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徒歩遠征大会でトイレがない…… だと!

 俺は分身の主張が公開されて顔が赤くなっているのが自分でわかる。


 二人の顔が見られずに俯いた。


「とりあえず謝っておきなさい」


 桂木の声。


 こんなことで謝るのは嫌だ。俺のせいじゃない。


「お前ら近づきすぎなんだよ。男だったら誰でもああなるっての」


「お前らって、俺もかよ。お前はなんでもアリだな」


「しょ、しょうがないだろ。二人ともキレイだし、いい匂いだし。それに、なんか暖かったし」


 逆ギレなのはわかってる。


「お前はホントになんでもアリだな」


 村木が笑いながら言う。


「そんなこといいから誤魔化そうとしたこと謝んなさいよ」


「だってそんなの女子の前で言えるかよ。キモがられるだろ。そういうの」


「私はあまり気にしないわよ。男子がそういうものだって知ってるし。それより隠そうとする根性が気に入らない」


「あーちゃんは大丈夫だよ。でなきゃ俺だってあんなこと言わない」


「だって俺そんなこと知らねえし」


 桂木はポケットからスマホを取り出していじり始めた。


「何だよ。人の話はちゃんと聞けっての」


 しばらくするとスマホから叫び声が聞こえてきた。


 さっきの俺の告白。


 自己鍛錬についての熱い報告。


「こうして聞くとタフさを自慢してるようにも聞こえるな」


「こんなこと言っておいていまさら誤魔化すなっての」


 もうこの言葉しか出てこなかった。


「わたくし嘘をついておりました。申し訳ございません」


 恥ずかしくて俯いている俺の頭の上から二人の爆笑が聞こえてきた。俺が顔を上げられないでいると村木が言った。


 やさしい声だ。


「悪かったな、キモいは、言い過ぎだった。今度からはケダモノぐらいにしておいてやる」


 言っていることは全然やさしくない。


「今度があると思ってんじゃねえよ」


 俺が顔をあげると村木はキレイな顔で微笑んでいた。


 とりあえず頭の中で村木の顔に昨日の彼女の体を合成してみる。


 よし。有りだ。


「やっぱり今度もよろしく頼むぜ」


 俺は右手を差し出した。


「よろしく頼んでんじゃねえよ」


 村木の顔から微笑が消えてしまい俺の右手は行き場を失くした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「よっし。飯にしようぜ」


 村木はそう言うと、バッグのところまで小走りに駆け寄ってビニールシートを取り出すと桜の木の下まで行って俺と桂木を呼ぶ。


「シート敷くの手伝えよ」


「用意いいな。お前」


 シートの端をつかんで引っ張る。


「女の子はお尻が冷えるの嫌がるんだよ。覚えておけ」


「俺、女じゃないんだけど」


「私が女なんですけど?」


 桂木もシートの端を引っ張りながら言う。


「あっ、ゴッメ―ン。桂木さん強すぎるから女だって忘れてたぁ」


 さっきのリベンジを試みた。


「写真撮るだけなのに変なこと考えた男って誰だっけ。ねえ、山川君。教えて。私は忘れちゃったから」


 桂木のカウンターパンチ一発。


 何も言えなくなってしまった。


 シートを敷き終えて三人で輪になって座ると村木が重箱をシートの上に並べ始めた。


 俺はたったそれだけの間にポケットに入れておいたコンビニおにぎりを食べきってしまっていた。


 それを知った村木が言ってくれた。


「好きなの喰っていいぜ」


 俺はプチトマト、桂木は唐揚げをつまんで噛り付いた。


 美味かった。


 俺たちはしばらく村木の弁当を黙々と頬張っていた。


 穏やかな風を感じた。


 なんとなく空を見上げる。


 青い空の中ピンク色した桜の花びらが降ってきた。手を伸ばしてみた。フワッと動いて手の届かないところまでふわふわと行ってしまった。


 地面に落ちてからも風に流されて他の花びらと混ざってしまってどれが掴み損ねた花びらかわからなくなっちまった……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なにボーっとしてんの? 無くなっても知らないよ」


