端くれ
沈黙。普通ならこの言葉を良い意味に捉える事は少ない。
しかし彼女達にしてみれば人でいう所の「陽の光」に似たような感じだ。
二人の間に流れる心地よい沈黙。その空気の流れはまるで音楽の調べように甘く甘美なものだ。
グラスのワインを飲み干したサチの頬は薄紅色をしていた。
頃合いを見計らい美雨はサチのグラスにワインを注ごうとする。
サチは己の手でグラスにフタをする様にそれを拒む。
「そうか…」
美雨はそうつぶやくと表情を特に変える訳でもなくボトルにコルクをねじ込む。
その背中を見ながらサチは口元に笑みをうかべながら話しかけた。
「ありがと。ワイン美味しかった」
「ん。残った分は持って帰れ」
美雨はそう言うと風呂敷に器用に包まれたボトルを差し出す。
サチはそれを受け取ると大事そうに抱えて消えて行った。
彼女のいなくなった床をボンヤリと見つめる美雨。
彼女はポケットに突っ込んだ手を出すと、ワイシャツのポケットに入れてある煙草を取り出し火を付けた。
そして深く煙を吸い込んだ。
ボンヤリとした意識に更に霞が掛かるような感じになる。
「久しぶりに接客をしたな…」
そう呟くといつもの様にドッカと椅子に腰を落とした。そして長い足を高らかに上げ、机の上にその足を乱暴にのせた。
「くくっ。悪くない」
そう呟くと静かに目を瞑り深い闇の中へとその身を落とした。
「いらっしゃいませ」
開口一番、彼女はそう言うと深々とお辞儀をした。
「ちょっと~、華ぁ~、サチだよ。そんな他人行儀な事はよしてよ~」
ところ変わって六越新宿店の屋上にある開かずの間にサチは志摩丹に行った足でそのまま来た。
「いいえ、例えどなたであろうと訪れた方は皆様お客様としておもてなしするのが習わしです」
「ふーん。志摩丹の娘と一緒の事いってる~」
からかうようにサチはニヤけた表情をしながら華に近づく。
「美雨さんと?」
「そだよ」
サチのキバがチラリと見える。
華は少し驚いた表情をしたが再びキリリとした表情に顔を戻した。
「彼女も百貨店に居る者の端くれです。そう思っていても不思議じゃありません」
そう言い放つ。
「ふーん」
サチはそう返事をするとニヤニヤしながら華の顔を覗き込む。
「な、何かしら?」
不思議がる華をよそにサチは彼女の目の前に風呂敷に包まれたワインボトルを差し出す。
「志摩丹に行ったお土産」
華はそれを受けとると慎重に包みを解いた。
「まぁ」彼女はそう声をあげると嬉しそうにそのボトルを眺めた。
「少しサチが呑んじゃったけどね~☆」
彼女の横に並んでサチがご機嫌な感じで話しかけた。
「早速頂きましょう。御姉様」
そう言うと華はいそいそとワイングラスを取りに行った。
あくる日、サチは志摩丹の開かずの間の前にいた。
そして一通の封筒をドアの隙間から差し込んだ。
『ワインありがとうございます。
お礼がしたいので満月の晩。黄色いネクタイをしていらして下さい。』
美雨はその手紙を受け取ると口元に薄っすらと笑みを浮かべた。




