#9
相も変わらずカレンは守る。さながら亀だ。殻に閉じこもって、一向に出てこない。盾に隠れて、目の前のシーカーの攻撃をやり過ごす。反撃は――しない。
ナナシは目の前のシーカーをどうにか始末して、カレンのいる方のシーカーの背後に陣取った。ここからだ。
ナナシがうろちょろしていると、気になるのかシーカーは必ず振り返る。その時をカレンは見逃さず、一気に攻め立てるのだ。攻撃は単調だ。真上から頭を狙った力任せの攻撃。だけど、二メートルの頭上から振り下ろされるその一撃は、シーカーの体格では耐える事が出来ない。結果、単調でも何でも、カレンは力押しでシーカーを倒す。
この十日、同じことの繰り返しだ。
倒せてはいる。そこに不満はない。結果は出ている。だが、思いたくはないが、過程が悪い。確かに盾受は上手い。この十日で段々うまくなっている。より堅固になり防御力は高い。しかし、と思う。防御からまったく攻撃に繋げない。ひたすら守り、ナナシの援護を待ち、一気に攻める。悪くは無いんだ。でも良くはない。
十日。怪我はない。いいことだ。流石にかすり傷はある。ナナシだけは体の至る所に包帯を巻いている。だが、カレンにそれは無い。守りが上手いからだ。そこから攻撃に繋げて欲しい。
「そろそろ帰ろうか」
良い頃合いだ。お腹も減ってきた。お金もたくさん稼いでいる。すでに新しいパーティーメンバーを購入する金もあるし、それを使ってもまだお金は余る。
道すがら他愛もない会話をした。
「新しい人を呼ぼうかと思ってる」
「ふーん。いいんじゃない? お風呂もトイレも更新してくれたから、私はあんまりお金の使い道には興味ないかな」
「なんだよ。バクバク食べるくせに。結構家計を圧迫してるんだぞ」
「あぐっ……。またそういう事を……」
やはりというか、カレンは食べまくる。バクバクバクバク飽きもせず食べる。
「料理作ってるからいいじゃん。前までは味のない、まずい、モサモサしたパンしか食べさせてくれなかったのにさ」
「結構金使ったからな。キッチン? 冷蔵庫? あと、調理器具か。食器も買ったな。あれだけで、かなり金なくなったからな。あと風呂とトイレ。あれ? 金の使い道に興味ないとか言いながら、一番金使ってるのお前じゃね?」
「きょ、共有財産じゃん。一生ものじゃん。ずーーっと使うものだから、買っただけだよ」
「いや……。こんなところにずーーっと居るつもりなんてないから」
何故、こんなところに体感時間で一か月以上もいるのだろう。夢は終わらないのか。それとも、これは夢ではないのか。答えは出ない。でもナナシは交通事故にあった。死んだはずだ。それともこれが死後の世界という奴だろうか。
「そう……。まぁ、そうだよね。でも、美味しいご飯は、全ての始まり! あらゆる活力の元だよ。パンよりいいでしょ? 栄養バランスも考えてるし。野菜食べないとね。ナナシ、野菜全然食べてなかったでしょ? 駄目だよ。それじゃ」
「はいはい。お前は俺のかーちゃんか」
「私まだ18だし!」
「俺21歳なんだけど。子ども扱いしないでよね」
そんな事を言っていると、無事部屋に帰還した。
「ナナシはお風呂洗ってきて。私ご飯作るから」
「へーい」
ここで拒むとご飯を食べさせないという暴挙に出るので、素直に従う。どうにもこだわりがあるそうで、毎日毎日風呂に入りたいらしい。シャワーで良いじゃんとか思うが、ご飯を作ってくれなくなる。お金にも余裕は出てきているので、洗剤やシャンプー、リンスなどを買う事もできる。大分生活環境は整っていた。――まぁ、快適だ。
さくさくっと掃除を終えて、お湯を入れる。高かったんだよねェ。この風呂。一時期余裕でパーティーメンバーを買えるまで金が貯まったのに、カレンが「お風呂買おうよ」とかのたまった。一度は拒否したのだが、頑として譲らず、最終的にナナシが折れた。そこからはなし崩し的に色々買った。カレンの装備勝った方がまだマシだったのではないかと思ったが、やる気が無くなられても困るので、買ってやった。それにナナシだけの金ではない。二人で稼いだ金だ。もちろん、使い道だってカレンが口出しする事は可能だ。
部屋に戻ると、カレンが何か買っていた。また……?
