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東口百貨店闇物語  作者: リノキ ユキガヒ
「幸」
10/25

街にはそれを代表するような建物がある。

東京で言えば「東京タワー」でなないだろうか?

細かく見ていけば丸の内にある「丸ビル」。銀座の「和光」。渋谷の「109」。池袋の「サンシャイン60」。霞ヶ関の「霞ヶ関ビル」

などだろうか?

勿論、これらは世代や価値観によっても変わってくるであろう。

ここ新宿では顔となる建物は一体なんであろうか?

西口であれば象徴的な建物は「新宿都庁」であろう。

あの途中で二つに別れてそびえる独特なデザインは新宿西口を代表するに値する貫禄を放っている。

で、東口はというと?

恐らくだれもが口を揃えて言う代表的な建物がある。

それは残念ながら老舗デパート志摩丹ではない。勿論、今や家電量販店に成り果てた、旧六越新宿店でもない。

その名は


「新宿オルタ」


新宿の東口の目の前にあるファッションビルであろう。

立地とビルの壁面一杯に設置された大型の街頭ビジョンのおかげでその存在感は誰の目にも簡単に留まる上に、テレビ中継などでもよく映る事からビルの形を含めその知名度は日本人なら知らない人間は居ないと言う位高い。

故に夕方や土、日にもなると待ち合わせでごった返す事でも有名である。

しかし、このファッションビルの歴史が深い事を案外知る人は意外と少ない。

その証拠に少々年配の方なら食料品専門店の「三幸さんこう」と言った方が通りが良い事もある。

オルタの前は食料品の専門店だったのだ。

そして新宿駅周辺の昔の写真は大体この三幸(現オルタ)の屋上から撮られている事も良くあり、新宿東口の生き字引的な存在だ。

そしてその三幸より前もここには店舗が存在していた。

関東大震災で日本橋六越本店が倒壊した際に復興に必要な日用品の提供と本店の代替え店としてここに


「六越マーケット」


を開店したのが実は新宿オルタの始まりだ。

勿論、その頃に志摩丹も六越新宿店も存在していない。

そして、

「六越マーケット」

「三幸」

「新宿オルタ」

この歴代三店舗の経営は一貫して六越の人間によって行われて来た。

外見的にはファッションビルを装い若々しい印象のあるビルだが増改築を幾多にも渡ったて繰り返した実は歴史あるビルなのだ。

そしてサチはそんなビルの恩情から生まれて来た。



「あはっ☆今日も賑やかでサチは嬉しいな~」

彼女はそう言うと新宿オルタの大型ビジョンのたもとにあるバルコニーの欄干に腰掛けた。

そして自分の足元で待ち合わせでごった返す人の波を楽しそうに眺めていた。

「あっれ~?あっちの彼女は彼氏が遅れてるのかな?かなりイライラしてるね~。あっちのサラリーマンはキャバ嬢に約束スッぽかされたのかなぁ~?あ~あ、あのオニーさん客引きに騙されてついて行ったよ~」

しかし彼女の目に留まるのは決まって不幸になりそうな人ばかりだ。

「いいね~ココは。何十年経っても変わらないよ。人の不幸で溢れてる」

彼女はキバを見せながらキャキャと笑うと欄干を飛び降りビジョンの裏へと入った。

「この大っきいテレビができてからサチの寝床も快適になったな~。『ふるはいびじょん』とかになってから冷房できたし~。なんでテレビに冷房いるか解んないけど☆」

と言いながらゴロンと寝そべる。

そして天井を仰ぎながら

「昔は掘っ立て小屋みたいな所から始まったんだよな~」

と昔を懐かしんだ。

サチは未曽有の天災。関東大震災が原因で生まれたのだ。その情念の強さは日々の日常生活のなかでおこるデパートの比では無い。

そしてそこに毎夜色々な人が色々な思惑を持ってオルタ前に集まるのだ。彼女の力が並外れている事は容易に想像できよう。

昨夜の勝負の時に華が美雨を停めたのもそれだ。

兎に角サチの力は並の恩情では太刀打ちが出来ないのだ。

美雨や華と違って他人の情念を具現化して武器に変換することもしなくていい位強力な戦闘スキルを持ち、昼夜を問わず動き回れる。

それだけの怨み辛みを彼女はその身体に蓄えているのだ。

現代風の格好と彼女の間の抜けた口調からはとても想像できないが…。

「そういえば志摩丹のあの娘は大丈夫かな~」

と虚ろな目で呟いた。

「彼女、大分頭に来てたようだから次に会うときは何か面白い事してくれるかなぁ~。うぅ~う」

サチは身体をくねらせ美雨の情念を想像すると堪らなくなったらしい。

今更だが彼女の源は「人の不幸」だ。それが大きければ大きいほどサチの力は大きくなる。


新宿駅。その乗降客は一日200万人にもなる。そこの東口の顔としてここは長い。

そしてそれはサチに計り知れない力を与える。



昼は華やかな新宿オルタも夜になればシャッターを固く閉ざしひっそりとする。

そんな静かなオルタの前に華はいた。

「ヤッホー☆華。どうしたの?」

サチはビジョン下のバルコニーに腰掛け華を出迎えた。

「いえ、そのちょっと心配になりまして」

「サチの事?」

「違います!」

「ふぅーん」

彼女は例のキャキャという笑い声を出すと華の前に舞い降りた。

そして、サチは華に白々しい視線を送ると

「ま、私があの娘にやられるって事は無いと思うよ」

そう自慢気に話し新宿駅東口に目を向けた。昼間の謙遜が嘘のように収まりこちらも静まり返っている。

サチはいつもとは違う、何か懐かしむような感じで東口を見つめながら穏やかに華に話しかけた。

「大分、ここも変わったね」

「えぇ…」

「昔はさぁ西口の方なんて、だだっ広い野っ原で貯水池があった位なのにね…」

「そうですね。」

「戦争が終わってから変化が急に早くなったよ。自分が人間の欲に押し潰されそうな感じ」

「御姉様…」

「何だか路面電車が走ってた頃が懐かしいな…」

サチは風でなびいている前髪をかきあげた。

「ねぇ、華…」

「なんです?」

柄にも無く真面目な顔ではなしかけるサチ。

「自分の存在をどう思う?」

「どう?と言われましても…」

少し困った顔で答える華。

「う~ん。なんてーか私達って人の怨みで出来てるじゃん。そこんところどー思ってるのかな?って」

「それは運命ですから、私はどうのこうのと思ったことはありません」

「偉いね。華は」

「そういう御姉様は?」

サチは一度ニッコリ微笑むと星空を見ながら

「わからない。でも、不幸になる人を見るのも悪くないんだけど、幸せになっていく人達を見てると何だか自分が解らなくなっちゃう気がする…。なんだろうね?この気持ち」

「…そうですね」

華はそう軽く相槌をうつとサチの隣に並んだ。

二人してしばらく東口の方をボンヤリと眺めていた。

ここ、新宿オルタの歴史は古い。関東大震災の際、本店の代替店として被災者への日用品の供給を目的に六越マーケットとしてその歴史が始まった。

なので華と同じでサチの中にも人を愛おしむような心が芽生えてもおかしくは無いだろう。

おもむろにサチはゆっくりと華の方を見て呟いた。

「ねぇ華?志摩丹のあの娘、助けられないかしら?」

「え!?」

華の素っ頓狂な声が新宿オルタ前にこだまする。




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