暖簾
志摩丹の開かずの間。美雨はいつもの様に椅子に腰掛け足を机の上に投げ出していた。
特に何も考えてはいない。咥えた煙草から煙が上がるのをボンヤリと眺めていた。
あの日の夜以来、彼女はこの開かずの間から出ていない。
煙草からでる煙で狭い部屋の中は満たされていた。
その煙たい視界の中で美雨はその身を預けていた。
「ねーアンタ。こんな煙い所にいたら身体壊しちゃうよ」
突然の来客に驚く様子も無く美雨はそのままの格好で静かにい放つ。
「うるさい。ガキに用は無いとっとと失せろ」
「ちょっとぉ!!ガキとはなによ!前も言ったけどサチは…」
そういいながら彼女は美雨の視界に入り込むと、その輝きを失った瞳に息を飲んだ。
「アンタ…。本当に大丈夫?」
心配そうにサチは美雨の顔を覗き込む。
美雨の目は輝きこそ失われていたが相変わらず鋭かった。
彼女はサチの顔をいちべつすると立ち上がった。
そして部屋の隅に置いてあるワインセラーから一本のワインとグラスを取り出した。
美雨はグラスにワインを注ぐと無言でそれをサチに渡した。
少し驚いた表情をして彼女はグラスを受けとると口を付けた。
「なにこれ!飲みやすい~!!」
サチは感嘆の声をあげる。
美雨はその言葉に答える訳でも無く先程と同じく椅子に座り机の上に足を載せた。そしてサチと目線わ合わせず
「ドイツのワインは甘味の物が多い。オマエみたいなお子様なヤツでも飲みやすいフルーティーなワインをチョイスした」
そう天井を仰ぎながら呟いた。
「ふ~ん。アンタ、一丁前におもてなしの気持ちあったんだ」
サチはグラスを傾けながら目を細めて話しかける。
「怨霊とはいえ百貨店に居る者の端くれだ。殺気を持たぬヤツにまで噛み付くほど野暮では無い。どんな方でも、もてなさなければ志摩丹の暖簾を汚す事になる」
「それが例え悪魔でも?」
「そうだ」
サチはキバを見せながら満面の笑みを作る。
「ねぇ」
「何だ?」
「華も呼んでいい?」
「ふざけるな」
「お~怖」
このまま和やかに話しが進むかと思われたがそれは流石になかった。
二人の間にしばしの沈黙が訪れる。




