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episode0 プロローグ

初投稿になります。

暖かい目で見ていただけると幸いです。


 落ちていく。


 自分がさっきまで立っていた場所から遠ざかっている。

 サーカスの演目の一つである綱渡りをしている最中だったはずが、半分まで渡りきった所で綱が切られたのだ。


 これは、決められていたこと。

 落とされることも、何故落とされるのかも、誰に仕組まれているのかさえ知っている……自分が選ばなければならない選択だったから。


 知っているからと言って恐怖がないわけじゃない、今まで感じたことのない落ちていく感覚、地面が近づいていくにつれ、死が迫ってくるのだから怖くないわけがない。

 それでも、自分と周りの時間が切り離されたかのようにゆっくりと落ちていく感覚がする。

 今までの人生での経験がフラッシュバックしていく、これが走馬灯と言われる物だろう。

 どれもこれも碌なものではないはずなのに、最後にあの人の笑顔を見た時こんな状況なのに、自然と笑みが出る。

 走馬燈が流れ終わったと同時に観客席に目を向ける。

 最後にあの人に会うために。

 

 あなたは、本当に優しい方だ。

 こんな自分の為に、涙を流してくれるなんて。


 会いたい人は見つかった。

 その人は、観客席の最前列で涙を流し、何かを叫びながら走ってくるのが分かる。


 今までの人生で、自分を嘲笑したり、罵声を浴びせたりする人は数多くいたが自分の為に涙を流してくれる人など、一人たりともいなかった。

 視線の先には、人を掻き分け、止めようとするスタッフ達を振り切り、走って来てくれる人がいる。


 彼女は知っていた。

 何故こんな事になってしまっているのか。

 彼女は、何も悪くはない。

 彼女がこの事を負い目に感じる必要など無いのだと教えてあげたい。

 しかし、それは叶わない。


 自分は、彼女の目の前に落ちたのだ。


 体を襲う激痛。

 奇跡なのかはわからないが、即死だけは免れる事が出来たようだ。

 それでも意識は混濁し、気を抜けばすぐにでも意識が途絶えてしまいそうになる。

 少しでも体を動かそうとすると、その行動を拒否するかのように激痛が全身を襲いくる。


 「どうして……ごめんなさい、ごめんなさい」


 彼女は、泣きながらも謝罪の言葉を繰り返す。

 そんな彼女に、自分はなにも言ってあげることが出来ない。

 言葉を発しようとしても言葉が出てこない。 


 彼女は悪くない。

 そう伝えたいのに、言葉が出ない。

 それでも、今伝えなくては彼女が泣いたままなのだと思うと死んでも死にきれない。

 体を襲う激痛に耐え、喉に詰まる血吐きだし、彼女を見つめる。

 たった一言だけ伝える為に。


「……わらっ……て………くだ……さい」


 必死に紡ぐ台詞、苦し紛れの笑顔を作り、ゆっくりと彼女に手を伸ばす。

 腕を震わせながらも、彼女の潤んだ瞳から溢れる涙を拭う。

 この状況で笑ってと言うのは無理があるというのは理解しているが、最後を迎えるというのに彼女の泣き顔を見ながら死んでしまうというのが嫌だ。

 エゴで我儘な最後の願い。

 一番大好きな彼女の笑顔を見ながら死にたいと思った。

 それしか伝えられなかった。

 彼女に、伝わったのかは解らない。

 それでも彼女は、涙を流しながら無理矢理に笑顔を作り、優しく抱き締めてくれた。


 もし次の人生があるのなら、大切な人を苦しめるモノから守ってあげられるような、楯のような存在になりたい。


 最後に目を向けるのは、これを指示した貴族の男。

 綱渡りの開始地点で、こちらに醜悪の笑みを浮かべていた男こそが全てを仕組んだ元凶。

 あの男が、彼女を泣かせている原因の悪者。

 彼女を人質に自分をこの舞台に立たせた張本人。


 あの男が、この町の町長の娘である彼女と婚約していることを知っていた。

 振り向かせるために自分の悪趣味を押し付け、彼女が望んでいないことでさえも金と権力を使い実行してきた。 

 彼女に拒否権などなく、親に無理やり決められた婚約だと言っていた。

 そんな彼女と親しくしているのが気にくわないと言う理由で、あの男が団長を脅し、金を積みこのような結末になるように全てを仕向けていると団員から聞いた。

 さらに男は、逃げないようにと彼女でさえも人質にして、この舞台に立たせた。

 自分の目的のために婚約者でさえも平気で駒として使う、正直狂ってるとしか言いようがなかった。

 

 あの男が近くにいる時は、彼女は決して笑うことは無かった。

 この町の人々も、あの男と私腹を肥やす事しか考えぬ貴族達のせいで苦しめられている。

 それが許されるのは金という力と権力があるから、力が無い者は使われ、搾取され捨てられる。

 自分は、ただの雇われピエロでしかない。

 金、権力、それに抗うことのできる力も無い。

 今もただ、金と権力により命が消えていく。

 

 意識が途切れそうになる中、あの男に向かって笑って見せる。


 もし次の人生があるなら、お前達のような悪者を殺し、魂すらも刈り取り永遠の苦を与えたい。


 そんな思いを最後に自分の命の灯火が消えていくのを感じた。


ご覧頂きありがとうございます。

誤字、脱字等ございましたら教えて頂けると嬉しく思います。


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