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徒歩遠征大会で脳内ビジョン再生という名の回想

 俺が中学2年の夏休みのことだ。

 

 柔道部の練習の帰り道、仲間たちと喋っているうちに結構遅い時間になってしまった。


 でもその日は俺が読みたかったライノベル小説の発売日だったから家に荷物を置いて自転車で駅前の本屋に行った。立ち読みをしていると声をかけられた。


「ねえ。まだ本読むの好きなんだね?」


 俺の初恋の人、宮本だった。小学校が同じだったけど彼女は私立中学に行ってしまっていて俺達が顔を合わせるのは小学校の卒業式以来だった。


 宮本は大人っぽい服装で髪も長くなっていて爪も少し伸ばしていた。


 ジャージ姿でライトノベル小説を読んでいることが少し恥ずかしくなって何も言えなくなってしまった。


「久しぶりだね。全然変わってないし。髪も相変わらずもじゃもじゃだね。いっそもっと伸ばしてみたら?」


 クスクス笑ってそう言う宮本が眩しくて俺はただ彼女のことを見つめているだけだった。そんな様子を見て彼女はからかうように言う。


「ごめんね。まだ、私のこと忘れられなかったりして?」


 俺は小学校の卒業式の日に宮本に告白しようとした。できなかった。宮本の好きなキャラクターが付いた携帯ストラップを渡すのが精いっぱいだった。


「どうしたの。昔はよく喋ったじゃない?」


「いや、悪い。ちょっと驚いちゃって」


「そう? 間ないからまた今度ね。スマホ買ってもらったからさ。番号交換しようよ」


「いや、俺、スマホ持ってないし」


「そっか。じゃあ、今度おうちの方にかけても大丈夫かな?」


「も、もちろん。母ちゃん夜遅いから。家の電話に出るの俺しかいないから」


 ものすごい勢いで言ってしまった。宮本はそんなことは気にしないように笑顔で手を振った。


「じゃあね。バイバイ。」


 その手にはスマホが握られていた。


 俺が昔あげたストラップが揺れた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 彼女が本屋から出て行ってからしばらくすると、暴走族のバイクの爆音が店の中まで鳴り響き始めた。


 俺の住んでいる町はあまりガラがよくない。


 夏の週末には、暴走族がたくさんのバイクで駅のロータリをグルグルとまわるような街だった。 


『この時間は女一人だと危ないから送っていくよ』


 なんで言えなかったんだよ。


 俺は自分を叱りながら駅の周りをうろついた。心配しすぎだとはわかっていた。


 でも彼女がヤンキーや悪い大人たちに絡まれていたりしたら……


 そう思うといてもたってもいられなくなっていた。


 あてもなくトイレの前で出入りする人をチェックしたり、薄暗がりの中を覗き込んだ。


 ロータリーでは相変わらず騒音をまき散らしながら暴走族が浮かれた声で叫び続けていた。


 警察官が何人か暴走族の様子を見ていた。


 大丈夫だ。警察もいるし、なにより、奴らはアホみたいにロータリーをグルグル回っているだけだ。俺の考えすぎだ。


 そう自分に言い聞かせて帰ることにした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 帰る途中で苦笑いが漏れた。


