坂本
百貨店、志摩丹の昼下がり。開店の謙遜が一段落して店内にはすこし凪いだ雰囲気が流れていた。
彼はそんな店内の雰囲気を可もなく不可もなくといった感じの表情で見つめると、執務室のあるバックヤードへと向かって行った。
煌びやかな店内とは違いバックヤードには商品が高く積まれて少し薄暗く、独特な雰囲気を出していた。
そこを彼は慣れた感じで縫うように歩くと店長室と書かれたドアを開けて入って行った。
そして机に座ると一息ついた。
それから室内を軽く見渡すと
「もう出てきて構いませんよ」
と誰もいない筈の室内で言い放った。
「あちゃー☆バレてたか」
サチはそう言うと素直に姿を表した。
「初めまして、私。百貨店志摩丹で店長をしておる坂本と申します」
店長と名乗った彼はそう言うと深々と頭を下げた。
「これはご丁寧にどうも。新宿オルタのサチです」
彼女の挨拶を聞きながら坂本店長は革製の椅子に腰掛けると背もたれに身体を預けた。
「ふーん、君がオルタのかぁ。建物の歴史からすると随分若い印象を受けるけど」
「そうね。一応ティーンズ向けのファッションビルだからそれに合わせてるだけ。あなたも店長にしては随分お若いわ」
「ふふっ。そうかい、呉服屋なら若旦那と言われてチヤホヤされたかもね。で、世間話をしに来たのでは無いんだろ?」
「勿論。お宅の美雨ちゃんなんだけど」
その言葉を聞いた途端、坂本店長の目付きが変わった。彼は自分の目の前に両手を組みながら
「ウチの美雨が?」
と、サチに聞きなおす。
「えぇ。ここの所元気が無いから何かご存知ないかな~って思って」
彼女はそう言いながら坂本店長の座る机に近づいて行った。
「ふふっ、亡霊の健康を気づかってるのかい君は?」
肩を震わせながら坂本店長は笑いを堪えてる様子だ。
「何がおかしいの?」
サチは坂本店長の態度を見ると不満を露わにした口調で彼に問い正した。
「まぁいい。教えてやろう、美雨のいる部屋は潰すのさ。今時、怨念だの何だのに金をつぎ込むほどウチも楽でないんでね!」
そうサチに言い放つと先程まで感じられなかった激しい情念が彼から迸り始めた。
「くっ…。何こいつ…いきなり何て恨みを放ちはじめたの…」
サチは今まで感じる事の無かった激しい情念の勢いに思わず後ずさった。
「ははは!店長ってのは色んな人の恨み辛みを飲み込みながら成って行くんだ!お前らのような安い怨みとは格が違うんだよ!!」
そう坂本店長は叫ぶと立ち上がった。
サチは身の危険を感じると、すかさず日本刀を召喚しようとしたが今が昼間である事を思い出した。それを見透かしたように
「残念だったな、お前らの力は夜しか使えない。しかもそれはお前達、闇の世界だけでの話しだ!現実じゃぁ通用しないんだよ!」
そう叫ぶと同時にサチは吹き飛ばされ店長室のカベに叩きつけられた。
不意打ちを喰らったサチはそのまま床に倒れこんだ。立ち上がろうとしたが力が入らない。
ツカツカと自分の方に近づいて来る足音が聞こえる。
坂本はサチの束ねられた髪を乱暴に掴むと彼女の耳元で
「これで解ったろ?彼女がいらない理由が…」
そう言い放った。サチは薄れゆく意識のなかでその言葉の意味を考えた。
気が付くとサチはオルタの寝床にいた。
志摩丹の店長である坂本の情念を喰らってからの記憶がスッぽ抜けている。サチは起き上がると
「あいつ、一体何者なんだ?」
昼間の出来事を思い起こした。
そして起き上がり大型ビジョンのたもとにあるバルコニーに出た。
当たり前の事だが陽はとっくに落ちている。
月明かりに照らされた新宿駅の東口が物かなし気に浮かび上がる。
サチはそれをボンヤリ眺めながら、今一度昼間の出来事を思い起こした。
「ヤツが百貨店に対して並々ならぬ怨みを持っているのは解るけど…」
今ひとつ合点のいかない事への違和感からか彼女は柄にもなく物思いにふけってしまった。
そして一つの答えを導き出した。
「何だろう。彼女を守ってる様にしか見えないんだよな」
そう呟くとサチはバルコニーに腕を預け夜空を仰いだ。
「あの二人。昔何かあったのかなぁ?」
再びそう呟くと髪を掻き上げた。夜風がサチの髪をすり抜けていく。
「でも、部屋を潰されたら彼女はこの世に存在できなくなってしまう…。それが彼女を守る事になるのかしら?」
サチは目線を夜空から月夜に照らされた新宿駅東口に落とす。すると何かを思い付いたように声をあげた。
「存在が無くなるって事は成仏しちゃうって事じゃない!?私と華は怨霊として長い事生きてるから気付かなかったけど、どこかで彼女の生まれ変わりと出会っても不思議じゃないわ。坂本店長は昔、生前の彼女か生き写しに出会ってるだわ!!」
サチは思ってもいない事実に直面した。
輪廻転生と言う言葉がある通り万物は生まれ変わる。
その生まれ変わりと出会う事があっても何ら不自然では無い。
と、いう事は坂本は美雨に対して並々ならぬ想いを持っている事になる。
あくまでも推論ではあるがそう考えれば合点がいく。そして彼が美雨に対して持っている情念は
「愛憎」
だ。
サチは思わずバルコニーにへたり込んだ。新宿には色んな人の情念が渦巻いている。
「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉がある通りこの世で一番強い情念は愛おしさだ。
サチはこの新宿で嫌という程それを見て来た。
人間の愛憎に対する執念深さは並大抵の怨みでは太刀打ちでき無い。
サチは自分の立てた推論が外れる事を願うだけの事しか術がなかった。




