三人
夜。
闇がこの世を支配する漆黒の時間。
東口の悪魔は新宿通りを志摩丹へ向かい歩いていた。
青白い月明かりが通りを照らす。サチが新宿に居着いた頃から変わらない明るさ。その光は新宿東口に別の顏を与える。
道路に敷き詰められたアスファルトは不規則に月光を弾き宝石のような輝きを放つ。
林立するビルも雑音の様なネオンサインを消し去ると荘厳な雰囲気を醸し出す。
それはまるで古代遺跡のように神々しい。
サチはブーツの踵を響かせながらそこを歩いていく。
程なくすると家電量販店に成り果てた六越新宿転が現れる。建物に面した歩道に華が佇んでいた。
華はサチの足音に気付くと無言で彼女の後について行く。
その表情は何か悟ったような感じで覚悟めいたものを含んでいた。
そして斜向かいにある志摩丹にも一人の女性が佇んでいた。
サチと華はその女性の前で行き足を止めると彼女の方を向いた。
「悪いな…」
佇んでいた女性は美雨で、彼女は短くそう言い放つとサチと華のいる方に向かって来た。
「いいの?」
サチは美雨の顏を覗き込むと何か確認する様に聞いた。
「あぁ」
彼女は空を見上げながらそう返事をする。その瞳は「凛」としており何か腹の座った感じだった。
三人は揃って通りを歩いて行った。
すると一人の男性が行く手を阻むように立っていた。
真ん中から分けられた清涼感ある髪型が夜風に吹かれなびいている。
彼は夜風で乱れた髪を手ぐしで直すと、向かって来る三人の女性を見て微笑を浮かべながら呟いた。
「こう見えても忙しい身なのでね。早く始めようか?」
その言葉を聞いた美雨は
「そうですね」
そう短く答えたがその瞳には怒りのようなものがこもっていた。
「店長さん。この間は油断したけどそうはいかなよ」
サチはそう坂本店長に言い放つと
瞳を赤く怪しく輝かせ始めた。
すると背中には悪魔の羽が生え、手には剥き身の日本刀が握られていた。
「100幾世に及ぶ怨み、今宵晴らさせて頂きます」
華もいつもの落ち着いた口調だが幾分語気を荒げた感じで言葉を放つと、両手で中を仰いだ。
するとM60軽機関銃が空から舞い降りて来た。
彼女はそれを構えるとスライドを引いた。
「随分、荒っぽい歓迎だな」
坂本は三人の様子をゆっくり眺めた。
華は自分から坂本の視線が離れたのを感じると迷わずM60の引き金を引いた。
オレンジ色の火線が坂本に吸い込まれていく。アスファルトの地面から彼を包み込むように粉塵が舞い上がる。
「え?」
余りにも呆気なく命中弾を送り込んだ華は一瞬、疑心暗鬼に駆られた。
しかしそれは一瞬で砕かれた。
粉塵の向こう側から何か動く気配を感じたと思ったら、それは既に自分の目の前にいた。
「な!?」
「不意をついたつもりかな?」
坂本はニヤリと笑うと華の頭を鷲掴み力任せに思い切り地面に叩きつけた。
自分の頭に鈍い衝撃が走ったと思うと華はそのまま気を失ってしまった。
一瞬で彼女はアスファルトに沈んだ。
地面に力なく横たわる華を見たサチは、怒りに狂い感情を剥き出しにしたように坂本に襲い掛かった。
「ああああ!!」
サチは叫びながら坂本に日本刀の切っ先を向ける。
坂本はそれをまるで闘牛士の様にヒラリとかわすと、サチのその動きをせせら笑った。
彼女は坂本の笑いを見ると怒りの度合いを益々高めていった。
「あ〝あ〝あ〝あ〝!」
もはや叫び声とは言うのもはばかるような声をあげながらサチは坂本を切りつけようと刀を振り回した。
しかし彼女の悪魔の様な形相とは正反対に坂本の顏は涼し気だった。
その落ち着きはらった態度にサチの怒りのボルテージは更に上がっていく。
太刀筋など滅茶苦茶だ。ひたすら坂本めがけて怒りに満ちた刃を振り回している。