「さっきのこと気にしてんのか? 悪かったよ。キモイとかいって。肉だって喰っていいんだぞ」


 気が付くと二人して両脇から俺の顔を覗き込んでいた。桂木は俺と目が合うと唐揚げの入ったタッパーを抱え込んだ。


「別に気にしてないよ。美味かった。ごちそうさま」


 俺はシートにゴロンと横になった。下から見上げると桂木の眼鏡がきらりと光った。口元もてらてら光っている。


 唐揚げの油だった。


「あーちゃん。これ使う?」


 村木がキャリーバックから何か取り出そうとする。


「まだ何か出てくんのか。お前のバッグは異世界と繋がってんのか?」


「お前のポケットこそ繋がってんじゃないのか。まさか、ポケットからおにぎりが出てくるとは思わなかった」


 そう言いながら村木は俺にウェットティッシュを渡す。ポケットティッシュを少し大きくしたような奴だ。一枚抜き取って残りを桂木に廻す。


「山川。お前さっきジャンケンに勝ってたら俺たちに何を持たせるつもりだった?」


「この水筒とおにぎり」


「お前は日本が生んだ放浪する天才画家か?」


「こんなイベントでメシ以外なにが必要なんだよ? 荷物なんて何もない方がいいに決まってるだろ?」


「友達もいないほうがいい?」


 桂木が静かに言った。


 思わず桂木を見る。


 桂木の眼鏡がギラっと光った。やっぱり唐揚げの油の拭き残しだ。


 こういうところがダメなんだよな。桂木は。


「何だよ? それ」


「別に。ただの心理テスト」


 桂木は大人ぶった言い方をする。


 カッコつける前に眼鏡を拭け。


「どういう事?」


 村木が身を乗り出す。


「荷物を持ちたがらない人は友達も持ちたがらない。自由でいたいから」

 

 桂木が得意げに怪しげな仮説を披露する。

 

「決めつけるなよな」


 俺が反論する。


「荷物を多く持ちたがる人は不自由でもたくさん人間関係を持ちたがるってこと?」


 村木が桂木に確かめる。


「フフッ」


 悪戯っぽく微笑む桂木。


 眼鏡の油がぎらっと光る。


「ホントは逆」


「「えっ」」


 俺と村木の声が揃った。


「あー君はさ。荷物が多くなっちゃうのは他人を頼れないからでしょ?」


 桂木の声は優しかった。


「大変だよね。跡取りは。期待に応えなきゃだし周りに弱みは見せられないし」


「まあね。でももう慣れたよ」


 そう言う村木の言葉が本音かカッコつけてるのか俺にはわからなかった。ただ村木の人生も楽なだけじゃないっていうことだけは伝わってきた。


「ところであんたはさあ」


 桂木が俺に向き直って言う。


「え? 何だよ」


「あんたさ、その荷物の少なさは何よ。どうせ困ったら誰かに助けてもらえばいいやってのが見え見え」


「いやそんな事ねえよ。俺が身軽にしてるのは誰かの荷物を持ってやるためだっての。さっきだってそうだろう?」


「じゃあジャンケンしてんじゃねえよ」


 村木にツッコまれた。


 その通り。


 桂木も村木の言葉に乗っかる。


「ホントになに言ってんのよ。あー君がわざわざキャリーバックまで使って家からつらい思いして持ってきたタオルで汗ふいて首にまで巻いて。ビニールシートにはご飯粒ぽろぽろこぼすしウェットティッシュは使いすぎるし変なこと考えながら写真に写るし…… あんたやりたい放題でしょ。ちょっとは遠慮しなさい!」