「何買ってるの?」
「食器。三人目を招集するんでしょ?」
「え、うん。まぁ。今すぐ?」
「一緒にご飯を食べて、仲良くなろう」
ナナシがご飯を作る訳では無い。文句はない。別に三人目を買う金はある。明日でも今でも変わらない。
「んじゃ、今から呼ぶか」
「そうしよ」
カレンがササッと操作して、パーティーメンバーを購入した。後ろを見る。ナナシの右隣の部屋のプレートに新たに名前が浮かび上がった。
「ショウジ」
呟く。男だ。やっほーい。使える確率が、高、い。
扉が開いた。
第一印象。凄まじくやる気のなさそうな顔をしている。脱力している。力が無い。覇気がない。顔に陰りがある。顔色が悪い。髪がぼさぼさだ。今すぐに風呂に入ってこい。しゃっきりしてこい。
ショウジはナナシと目線を合わせて「おー……」と呻く。「どもっす……」とひょこっと頭を下げた。ナナシも「あ、どうも……」みたいになって、頭を下げた。後ろからカレンが手を伸ばして、ショウジの首根っこを掴んだ。
「な、何するんスか……」
「風呂に入ってこい」
「……うぃっす」
ショウジは頭を掻きながら、フラフラと歩いた。すぐに振り返った。「風呂、どこっすか……?」「こっち」カレンが先導する。すぐに浴室に放り投げられた。
なんだ、アイツ。変なのばっかだ。これ以上考えたくない。
ナナシはこれまた購入した六人掛けのテーブルまで行って、椅子に座った。これも結構高いんだよ。娯楽品は無いので、ただただボーッと過ごしていると、その内カレンが手伝えと言ってくる。
食器を出して、机に並べればいいだけだ。今日から三人分だ。
ショウジはカレンの隣で良いだろう。
かれこれショウジが風呂に入って、結構な時間が経過しているが、まだ出てこない。そろそろカレンもご飯を作り終える頃合いだ。
浴室の扉を開け、脱衣所に入る。左手に風呂に入るためのドアがある。「おーい、そろそろ飯だぞ」と声をかけても、返事が来ない。もう一度かけるが、反応なし。まさかと思って、扉を開けた。
浴槽の中で仰向けになって、ショウジは寝ていた。ぐーすかぴーと寝ている。とても気持ちが良さそうですね。
ナナシは浴室に入って、ショウジの顔を鷲掴みにすると、浴槽に沈めた。「ガホッ、ゴボボボガッ!」と呻いている。手足をバタバタさせて必死にもがいていた。手を放してやると、ショウジが浮上してきた。
「メ・シ」
「お――厳しいっスね」
「どこが厳しいんだ。次寝たら溺死させるからな」
「うぃっす……」
ビッとショウジを指でさし、浴室を後にした。
部屋に戻るとすでに食事の準備を終えているようだ。
残りの雑事をこなして、ショウジを待つ。数分で出てきて安堵した。
席に着かせて、いただきますの挨拶をした。
今日は親子丼だ。一人暮らしをしていると、名前のある料理なんて作らない。これだけでも、前の生活よりはマシと言える。
「どうどう?」
「まだ食ってねーし」
毎度のことだがカレンは感想を求める。おいしいかとかじゃなく、味付けは好みかどうかとか、結構細かい。
一口食べる。ふんわりの卵と鶏肉、そして玉ねぎの触感も素晴らしい。鶏肉にも下味があって、手間をかけている。ほんのり甘いつゆがご飯に染みていて、これもうまい。
「……ちょっと濃いッス」
ナナシが感想を言う前に、ショウジが答えた。直球の感想を述べる物だと感心した。しかしナナシも若干味付けが濃いかもしれないと思っていたので、それを言うつもりだった。
