンにそんなことベラベラ喋ったんだ?」


「長谷部さんは自分たちが追いかけている組織が洗脳するってことを知っていたからその組織の関係者のフリして近づいたらしいんだ」


「うん。それで?」


「高田さんがあるはずのカメラがなくて困っててるって言うから、探すのを協力するってことでいろいろ聞き出した。って言ってたけどな。あとどうでもいいけど長谷部さんてオッサンじゃないぜ。30歳くらいの大人のイケメンだ」


「マジかよ? 昨日、高田さんとオッサンがトイレにいるとこ見たぜ。てっきり長谷部さんてそのオッサンかと思ってた」


「そうなのか。じゃあそいつらが本当の組織の関係者なのかもな。どんな奴だったか覚えているか?」


「いや、顔は見てないな。でも背広姿のいかにもスケベ中年って感じだぜ」


 俺と村木は顔を見合わせた。


「洗脳って本当なのか?」


 村木の呟く声がやけに大きく聞こえた。


 一つ疑問が湧いた。


「なあ。その長谷部さんってどうやってお前がカメラを持っているってわかったんだ?」


「ああ。それか。高田さんは倉田高校の村木っていう超美少年が知ってるはずだって」


「マジ?」


「マジだけど?」


 こともなげに村木は言った。俺は自己紹介もしてたし手コキまでしてもらった。


 そんな俺より村木の見た目の方がインパクトがあったというのかよ。


 村木はそんな俺の想いに気づくことなくさらに付け加えた。


「洗脳が本当かどうかはわからないけど少なくてもあの人はお前を避けてる。俺がカメラを渡したら言われたよ。お前に高田さんのことは忘れるように伝えてくれって。お前が本気で高田さんのこと好きなら止めないけどな」


「ああ。そう簡単に忘れられるわけないよ」


 どんな事情を背負っているにしてもヤンキーどもから俺を守ろうとしてくれたことには変わりない。


 どんな理由だろうと手コキしてくれたことにも変わりはない。


 俺の顔を覗き込んで村木が言う。


「おいおい。そんな女、関わらない方がいいに決まってるじゃねえか。忘れちまえよ」


 村木のその言葉にイラッときた。


 だからだと思う。


 俺がこんなこと言っちゃったのは。


「俺が彼女を救ってみせるよ。ヨゴレ者同士お似合いだろ?」


「そんないじけたこと言うなよ」


 村木はやれやれとでも言うように苦笑いをしながら首を振る。


 イラッときた。


 もし、高田さんを救うことができたなら。


 もし、洗脳の技術を組織から手に入れることができたなら。


 お前に女だと思い込ませて貢がせちまうぞ、村木。


 俺は半分冗談、半分本気で高田さんの名刺と村木の顔を見比べながら頭の中で村木の顔に高田さんの体を合成していた。


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