episode6 身分無き道化
王国に入るには、周りが外壁に囲まれているので入り口である門から入る必要がある。そこで、兵士に身分証を見せてから持ち物を検査されることになっており、無事に終わると晴れて王国の中へと入る事が出来るという流れになっている。
その入り口になる門には、二人の兵士が立っており、その前で馬車が止まりスカーレットが兵士と話しているのが聞こえる。
「エミリア様の従者、スカーレットだ。帝国より帰国した」
「これはスカーレット様!お疲れさまであります。念のため馬車の中を確認してもよろしいですか?」
「うむ、姫様が乗っておられるので丁重にな」
「はっ!それでは確認させていただきます」
スカーレット嬢は、1人の兵士にここへ戻るまでの間に何が起こったのかを知らせていて、それを聞いた兵士が急いで走っていった。
もう一人の兵士が馬車に近づき「失礼します!」と扉の前で叫び、扉を開ける。
エミリア嬢を見て頭を下げた後、私を見て兵士が固まり、ゆっくりとエミリア嬢に視線を戻す。
それもそうだろう。馬車を開けたら自国の姫様と一緒に仮面を付けた人物がいるのだから、そうなるのも頷ける。
私が逆の立場でも同じことをするだろう。
「エミリア様、こちらはどなたでしょうか?」
「この殿方は、クラウン様です。王国へと戻る道中、盗賊の襲撃に合った所をお救いくださった命の恩人です」
「そうでしたか。では、身分証の提示をお願い致します」
兵士が、こちらを見ながら両手を差し出している。
身分証を見せろとの事なのだろうが、そんなもの持っているはずがないので出せる訳がない。
「失礼。身分証を無くしてしまったようで、今は持ち合わせていないのです」
「そうなりますと、規則上王国へ入れることは出来ません」
「身分なら私が証明致します!クラウン様は私のお客様として、この私が証明致します」
「し、しかしですね、規則ですので身分証が無い者を王国へと入れることは」
「私が証明しているのですよ!警備長には私から伝えますので問題ございません」
「そ、それでもですね」
身分証が無く王国へ入れることは出来ないと言う兵士と、私が証明しているのだから問題はないと主張するエミリア嬢。
何故、ここでそれほど強く主張するのかはわからないが、おそらく私が盗賊から守ったことで恩を感じているからだろう。
「エミリア様、私はここで降りますのでエミリア様達は行ってください」
「それではクラウン様が」
「どんな事情であれ規則を守ることは大切な事です。私がここで通ってしまっては他の方も納得しないでしょう」
「それは、そうだと思いますが」
説得しようとするも、なかなか納得しないエミリア。
仮に身分証も無くこのまま王国へと入ってしまえば、それを知った人達も同じような事をする可能性も出てくる。
身分証が無い者というのは、あまりいないと思われるが可能性がある限りやらないほうがいいだろう。
しかし、このままでは埒が開かないので、兵士にとある疑問を聞いてみる。
「この王国で身分証を作ってもらう事はできますか?」
「一番早いのが、冒険者ギルドと言う所で冒険者登録をした際にギルドカードが渡されます。それが身分証の代わりとなりその後、私に見せて頂ければ入国を許可できます」
「わかりました」
身分証を作ることができるので、冒険者ギルドで登録してギルドカードと言われる物を貰う。
その後、兵士に見せれば問題なく入国できる事がわかったので問題はないだろう。
「身分証を作る為に、私は冒険者ギルドへ行くので、エミリア様達とはここでお別れです」
「はい……かしこまりました」
ここで別れると聞いたエミリアは、悲しそうな表情をしている。
何故、そんな表情をするのかはわからないが、見ていて楽しいモノではない。
「私は、この王国にいるので今生の別れではないですよ」
「確かにその通りですね!まだ助けて頂いたお礼もしていないのですから、その前にここからいなくなってはダメですからね!」
「えぇ約束します。お礼をして頂くまでここにいます」
「絶対ですからね!準備が出来ましたら、クラウン様へ使者を出します。その際にお城までお越しください」
「はい。必ずや、訪ねさせて頂きます」
そう言ってから馬車を降り、エミリアに頭を下げる。
エミリア嬢は、悲しそうな表情から一変。輝かしいほどの笑顔で手を振っている。
しかし、何か思い出したかのように手を止める。
「あの、貸していただいたローブですが……今お返ししたほうがよろいですか?」
「私に返したら、また見られてしまいますよ?」
「あ、あの、そ、それは……そうなのですが、クラウン様になら……」
エミリア嬢は、胸を見られた事を思い出したかのように、顔を真っ赤にしながらぶつぶつと小声で何かを言っているが、よく聞き取れない。
さすがに馬車の中とは言え、前を晒しながらというのは良くない事だろう。
何かの拍子で誰かに見られてしまう可能性もある。
「そのローブは、次にお会いした時に返して頂ければ結構です」
「は、はい!その時まで貸して頂きます」
顔を赤くさせながらも満面の笑みで頷くエミリア嬢。
丁度、兵士と話していたスカーレット嬢が戻って来て、馬車の扉を閉めてから私に一礼して馬を引きながら王国の中に入っていく。
「では、冒険者ギルドの場所を教えて貰えますか?」
「冒険者ギルドまでは私が同行致しまので、ご安心ください」
「えぇわかりました。お願いします」
兵士が前を歩き、その後ろを歩いていく。
門の中は、中世のとある国のような綺麗な街並みが続いており、出店などもあり人で賑わっている。
行き交う人達は、様々な種族の人がいる。普通の人族、頭の上に猫の耳、犬の耳などがついていて尻尾も生えている獣人族と言われる者、種族の特徴である長い耳に整った顔立ちのエルフと言われる者など様々な種族が城下町を行き交っている。
それでも、行き交う人達は皆、立ち止まりこちらを見ている。
それもそのはず、兵士に付いているのが仮面を付けた変な服装の男なのだから、注目するのも当然か。
「ここが冒険者ギルドになります」
兵士に連れられている仮面を着けた男など、誰から見ても怪しいと思いますよね。
と考えていると、兵士が1つの建物の前で止まり、それに倣うように足を止める。
兵士が、指を指している方向を見ると『冒険者ギルド』と書かれた看板が掛けてある大きな建物があり、こんな看板を見れば誰でも冒険者ギルドなのだと思う。
「中で登録をしてギルドカードを貰ってください。私は、こちらで待っておりますので、発行が終わり次第見せて頂ければ終わりになります」
「わかりました。案内ありがとうございます」
「仕事ですので」
兵士は一礼して建物の横に立つ。それを横目に冒険者ギルドを見る。
「さて、身分証を貰いましょうか。何も起きなければいいんですけどね」
何か面倒な事が起きそうな予感がしなくもないが、身分証を作るためには行かなくては行けないので、しかたなく冒険者ギルドの中に入る。