カレンは若干むっとしたかもしれないが、ナナシも同じことを言うと「そっかぁ……」と項垂れた。
「別にまずい訳じゃないっすよ……。濃いかなぁ、くらい……?」
「俺も、そんなもんだ。普通に美味い」
「それならいいけど」
カレンはバクバク食べる。ショウジはモソモソと少しずつ、少しずつ食べている。カレンがおかわりした時でも、まだ三分の一も食べていない。人の食事のスピードなんかに気を配っても仕方ないか。
「つか、名前。なんすか。自分、ショウジっす」
「ナナシ」
「ナナシ、さん?」
「さんはどっちでもいいよ」
「まぁ……ナナシさんで。年上っぽいし」
カレンはナチュラルにナナシと呼び捨てにする。ナナシもカレンちゃんとかカレンさんとか呼ぶ訳では無いので、なんでもいいのだが。カレンも自己紹介すると、じーっとショウジのお椀を見つめ始めた。おもむろに口を開く。
「ショウジ、それだけでいいの? 最後私食べちゃうよ?」
カレンは四杯目だ。どれだけ食うつもりだ。「どぞ……」とショウジの許しを得ると、カレンは嬉々としておかわりをした。
これだけ食べれば大きくなるのも頷ける。ショウジはカレンを奇異の目で見ている。どんだけ食べるんだこの女、みたいな感じだろうか。ショウジは一杯で晩御飯を終え、カレンは結局四杯も食べた。ナナシも偉そうなこと言ったが、ショウジと同じく一杯しか食べていない。
ショウジが食べ終わったので、話をする事にした。
「ショウジ」
「なんスか」
気だるげに顔を上げる。
「働かざる者食うべからずっていう言葉知ってるか」
「……世界で一番嫌いな言葉っす」
「あ、そう……。まぁ、俺も好きじゃないけどさ。働かない方が楽に決まってるし」
「自分、金持ちの家に生まれたかったっス」
「金持ちじゃなかった?」
「んー……。そんなこともないけど……。世間体……?」
「あるよな。そういうの」
「自分の家、子供が多いっス。五人も……」
「多いな。両親張り切り過ぎだろ」
「あ、まぁ、そうっスね……」
「だから、働かないと駄目だなー的な?」
「そんな感じっス……。これでも長男なんで……」
「そうなの。ていうか、お前らの立ち位置ってどうなってんの……? 家族とかいるとか、意味不明なんだけど」
ショウジが頬をかく。困った顔をして「まぁ、その辺は秘密ってことで……」と顔を逸らされた。カレンに至っては、目すら合わせようとしない。あまり触れてほしくない話題のようだ。藪蛇になられても困る。
「話は戻るけど。働かないとさ、食ってけないんだよ。カレンは何か知らないけど、最初から乗り気だったからあんま説明しなかったけど」
ショウジはカレンの方を見るが、すぐにナナシに視線を戻した。
「……働けってことっスか……?」
「うん、まぁ、そうなんだけど……。そんな嫌な顔しないでもらえる?」
「すんません。嫌なもんで……」
ナナシが立ち上がると、カレンも立ち上がった。空気を読んでショウジも席を立った。
パソコンの方に行って、特定業種団体のアイコンをダブルクリックした。すぐにパーティーメンバーが表示され、そこにショウジも追加されている。
「なんスか、コレ。盗賊、聖騎士……?」
「簡単に言ったら、役割? みたいなもん」
「はー……。じゃあ、ナナシさんは盗賊で、カレンさんは聖騎士……?」
「そんな感じ。ショウジは何がやりたい?」
「楽なの」
被せてくるように即答してきた。その目はとても真面目だ。
