投弾
新宿三丁目の交差点に向けキングタイガーは走っていた。
華はそのキングタイガーの後ろから追う様に照準を合わせる。
グングンとそれは近づいて来て照準環一杯に映り込むまでになった。
両翼の23ミリ機関砲が火を吹く。一直線に連なった赤い火線が吸い込まれるようにキングタイガーに伸びていく。
美雨は直感的に危険を感じるとハッチから飛び出し道路に転げ落ちた。
無数の火花に包まれるキングタイガーがみえる。
エンジンルームのルーフを貫通して飛び込んだ弾丸は鉄の心臓をメチャメチャに破壊した。
王者の虎はまるで膝を着く様にその場に留まって沈黙した。
美雨はその傷付いた虎を瞳を潤ませながら見ると顔を怒りで歪ませながらスーツの懐から手帳を取り出した。
「くそっ!寄りにもよってヤーボに追いかけ回されるハメになるとは!」
彼女は吐き捨てるように言うとペラペラと手帳のページをめくっていった。
「対空兵装と言えば…」
美雨は妖しい含み笑いをすると呪文の様なものを唱えた。
するとアスファルトの道路から湧き出るようにコンクリート製の巨大な塔が出てきた。
新宿の空を旋回していた華のイリューシンはその異変に気付くとその塔は志摩丹の店舗と同じ位の高さまで伸びていった。
そして幾つか大砲の様な物が屋上には配置されていた。
「御姉様たいへん!あの娘フラックタワー召喚しちゃたわ!!」
華が驚きながらサチに話しかけるが彼女は他人事のように
「なんだ~ありゃ~」
と呟くだけだった。
形容しがたい独特なフォルム。
その塔は旧ナチスドイツが都市防衛の為に建設した高射砲陣地。
「Flakタワー」だ。
レーダーにより射撃管制された正確無比なその高射砲弾幕は連合軍のパイロット達を震え上がらせた。
「華。ヤレる?」
「さぁ?どうでしょう?」
「まだ、何か隠してるね?」
含みを持たせた華の表情にサチは微笑むとイリューシンの翼から飛び降りた。
空を自由に飛べるサチでも軍用機の高機動については行けない。ここは一つ華のチカラを高みの見物と洒落込んだ。
すると新宿の夜空に花火の様な物が弾け始めた。旧ナチスドイツの誇る88ミリ高射砲。通称「アハトアハト」の砲門が一斉に開いたのだ。
その殺風景な花火は華の駆るイリューシンを包み込む様に爆ぜる。
「流石。ドイツ軍の射撃精度は一流ね。この激しい弾幕をかいくぐれるかしら?」
そうコックピットで呟くと高度を上げた。
グングンと華の飛行機は上昇していくが高射砲の弾幕はしつこくついて来る。
「この速度でも追従射撃が出来るなんてドイツ軍恐るべしだわ」
高射砲弾幕に追いたてられる様に華のイリューシンは高度を取っていく。それをフラックタワーのたもとで見る美雨。
「ハハハ!もがけ!苦しめ!アハトアハトからそう簡単には逃げられんぞ!!」
夜空を見上げながら彼女は嬉しそうに弾幕に包まれる華の機体を見る。
ある程度上昇した所で華は機首を突っ込んだ。急降下に転じたのだ。
凄まじいGが彼女を襲う。今まで追いかけるように爆ぜていた砲弾が今度は行く手を阻む様に爆ぜる。そしてその破片が機体に当たる音がする。
いくら強固な防弾処置が施されている機体とはいえ平静を保つのは難しい。
華は高Gと弾幕の恐怖に口を歪める。
リフレクターサイトにはまだフラックタワーは小さくしか映っていない。確実な命中弾と致命傷与える為には距離も機速もまだまだだ。高度計の針がまるで意識を持っているかのようにグルグルと回る。
やがてリフレクターサイトのレティクルにはみ出る位にフラックタワーが映り込む。
「この距離と機速なら」
そう呟くとスロットルを握っていた手から爆弾の投下レバーに手を伸ばす。
それを勢いよく引くと翼下に懸架された爆弾が機体と沿うように離れていった。
それとほぼ同時に華はフットバーにかけていた両脚を引き抜き計器パネルにその両脚を乱暴に載せた。
そして操縦桿を両手でガッチリ握り計器パネルを踏み台にしてあらん限りの力で引いた。
しかし操縦桿は増速した際の風圧でビクともしない。
嘲笑うかのようにフラックタワーが迫る。
空気の裂ける気味の悪い音が聞こえる。
華は奥歯が折れんばかりに食いしばると更に力を込める。
「ウァァァァァァァァァア゛ーーーーッ!!!」
普段の華から想像でき無い野獣のような雄叫びをあげながら彼女は操縦桿を引き続けた。
ミシリ
機体が軋んだと思ったら突然視界が開けた。
高射砲弾幕の爆煙ではなくそこには新宿のネオンが見えた。そして星空。
ふっと操縦桿は軽くなる。
急降下から上昇に転じたので機速が落ちたのだ。
「あの急降下から持ち直したのか!?」
下から見上げていた美雨は驚愕の叫び声を上げた。
それと同時にフラックタワーからバキバキと何かが突き破るような音が聞こえてきた。
「くそっ!ヤツめタワーの天蓋を爆弾でブチ抜きやがった!!」
美雨はそう叫ぶとその音を目でおった。
それはタワーの中腹まで来ると信管を作動させた。
100㎏爆弾に充填された炸薬は凄まじいエネルギーを放ちながらその力でフラックタワーを内部から破壊していく。
「ヤバイ!このままでは塔内にある弾薬に誘爆してしまう!」
美雨がそう叫んだ瞬間にタワーがぐらつき始めた。
塔内に蓄えられた砲弾が次々と誘爆を起こし遂にはフラックタワーの分厚いコンクリートのカベを火柱でブチ抜いた。
タワーは脆くなった所から徐々に傾き始める。
道路に沿ってまるで巨木が倒れる様にフラックタワーはゆっくりとその角度を増していく。
美雨はそれを成す術も無くただ傍観するだけだった。
新宿通りに横たわる倒壊したフラックタワー。その残骸に埋もれる被弾したキングタイガー。
美雨はその傍らに佇んでいた。




