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プロローグは男と女のモノローグ

拙作「俺のステップアップがビミョーに斜め上の方向へ」の元となった物語です。

そのため重複箇所が多々ございます。

また上記作品よりも性的、暴力的表現は多少ではありますが重たくなっておりますので苦手な方はお避けください。

 男の独白


「ご注文を繰り返します。コーラをSサイズでお一つ。店内で召し上がりですね。ストローは挿してしまってよろしいですか?」

 

 俺は初々しい笑顔の女性店員ににっこりと微笑んでみせた。こちらの思惑通りにストローは紙コップのふたに挿された。声を出さなくても伝わる物は伝わる。もちろんここがファストフード店で、客と店員という立場だからこその話だ。             

 

駅の改札口がよく見える席の脚の長いスツールに座るとポケットからスマホを取出し音楽プレイヤーアプリを立ち上げる。アプリが立ち上がる間を利用して、イヤホンを装着し曲が流れてくるのを待った。

 

 スタンダードなジャズナンバーだ。愛していると伝えるために愛した相手に月に連れて行ってと願う歌。様々なアレンジバージョンがある。これからイヤホンから流れてくるのは男性歌手の多少アップテンポなバージョンのはずだ。

 

 曲が流れてきたことをきっかけに、コーラを口に含んだ。炭酸の刺激と甘みを味わう。


 口の中のコーラを生暖かく感じ始めると、ストローをもう一度咥え、口の中のコーラを少しづつ紙コップに戻していく。


 これから大事な任務がある。胃の中に何も入れる気にはなれない。だが喉は渇く。


 口の中に残るコーラの甘みを味わいながら思いだす。


 任務遂行前のささやかな儀式のことを組織と俺の間の連絡役である沙羅に話したときのことだ。


 「汚いわねぇ。余計なこと考えてないで、ただ使命を全うしなさいよ。13(サーティーン)」

 

 そう言って口の端を軽くあげて微笑えんだ。

 

 この頃の沙羅はそんな笑い方しかしない。無邪気な笑顔を最後に見たのはいつの日か。

 

 窓越しに駅の改札口に目を移す。そろそろ任務の時間だ。金の刺繍の入った黒のジャージに巨体を包み太い金のネックレスをした男の姿を捉えた。周囲の人々はその男を避けるように道を開けている。


 そんな男が今日の標的だ。

 

 どんな恨みを買って俺の標的になったかは知らない。この男に限らず、俺は自分の標的がどんな悪事を働いたか知らされることはなかった。

 

 ただ沙羅と繋がっていられる、俺がまともな職についても稼げない以上の報酬ももらえる。それだけで十分に危険を冒して戦う理由になった。もう他の安全な仕事をする気にはなれない。

 

 頭を切り替えて任務の段取りをイメージする。いつもそうやって不安を抑えつけた。

 

 店を出る時にガラス扉に映る自分の姿を見て軽く顎を引く。

 

 喋らなければバレない。

 

 自分に言い聞かせた。

 

 ガラス扉に映る俺の姿は紛れもなく女子高生そのものだった。

 

 美人、とまでは思わなかったが。

 

 店を出て奴の後を追う。歩きながらイヤホンを耳から外して上着の内ポケットにねじ込む。スカートのポケットの上からナックルガードに触れる。


 ナックルガードは指出しグローブのような形で両手に嵌めて使う。敵に奪われるリスクが低くポケットに入れて持ち歩け人目に付きにくいということで重宝していた。 


 体の強張りがほどけ、肩の力が抜けた。肺も必要なだけの空気を取り込めるようになった。いつものように奴を観察するゆとりを感じ始めたころには今日の勝利を確信していた。

 

 『そろそろだな』

 

 下見の時に決めたポイントに差し掛かる。

 

 周囲に人影はない。念のため自分の影に目を移す。夕暮れ時の西日を背負っている事を確認する。


 ナックルガードを両手に嵌めながら奴との距離を目測する。奴の足の動きと合わせてタイミングを計った。

 

 右足で地面を蹴り、左足に体重を移しながら、右の拳に体重を乗せ加速する。奴の背中、右側の腎臓を狙った。

 

 拳が奴の体に触れた。そのまま、体重を乗せて押し込む。右の拳を引き、次に備える。

 

 奴は体を捩じりながらそのまま前に倒れこむ。小刻みに足を運び距離を調整した。がら空きの奴の脇腹を踵で蹴りつける。


 反動でのけ反る奴ののど仏を踏みつけた。ゆっくりと体重をかけていく。途中で止めてしばらく待った。


 「テメー、何すんだっ」

 

 奴の罵声が響く。

 

 俺はポケットから油性のペンを取出し軽く振って見せた。

 

 「お前、まさか、13(サーティーン)かよ。ホントに女だったのか?」

 

 奴はしばらく目を見開いていたが我に返って叫んだ。


 「てめえ、誰に頼まれたんだよっ!」

 

 俺はただ微笑んで見せた


 「なめんな、このアマァ。てめぇもまわされてぇか」

 

 奴が起き上がろうと体を捩じる。やりやすいように足をどけてやると少し離れたところで起ち上がり俺の姿を一目見た。


 言った。


 「細いな。ねじ伏せてやるよ」

 

 両頬を膨らませながら何度か息を吐くと奴は地面を蹴り俺に向かって駆け出す。

 

 俺はサディスティックな奴の笑顔に向けて右ストレートを放った。一瞬白眼になった奴の顔。数歩ふらつき崩れ落ちた巨体。いわゆるヤバい倒れ方。


 拳には油性ペンを握りこんでいた。

 