 そう言い切ると桂木は俺の首からタオルをはぎ取った。


「村木。悪かったな。あんまり気にしてなかった」


「別に気にすんなよ。ノーブレス・オブリージェって奴だ」


「なんだ? それ」


「まあ俺のように恵まれた奴はお前みたいな恵まれない奴に施しをしてやる義務があるっていう考え方だよ」


 さらりと上から目線で言い切りやがった。


 桂木はどう思ってるんだろう。


 こいつのこういうところ。


「桂木。お前はこういうのどうなの?」


 桂木はタオルで眼鏡を拭いていた。


 俺からはぎ取ったタオルで。


「桂木。お前もやりたい放題じゃね?」


「私はいいの。っていうか、そのノブレスなんとかもあー君がやりたくてやってんだから別にいいじゃない。遠慮なんかいらないわよ」


「お前さっき遠慮しろって……」


「別に言いたかったから言っただけだし。それでどうするかはあんたが決めることでしょ!」


 言い切られた。こうも言い切られると反って気持ちがよかった。


 桂木が続けて言う。


「一応言っておくけど帰りも荷物をちゃんと持っていきなさいよ」


「わかってるっての」


「あ。俺トイレ」


 村木だった。


「このタイミングかよ」


「うるせえな。俺の意志でどうにかなるもんじゃねえんだよ」


 村木はそそくさと茂みの方に入って行った。


 茂みの隙間からうっすらと村木の後姿が見える。


 村木は一気にズボンを下ろすと素早くしゃがんだ。


 シートの上にあったはずのウェッとティッシュがなくなっていた。


 茂みの隙間から村木のケツが見える。


「白いな」


「そうね」


 ふと横を向く。


 桂木と目があった。


「見てんじゃないわよ!」


「お前もな!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺と桂木は二人並んで下界を見降ろしていた。


「いやあ、間にあってよかったよ。すっきりした」


 晴れ晴れとした村木の声が聞こえてきた。


 顔が見られない。


「どうしたんだよ? 二人とも」


 何も知らない村木は一人呑気に聞いてくる。


 俺が体育座りしているのを見て察しろ。


「あーちゃん、顔色悪いよ。どうしたの?」


 言われてみれば桂木の顔は青ざめていた。


 気持ちはわかる。


 俺たちは人として、見てはいけないものを見ていた。


 しかも俺の分身が強烈な主張をおっぱじめやがった。


『ヒューストン、ヒューストン。こちらは準備完了。いつでも月に向かって飛び立てます!』


「どうしよう?」


 言うな桂木。


 俺達が見てしまったものは忘れろ。


「もう我慢できない」


 我慢しろ。


 お前は俺が体育座りしている理由について一切関知するな。


「おしっこ。おしっこしたくなっちゃった」


「勝手にしろ。誰も見ねえよ」


 桂木が恨めしそうに俺を見る。


「そうだよ。俺たち見てないからしてきちゃいなよ。あ、これ、使う?」


 村木がさわやかにウェットティッシュを指しだす。


「信じられない」


 まだ桂木は俺を見ている。


「じゃあこうすればいいよ」


 そう微笑む村木の顔は悪戯を思いついた子供みたいに無邪気に笑っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 タオルで目隠しをされていた。


 村木は俺を見張っている。


 なんで?


 桂木の声が離れたところから聞こえてくる。


「耳!」


「ああ。」


 村木が納得したように言う。


「音! 音、聞かれたくない!」


 ああ。俺も納得。


 こんな距離で聞こえるわけがないと思いつつ桂木にわかりやすいように両手で耳をふさごうとした。


 村木が言う。


「しばらく退屈だろ? これ聞いてろよ」


 俺の両耳にイヤホンがそっと差し込まれた。


「パンクが好きなんだけど」


「たまにはこういうのも聞けよ」


 しばらく待っていると歌声が聞こえだした。


 いかにも大人の女という感じの歌声だった。


 歌詞は英語だしジャズっぽいなということはわかったけど曲名は知らなかった。


 だけど女の人が月に連れて行ってもらいたがっているのだけは俺の英語力でもなんとなくわかった。


 なんだか切ない感じがした。


 月に行きたいなら自分で頑張れよ。


 月まで連れていくなんてそんな無茶なこともしないと男は女の人を幸せにできないのかよ?


