episode4 名も無き道化
「ッヒ!アッ……アァ」
「どどど、どうか!ひ、姫様だけは!」
目の前には全身が震え、声にならない声が出している銀髪の女性と、銀髪の女性を必死で守ろうと声を上擦らせながらも前に出る赤髪の女性。
今まで起きたことをずっと目にしていたのだから、こういう反応はされるのも何となく予想はしていたけど実際にやられると反応に困る。
「安心してください。というのはちょっと難しいかもしれませんが、私は貴女方に危害を加えるつもりはありませんよ」
「……え?えっとそれは」
「それを信用しろというのですか?」
「はい。偶然、貴女方が襲われているのを目にしたので、助けに来ただけですので」
銀髪の女性はこちらが言っている言葉の意味を理解できていないというような顔をしており、赤髪の女性は信用してはくれていないようで警戒しているのがわかる。
すぐに信用してくれというほうが無理な話か。
さすがに縛られた状態のままにするわけにもいかないので、二人の手足を拘束しているロープを切ろうと近づいたのだが
「動かないでくださいね。上手く切れないかもしれないので」
「え?い、いやです!!」
「だ、騙したのですか!?」
「ロープを切るだけですから」
「そ、そうだったのですね!も、申し訳ございません!つい恐ろしく」
「姫様!それは……」
「あっ!いえ恐ろしいと言うのはち、違うんです!」
「わかりましたから。動かないでください」
近づくと悲鳴を上げられたり、何か言って慌てて訂正しようとして動いてしまったりと言うことがありながらも、何とか二人の手足を拘束していたロープを切ることができた。
改めて見ると、銀髪の女性の服が破られており前がはだけてしまっている状態だったことを忘れていた。とっさに目を瞑る。
何か羽織らせるものがないかと考え、自分の着ている服を見る。
着ているものは、死ぬ直前まで着ていた上下同じで赤と黒を基調とした袖部だけが白という服装で、サーカスでいつも着ていた馴染みのある服装に真っ黒いローブを羽織っているだけ。
羽織っている黒いローブが何故あるのかはわからないが、今は感謝する。
「これをどうぞ」
「私にですか?ローブ?」
「そのままだと目のやり場に困りますので、使ってください」
「え?……」
言葉の意味を理解してくれたようで、銀髪の女性は自分の体を見る。
今の状態に気付いたようで顔がみるみる羞恥の色に染まっていく。急ぎ後ろを向き渡したローブを羽織り、深呼吸を三回程繰り返しこちらを見る。
「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません!」
「いえいえ。お気になさらずに」
「そ、そんなことより!!まだお礼を言っておりませんでした。私はエミリア・レイムフォードと申します。私達を助けていただき誠にありがとうございます。」
「私は姫様の従者スカーレットです。姫様を救って頂き感謝致します」
エミリアと言う女性は、年は18ぐらいで身長はあまり高くはない。腰まであるかと思われる銀髪に、宝石ような翡翠の瞳。まだ幼さが残っている顔立ちをしている。
スカーレットと言う女性は、エミリアと同じぐらいの年に見える。
深紅に染まっている赤髪。髪型は後ろで結びポニーテイルと言われる物にしており、瞳は赤く、吊り目で顔立ちは凛々しく従者と言うより騎士と言われた方がしっくり来る感じの女性。
「これは御丁寧に。エミリア様にスカーレット様ですか」
「はい。よろしければ命の恩人であるあなた様のお名前ををお聞きしてもよろしいでしょか?」
「私の名前……ですか」
エミリアからの一言が胸に突き刺さる。
ただ名前を聞かれているだけなのに、その言葉になんて返せばよいのか分からない。
何故なら、名前など無いから。
元の世界では、サーカスの団体に入る際に名前と言うものは無くなり名無しになる。
その理由は、サーカスでは危険な事をすることも少なくは無い。 むしろ安全な事のほうが少なかったので命を落とすことも多い。
一つのミスが命を落とす。そんな死と隣り合わせの毎日が続いて行く中で、名前というのは一番最初に人と知り合う中で重要なモノで、名前で呼び合ってしまえば親しみを持ちやすく情も沸きやすくなってしまう。
