鋸
夜になり満月が妖しく屋上の志摩丹の社旗を照らし出す。
そのたもとに美雨は立っていた。
彼女の腕には旧ナチスドイツで使用されていた汎用軽機関銃「MG34」があった。
最高で毎分900発というとんでもない射撃能力を有するこの機関銃。
かつて連合軍の間では「ヒットラーの電気ノコギリ」とアダ名され恐れられていた。
細長い銃身をむき出しにしたような独特なフォルム。
バレルガード開けられた無機質なクーリングホール。
魚の様な有機的なシルエットのストック
暴力的なまでに機能美溢れるそのデザイン。
それは今、美雨の手により人々の怨みを宿し甦りドス黒い威光を放っていた。
彼女はそれを今一度眺めると月明かりに照らされ青白く光る銃身を細い指で愛おしそうに撫で回した。
美雨の口元が淫靡に歪む。
「ふふふ。解る、解るぞ、お前は人を殺める為に生まれて来たんだ。木で出来た的や、何も無い野っ原に向けて撃った所でおまえに何も感動はない。人を撃ち、断末魔の悲鳴をあげる人間を見て初めて生まれて来た喜びを味わうんだ。今夜はそれができるんだ。嬉しいだろう?」
彼女はそう言うとボルトを引いて弾丸を薬室に装填した。
「ガシャン」という音が闇夜に響き渡る。その瞬間に美雨は「あぁ」と甘く淫猥な吐息を吐く。
肩からスリングを延ばし、バイポットを握り締め彼女は射撃姿勢をとり屋上の縁へとゆっくりと足を進めた。
見下ろす様な感じで家電量販店に成り果てた六越新宿店の屋上が見える。
そこにまだヤツは現れていないが美雨は構わず一連射を加えた。
銃口から万華鏡の様な模様の眩い発砲炎がほとばしる。
あまりにも早い連射速度の為射撃音が「ダダダ」では無く「ビーッ」と言う連続音に近い音だ。
闇夜に浮かび上がる射線がまるでレーザービームの様に連なり六越新宿店の屋上をヘビの舌の様に舐め回していく。
次々と破壊される屋上の設備。張り巡らされたパイプは避け、転落防止のフェンスは主柱を撃ち抜かれ折れ曲がり、設置されているベンチや灰皿などは見るも無惨な姿で吹っ飛んで転がっていた。
それでもなお美雨は銃撃を止めなかった。まだヤツは現れていない。ヤツが現れるまでこの挑発行為は続けるのだ。
銃身が赤く焼け爛れてくる。
「ガチン!」
と言う音と共に強制的に発射音が途切れる。
美雨はその音を聞くとドラムマガジンを素早く交換した。
その間はあからさまな隙が出来るのだがそれでもヤツは現れない。
しかし美雨は射撃の手を緩めない。
着弾と共に巻き上がるコンクリートの粉塵で六越新宿店の屋上が包まれるまでその乱射とも言える制圧射撃は続いた。
これ以上の射撃は意味をなさ無いと思った美雨は射撃を中断した。
そして焔触を起こし射撃精度の落ちた銃身を交換する為片膝をつきMG34を機関部と銃身を捻じり分離させた。
傾けるとスルスルっと中にあるバレルが抜け落ち「カキーン」と無機質な金属音が闇夜に響く。
銃身の交換を終えマグチェンジを済ませた美雨は再び立ち上がり六越の屋上を見た。
粉塵でできた霧は晴れ、無惨な姿を晒している屋上がそこにあるだけだった。
ヤツ。華の姿はまだ無い。