 だったら俺には無理だ。


 そんなことを考えていると背中に突然の衝撃。


 少し遅れて桂木の声がイヤホン越しに聞こえた。


「どーん」


 俺はすでに倒れこんでいた。背中に圧力と体温。鼻にシャンプーの香り。


 クソッ。


 桂木なんてただの小娘だと思っていのに……


『桂木の体が密着してるからじゃない。地面に股間が擦れるからだ』


 自分にそう言い聞かせた。でも、気持ち良すぎた。俺に罪はない。白い弾丸を撒き散らす覚悟を決めた。


「あひゃひゃひゃ。やめろよ。苦しい」


 くすぐられていた。助かった。ヤバかった。気が付くと体が軽くなっていた。火照った背中を春の風が通り過ぎた。


 立ち上がって抗議する。


「な、何すんだよ!」


「前屈みになってんじゃねえよ! 目隠しされてあんな事されてんのに。お前はホントにドMだな」


「お前らがドSなの」


 桂木が割り込んでくる。


「ところでさ…… あんた、どっちが上に乗ったと思ってんのよ?」


「そりゃ、お前だろ」


「キモッ!」


「俺だよ。上に乗ってたの。いくら何でも女の子のあーちゃんがそんなことするわけないだろ」


「普通の女の子は人のこと突き飛ばさないけどな」


「どうでもいいけど、お前は俺をどう見てんだよ? さっきから」


「地面に擦れちゃったからだよ、とかいろいろあるでしょうが。嘘つくのは得意でしょ」


「どっちが乗ったかって聞いたのお前だろ。ってもしかしてあれもトラップか!」


 二人はニヤニヤしていた。


 思わず聞いた。


「なあ。俺、お前らになんかしたか?」


「私のパンツ見てたでしょうがっ!」


 桂木が叫んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 倉田山の頂上で土産物屋に立ち寄った。記念のキーホルダーやストラップなどが薄暗い店内で埃をかぶって並んでいた。


 特に興味をひかれるものがなかった俺は楽しげに土産物を物色している村木と桂木に声をかけて外に出た。


 なんとなくポケットに手を入れるとガサガサという感触。


 取り出してみるとコンビニのビニール袋。きっちりと口が結ばれていた。


「なんだこれ? こんなの入れたっけ」


 後ろから声をかけられた。村木だった


「自分でもわかんないものが出てくんのか。お前のポケットはホントに異世界と繋がってんのか?」


 桂木が続けて言う。


「ほら、森林破壊はよくないでしょ?」


「ああ。だからテイクアウトしてきた。俺のバッグは異世界と繋がっているからな。お前のポケットに転送されちゃったかな?」


「え? 何を? いつ?」


「さっき。お前のプレイ中に」


 ビニール袋を太陽に透かして見る。綺麗に折りたたんであるのとクチャクチャに丸まっているもの。


 ウェットティッシュだった。


 やっとわかった。


 思わず手を放す。


「こら! ゴミはちゃんと持って帰りなさい」


 通りがかった先生に注意された。慌てて袋を拾い上げようと屈み込むと後ろから二人の爆笑が聞こえてきた。


 二人ともいつのまにかクラスメイトたちに囲まれていた。俺は気が付かないフリして一人で歩き始めた。


 嫌な予感がした。


 思い出が勝手に脳内ビジョンで再現される予感。 


 二年も前のことなのに。


 再現されると死にたくなる。


 テンションが落ちて黙り込んで俯いちまう。 


 そんな姿まで笑われたくなかった。


 俺の脳内ビジョンに再現フィルムが映し出され始めた。


 実際にはほんの一瞬のことだとわかっている。


 でもこれが始まると本当にその場にいるみたいで周りが見えなくなってしまうんだ。


 3・2・1とカウンタダウンが映し出される。


 そしてあの記憶が脳内で再現される……

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