当たり前のようだがサチの姿は人間とは言い難いものになっていた。
耳はとんがり、目は赤く瞳孔は猫の様に細長く、耳まで裂けた口からは涎を垂らしながら奇声を発していた。
その姿を見て坂本は
「老舗も落ちたものだな」
と呟くとサチのその出鱈目な太刀筋を読み切って彼女が握る刀の柄を拳ごと掴み取った。
余りにも簡単に太刀筋を取られたサチは素直に動きを止めてしまった。
坂本はここぞとばかりに彼女の手を引き、その手にある日本刀を奪い取った。「あ…」サチは思わず気の抜けた声をあげた。
その刹那、自分の首筋に重たい痛みが走った。次に足の力ががまるで自分の意思に反するように抜けていく。
続いて眼前にアスファルトの地面が迫ったと思うとそのまま力無く顏を埋めてしまった。
「悪魔の怨みも所詮こんなものか…」
坂本は吐き捨てるように言うと美雨の方を見た。
何を言うわけでもなく美雨は佇んでいた。
そして自分の前に倒れているサチと華を見るとゆっくりと視線を坂本に向けた。
彼女と目を合わせた坂本は僅かながらに動揺してしまった。
美雨の目は怒りどころかその瞳には悲しみの様なものが垣間見れた。
「坂本店長…」
美雨は静かに呟いた。月明かりに照らされた彼女の唇は水々しく、艶やかな輝きを放っていた。
坂本は一瞬その唇に心を奪われそうになったが、踏みとどまった。
「な、なんだ」
そんな自分の心情を悟られないように、あえてぶっきら棒に返事を返す。
「やっぱり、もう忘れてしまわれたのですね」
美雨は突然、坂本の過去を知っているような素振りを見せた。
「悪いが、幽霊に知り合いはいなくてね」
坂本はそう言い放つと美雨から顏を背けた。
二人の間を夜風がすり抜けていく。
美雨は髪が乱れぬよう手で抑えながら
「貴方が入店したての頃でした。私はその時、向かいのテナントに居ました」
そう静かに話し始めた。
明らかにいつもの美雨とは違う態度。サチと華の前では決して見せなかった「女」の部分。
瞳を潤ませながら美雨は坂本に近づいていく。
それでも尚、坂本は美雨と視線を合わせようとしない。
「私は貴方にとって汚点だったの?」
坂本の背中を見ながら美雨がもの悲し気に問いかける。
「汚点!?」
突然、声を荒げる坂本。そして美雨の肩を掴み
「君のおかげで僕はどれだけ救われたか!」
そう言った。美雨はその言葉を待っていたかのように微笑んだ。
「先代の店長から君を紹介された時は正直、目を疑ったよ」
「私もです。坂本店長」
「ワイン売り場にいた彼女は病気で他界したはずだったのに…」
坂本は思わず言葉を詰まらせてうつむいた。
「そうです。彼女は若くして他界してしまいました。元々身体が弱かった上に無理が祟ってしまって」
「もう少し私が…。彼女は百貨店に殺されたも当然だ!売り上げを伸ばす為にどれだけ無理をした事か!」
「いえ。ご自分を責める事はありません。彼女はそうなる運命だったのかもしれません…」
夜空を仰ぎながら美雨が呟く。
「しかし、そうすると何故君はあの部屋に…」
「ハッキリとした理由は分かりません。だけど、お酒には昔から霊を呼び寄せる力が有ると信じられています。なので似たような感じの人がよく酒販にはいるのでしょう」
「つまり、彼女自体が既にだれかの生まれ変わり?」
「そうなりますかね…。でも私にはハッキリと坂本店長との思い出が残ってますよ」
「え?」
美雨はニッコリと微笑むとそっと坂本に寄り添った。
少し気まずそうに咳払いをする坂本。
「変わりませんね。そういう所」
月明かりが二人を照らす。
それから暫くして志摩丹にある開かずの間は潰された。