「楽ちんなのを所望します」
ズイッと近づいてくる。ぐ、グイグイ来る……! どんだけ楽したいんだ。ナナシはショウジを押し返した。
「ショウジは部屋に何の武器が置いてあったの?」
カレンがそう尋ねた。そうだ。最初に置いてある武器が何なのかで、職業が決めやすくなる。
ナナシはダガーが置いてあったので盗賊。カレンは剣と盾があったので聖騎士。こんな感じだ。別にそうじゃなくてもいいのだが、余計な出費を抑えるためにそうした。
「あー……。なんかでっけー剣が置いてあったような……」
ショウジは自分の部屋に戻っていき、その剣を持ってきた。
デカい。肉厚の重そうな剣だ。無骨で実用一点もの。刃渡り一メートルはありそうだ。長さこそカレンのロングソードと同じくらいだが、幅が違う。刃の重量はカレンのロングソードと比べるまでもない。
ナナシは若干落胆した。ショウジには神官をやってほしかったので、杖とか錫杖が置いてあれば良かったのだが。どうも戦士か接近戦を挑む職業に就かせた方が安上がりのようだ。
「……なんスか。もしかして、楽じゃない感じになりそうですか……?」
不穏な空気を感じ取ったショウジがナナシに詰め寄る。
「え、まぁ。このままだと最前線で獅子奮迅の働きをしてもらう事に――」
「絶対嫌です!」
ここではっきり、大声でショウジが拒絶した。
体をぶるぶる震わせ、顔は青ざめている。
「そんなの絶対嫌だ。やってられるか。話が違う。自分は楽なのが良いって言ったんです。一番前で獅子奮迅の働きって、一番大変そうじゃないですか! 違うやつ! 後ろで怠けてても良いような奴でお願いしますよ、ナナシさん!」
数秒、黙った。カレンも黙った。ショウジは「久しぶりに口動かした……」と顎を触っている。
ナナシは「じゃあ、神官やる……?」と恐る恐るそう提案した。
「神官……。何するんすか?」
「なんか傷治したりするらしいけど……。基本。後ろに居ていいみたいだけど。実をいうと、次の人には神官やってもらいたかったんだよ」
「楽……?」
「楽かどうかは分からないけど……。決めるのは最終的にショウジだし」
ショウジは顔を俯かせた。考えているのだ。うーんとかむーんとか言っている。
最終的にショウジは「神官で」と言った。
「いいの?」
「まぁ、いいっスよ。要は回復係ですよね。ヒーラー。自分ゲームとかするんで。ヒーラーは後ろが定番です。戦わなくていいし。後衛でしょ? なら後衛で良いです。危なくないし。前衛よりかは」
「いいなら、良いけど。――今から修練受ける?」
「今からっスか……?」
購入した壁掛け時計の方を見た。午後六時。
「どれくらい時間かかります?」
「数時間くらい。一時間じゃ終わらない。もしかしたら日付またぐかも」
「明日やるのも面倒だなぁ……。今からで良いっス。自分、夜型なんで。終わったら寝ます」
ナナシは『ギルド』でショウジを神官にして、金を払った。すぐに部屋の側面に扉が出現した。「あれっスか」ショウジは扉の奥に消えた。これで数時間は出てこないだろう。
机の上の食器を片づけ、カレンが洗い物をしている間に、風呂に入る。それも終われば、あとは寝るしかない。
「先に寝る」
「おやすみ」
いつも通りのやり取りを終える。
カレンは風呂に入る準備をして、浴室に向かった。ナナシはそれを目で追って、頭を振った。なにしてんだ。そういうのは面倒事になる。ナナシはすぐに部屋の中に入って、ベッドに横になって、目を閉じた。