親しい者が命を落とした時に周りが悲しみに明け暮れてしまっては、仕事に支障を来たしミスをして命を落としかねないというこから番号で呼ばれていた。
だからこそ、元の自分の名前と言うものもすっかり忘れてしまっている。
今ここで番号を言ったところで、306番って言っても何を言ってるのだと思われる。
今まで名前などなくても不都合など無かったからこそ、必要だとも思わなかった。
何と答えれば良いかわからない。いくら思い出そうとしても無くした物を思い出すことが出来ない。
ふと持っている大鎌をみつめる。
この大鎌の名前がクラウン・ジョーカー《道化の切り札》。
ぴったりの名前があるじゃないか。思い出せないならつければいい新しく生きていくのだから、自分で名前を付けてしまえばいいだけか
クラウン。これが新しい名前。
前と同じでクラウン《道化》としてこの世界を生きていく事にしよう。だから
「クラウンと申します」
「クラウン様ですね。繰り返しになりますが、クラウン様。私達をお救い頂き感謝致します」
「私が好きでやったことですから、お気になさらず」
「ふふっ優しいのですね。あの、一つだけ質問してもよろしいでしょか?」
「質問ですか?私に答えられる事であれば」
「はい!クラウン様。仮面を付けているという事は、法国の方なのでしょうか?」
法国?この世界の法国というのがどんな国なのかわからない。
仮面をしているからこそエミリアは、こちらが法国の人間だと思ったのだろう。
最初は黒ローブに仮面と大鎌という死神のような姿だったが、ローブを外した姿というのは只の仮面を着けた男なので、何かの宗教なのかと思われても不思議ではないか。
「私は法国の人間ではありません」
「そうなのですか?では、その仮面は何なのでしょうか?」
「これは……付けていると落ち着くんですよ」
「そうでしたか。何かあったのです……」
「あまり人の事を詮索するのはよくないですよ?」
「そ、そのあまり見たことの無い物だったので、き、気になってしまいまして。失礼致しました!」
何故仮面をつけているのかと言われた時どうしようかと思った。
着けてると落ち着くんです。言って変に思われないか心配だったが問題ないようだ。
一応納得してくれたがこれ以上詮索されても話せることなどないので断らせてもらった。
エミリアは恥ずかしそうにしながらも、興味あることを聞けなかった事で少し残念そうにしてるのが見てとれるのは、罪悪感からなのだろうか。
「でしたら、姫様の事を聞かせてくれるのならばお話しますよ」
「本当ですか!?是非!お願い致します!」
「姫様ー!馬を見つけて参りました!」
エミリアの目が、眩しく思えるほどに輝いている。その表情には年相応の幼さを感じられる程の無邪気な笑顔に少しみとれてしまった。
その姿を微笑ましく感じていると、一緒にいた女性。スカーレットの声が聞こえた。
声が聞こえた方向を見ると、少し離れた所から馬に乗って走ってくるスカーレットを見つけた。
エミリアと会話している間にスカーレットは、襲撃の時に逃げた馬を見つけて連れ戻して来たのだが、姫様を置いて勝手にいなくなる辺り従者としてどうなのかと少し不安を覚える。
「姫様何もされていませんか?」
「スカーレット!クラウン様は命の恩人なのですよ、その言葉は失礼に当たりますよ!」
「うっ...失礼しました。無礼をお許しください」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。それでは姫様、馬を連れてきたので王国へと帰りましょう」
「そうね。その前に私達の為に戦ってくれた方々に黙祷を捧げて帰国しましょう。せめて彼らの戦った証である剣を持っていきます」
騎士たちの体は既に原型など留めていることが無い。剣や槍でめった刺しにされていたり、頭と体が離れていたりという状況だからこそ、せめて証である剣だけでも王国へと連れていくというのだ。
エミリアとスカーレットは、護衛の騎士達に長い黙祷をしてから剣を回収してから馬車に乗り始める。
色々と知りたいこともあるので王国に用があり同行させて欲しいとお願いしたが、エミリアは快く了承してくれたが、スカーレットが少し嫌な顔をしたのを見たエミリアに叱られたのは言うまでもない。