 色仕掛けを使わずに済んだことに一息ついた。

 

 やりすぎたかもしれない。


 束の間考えたが、奴の顔に油性ペンで数字の13を書きデジカメで撮影した。万が一を考え身元を特定されかねないスマホの類は任務の時は持たないことにしていた。


 そのまま振り返ることなく通りを抜け大通りからバスに乗り沙羅の待つカフェに向かった。

 

 バスの車内には中学生の男女のグループがいた。男子も女子も競うように大きな声を出してはしゃいでいた。

 

 視線を感じた。見てみると男子中学生がまっすぐにこちらを見ている。俺は視線を外して、軽く左胸に手をあてる。わずかだがふくらみを感じる。左胸の鼓動は平静を取り戻していた。

 

 沙羅に紹介された医者に打たれた注射のせいだ。中身はわからない。いずれ大物に色仕掛けで近づいて狩らなければならない。


 そのためにはある程度は体を女らしく見えるようにしておかなくてはならないという話だった。

 

 この腐った世界を変えるために。

 

 沙羅の無邪気な笑顔をもう一度見るために。

 

 夢も希望もないただの空っぽだった俺がやっと手に入れた生きる理由。

 

 そのための肉体改造だ。


 迷った末に俺は結局受け入れた。

 

 はしゃぐ男子中学生はちらちらとこちらを見続けていた。俺は窓の外に視線をやり、相手にしないことを言外に伝えた。


 「俺、あんなお姉さんのペットになりてぇ」

 

 中学生たちの炸裂する笑い声を無視して俺は思った。

 

 沙羅はこんな俺のことをどう思っているのだろう。

  

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 女の独白

 

 私は手元の紙コップに視線を落とした。舌を噛んでしまいそうなやたらと長い名前の飲み物はもう残っていない。


 小洒落たカフェに腰を落ち着けてから小一時間。持ち込んだ雑誌も読み終えてしまい自然と周囲の他の客に視線が移る。

 

 一組のカップルが目を引いた。


 絵に描いたような美少年と美少女。


 まだ高校生くらいだろうが綺麗で落ち着いたファッション。少女漫画にでも出てきそうだ。


 だが二人の雰囲気はあまり明るいものではなかった。


 痴話喧嘩だろうか。


 自分でも下世話だとは思いつつも漏れ聞こえる声に耳をそばだてた。


 ポツリ、ポツリと聞こえる会話の中に聞き逃せない単語があった。


 「ねえ。ライオン男の噂は知ってる?」

 

 「噂だけはな。依頼があるのか?」

 

 ライオン男。夜の公園で少年たちがたむろしていると現れる白いマスクの男。


 現れたと思ったらいきなりバットで殴りかかってくるという異常な男。

 

 実際に襲われたという少年は語った。


 噂通り白いマスクをして手には白い手袋。そして噂通りにライオンライオンと繰り返し呟いていたという。


 私は少し考えて二人に声をかけることにした。


「ねえ、君たち。ライオン男について何か知ってるの?」


 予想通り二人とも怪訝な顔で私を見る。


「ごめんね。お邪魔しちゃって。お姉さん別に怪しい者じゃないのよ」


 微笑みながらそう言うと、ハンドバックから名刺入れを取り出す。


 名刺は相手によって使い分けていた。今回はティーン向け雑誌のライターのものにした。


 経験上、十代の少年たちはメディアに載るかもしれないと言ってやると聞いてもいないことまで自分から話してくれる。


 男の子はしばらく名刺を見つめるとただ黙って名刺を突返してきた。取りつく島もないとはこのことだ。だがこんな反応には慣れている。私だってここで引き下がるつもりは無い。


 「ほら。噂になってるでしょ。ライオン男。少し話を聞かせてくれないかしら? もちろんそれなりにお礼はするわよ」

 

 男の子は少し目を細めて首を横に振った。


「あなたはどうかしら?」


 女の子にも尋ねてみたが、こちらのほうもガードが固い。目も合わせてくれずにただブンブンと首を横に振るだけだった。 


「ごめんなさいね。お邪魔しちゃって。でも、これだけは言わせて。私が調べたところライオン男はすごく危険だから関わっちゃだめよ」

 

 そう言い残してその場を退散した。


 これからが本番だ。


 私は二人を尾行することに決めた。


 彼らの態度が私に確信させた。彼ら自身でなかったとしても彼らは非常に13(サーティーン)に近いところにいる。


 こう言っていたのだ。


『ライオン男の噂ってもう聞いた?』


『噂だけはな。依頼があるのか?』

 

『ライオン男』という単語と『依頼』という単語。


 組み合わせて聞いてみると私の頭には一つの単語しか浮かばなかった。


『13(サーティーン)』だ。


 13(サーティーン)という人物について今のところわかっているのは3点。


 倒した相手の額に13と数字を書き込みその写真を撮影すること。被害者に恨みを持つ者から依頼を受けて被害者を襲うということ。


 そして信じられないことに13(サーティーン)は女であるということだ。


 私の本命は13(サーティーン)だった。


 13(サーティーン)は復讐を請け負うようだが当然彼女に報復しようという者も現れる。


 そして我が社に依頼が来た。


 クライアントがどんな報復をするつもりなのかは知らされてはいない。


 私が知る必要もない。


 ただ彼女を探し出す。


 それが私の仕事なのだから。

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