 こんなに汗だくで必死に探し回ってるんだ。


 俺はまるでストーカーじゃないか。


 見つからなくて逆に良かった。宮本に変な誤解をさせたかもしれない。


 そう思ったときだった。


 公園の方から叫び声が聞こえた。


 体がビクッとした。


 声のした方を見る。


 何を言ってるかまではわからない。


 ただキレた男が叫んでいるのだけはわかった。


 ヤンキー同士の揉め事には関わりたくはない。


 だけど…… もしあの場に宮本がいたとしたら……


 そう思いついてしまうと気が気じゃなくなる。


 自転車を止めて様子を見ることにした。


「キャッ」


 女の娘の短い悲鳴が聞こえた。


 思わずポケットに手を突っ込む。


 あるはずのないスマホを探した。


 脳味噌がフル回転する。


 駅まで警官を呼びに行くか。


 それで間に合うのかよ。


 どうすんだよ、俺っ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お願い。もう許してください」


 女の娘の声が聞こえた瞬間だった。


 俺の体は自転車に飛び乗っていて足は全力でペダルを踏んでいた。


 そのまま公園のなかに突入してしゃがみこむ女の子と向き合う何人かの人影との間に自転車を割り込ませた。


 ブレーキの音が鳴り止むと俺は真っ先に後悔した。


 人影はどうみても暴走族だ。


 それも5人はいた。


 そしてへたり込む女子はどう見ても宮本じゃない。


 特攻服こそ着ていないけどいかにもギャルという恰好だった。


「何だ? てめえ」


「いや、あの、すいません。今日はケーサツもすげえいるし、ここでのもめ事はやめた方がいいっすよ」


 とにかく低姿勢だ。


 俺は正義の味方になれるほど強くない。


 鋭く睨まれ膝が震え始めるのがわかった。


 ここから先はもうどうしていいかわからなかった。


 ただ誰かが助けに来てくれないかと祈っていた。


 目を開けていられなかった……


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あれぇ、お前、山川じゃね?」


 呑気な女の声がした。クラスメイトの飯島の声だった。飯島に他の奴らを説得してもらいたかった。


「ああ、飯島さん。さっき警官がここ通ったしもめ事はやめといた方がいいよ」


「うるせえ。指図すんな」


 厄介な奴がいた。うちの中学一の不良の沢田だった。一年のころから上級生と喧嘩を繰り返して一年の二学期が始まったころには奴が学校の王となっていた。


 モブキャラの俺は当然敬語を使う。


「すいません。でも、ヤバイっすよ」


「バカか? てめえ。そんなの関係ねえよ」


 沢田を怒らせた。もう俺には打つ手がない。何をしても俺もギャルもボコられる。俺は男だからボコられるだけだろうけど、ギャルは何をされるかわからない。


『ヤバイぞ。君。君もなんとか言ってくれよ』


 そんな情けない気持ちで振り向いて女の子を見た。


「山川、あんた、その女、どう思う?」


 飯島の声が聞こえた。


 状況からみてグループ内の揉め事だ。この女の子のことは褒めておいた方がいい。


 そう判断した。


 顔もよく見えないのに。


「いや、すげえ可愛いと思うけど」


 公園に爆笑が響いた。


 こいつらの機嫌が直った。


 そう思ってホッと一息ついたときだった。


「山川。じゃあソイツとヤレよ。ヤラせて下さいって土下座すれば誰でもやるから。そのビッチ」


 人を小馬鹿にするようにヘラヘラと笑いながら飯島が言う。俺の後ろで、女の子がシクシクと泣きだす。


 いくら俺が非モテだからってこんなのはゴメンだった。


「いや、いいよ。だって沢田さんたちのお友達にそんな真似できないって」


「友達なんかじゃねえよ。さっき知り合ったばかりだっての。バーカ」


 飯島の締まりのない顔を見た。


 頭が痛くなるような甘ったるい匂いが漂っていることに気が付いた。


 太ももで鈍い音がした。


 急にだ。


 音の後にジンジンと熱と痛みでうずき始めた。


 沢田に蹴られたと分かったときには俺は跪いていた。


 自転車が倒れる音がやけに大きく感じた。


 頭の上でからかうような言葉が行きかう。


「いいからヤレよ。手伝ってやるぜ。」


「ヤーレ、ヤーレ」


 みんなで声を合わせてはやし立てる。


 俺はただ怖かった。


 膝が震えて力が入らない。


 女の子のすすり泣く声がやけに大きく聞こえる。


「オラ、ボコられてぇのかよ? ヤッて男になれよ」


 後ろから抱きかかえられて無理矢理立たされた。


「ホラぁ。あんたも立てっての」


 飯島が女の子の髪を掴んだ。


 女の子は頭を押さえながら黙って立ち上がった。


「ぎゃははは。きったねー、死ねよ。ブス」


 髪を引っ張られた彼女の顔が見えた。


 化粧が落ちてパンダみたいだった。


 こんな時に俺もひどいことを考えていた。


「ホラ、山川、童貞だからヤリかたわかんないんだって。あんた自分でパンツ脱いで教えてやんなよ」


 公園の中が一気に静かになった。俺は、ただ彼女を見ていた。彼女はスカートの裾を掴もうとしていた。手が震えてうまくないかない。


「ぎゃはは。やっぱコイツ、ビッチじゃん」


 俺は彼女の顔を見ていられなかった。


 思わず視線を外した。


 俺の目に映ったのは彼女の震える膝。


 内また気味の足元。


 街灯の光を反射して妙に輝く彼女の手にまとわりついた白い液体。 


 小さく途切れ途切れなか細い声。


「た、助けて」


「女に恥かかせんなよ。山川。お前が脱がしてやれよ」


 飯島の声がした。


 俺はこう言うしかなかった。


「言うこと聞くから放してください」


 体が自由になった。


 俺は彼女の足元に膝をつけるようにかがみ込んだ。


 彼女の顔を見上げた。その瞬間、周りの音が消えた。


 俺は彼女の顔を見つめながら地面に両手をついた。


 直後だった。


 気が付くと砂を掴んで奴らに投げつけていた。


 目に入った自転車を思いっきり振り回した。


 俺の頭の中にパンクロックが流れ始めた。


 覚えているのは彼女の走り去る後ろ姿。


『もう学校行けないな』


 そう思った。


 あとのことはよく覚えていない。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 気が付くと公園には俺だけがいた。ふと見ると俺の手の甲はところどころ赤く染まっていた。


 腕にはゲロまでかけられている。


 俺は血とゲロの混じった臭いを嗅ぎながら笑い出してしまった。可笑しくってしょうがなかった。


 あんなことが起きた後なのに。

 

 どうしようもないほどに勃起していた……

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