#7
全財産使った。
何か必要になるかもしれないと残しておいた残りの五千円を払った。シーカー十体分の金だ。あわわ。ナナシの努力が一瞬で無くなってしまう。ナナシに徒労感が襲い掛かってくる。『残高』がほとんどない。むしろない。ゼロだ。嘘。百円くらいは残ってる。百円じゃあ、ぎりぎり一食だ。しかも一人分。
金を払うと、新たに扉が出現した。他の扉と変わらない茶色でボロ臭い木製の扉だ。
そこにカレンが入っていく。
「行ってきまーす」
カレンが笑いながら手を振った。楽しそうですね。別に楽しくないと思うよ。スキル教えてもらうだけだし。
「……行ってらっしゃい」
手をパタパタ振った。金が無くなって気分が悪い。また無一文だ。しかも結構な時間拘束される。
修練を終えるのに何時間かかるか。ナナシは結構かかった。叩き落しを教えてもらうだけでも、相当な時間がかかる。ナナシは一人になった。
カレンと行動を共にしてから三日目。
稼ぎ始めて、トータルでギルドに加盟するための金額が貯まった。それまでカレンはシーカー相手にスキルも無しで頑張ってもらった。カレンはあまり器用ではなかった。怖がりだ。図体で判断したくなるが、根本的にビビりだ。戦闘中に何度も助けを求める。怖い怖いと連呼する。仕方がない。ナナシも叩き落しが無いときは、いつ攻撃を喰らうかと戦々恐々としていた。
モニターを見る。
ギルドには七つの種類がある。
ナナシは盗賊。どうも最初に配布された武器でどのギルドが向いているか勝手に決められている気がする。ナナシは最初からダガーを持っていた。
カレンは、切れ味の低いロングソードと木製の粗末な盾。
これから導かれるカレンのギルドは、聖騎士だ。
聖騎士は唯一盾を装備する役職のようだ。盾を配布されている時点で、カレンは聖騎士をやれと言われているようなものだ。別に本人が違うのをやりたいと言えば、またお金を稼いで違うギルドの加盟させても良い。だが、脱退にも金が要るようなので、あまり無駄な事はさせたくない。
「……ハァ。聖騎士かよ」
金がかかる。なにしろ防具が一つもない。買わないといけない。
『ショップ』で防具を探してみる。
「あり得ん……」
軒並み五万近くする。しかもこれで中古だ。新品の金属鎧なんて、みてみろ、五十万近くする。しかもこれで一つのパーツだから。シーカー一体で五百円しかしないのに、こんなの買える訳が無い。
もっと探してみる。安いのならある。一万円近くの板金鎧。画像を見るからに安物だ。灰色の胸当て。これくらいは、買ってあげたい。シーカー二十体分。わぁお。パーティーメンバーが二万円なので、どっちを取るべきだろう。
「神官が欲しい……」
どうも神官は魔法とやらを使えるようだ。しかもこれは怪我を治してくれるみたいだ。欲しい。滅茶苦茶欲しい。次のパーティーメンバーには無理させても、神官になってほしい。
現状、二人掛かりなのにまだシーカーは単独で動いている奴しか狙っていない。これは二体以上のシーカーを狙ったら、怪我する確率が急上昇するからだ。剣で刺されたら、ナナシもカレンも出血多量で死んでしまう。踏ん切りがつかない。大胆に行動できないのだ。いつもせせこましく、チマチマとプチプチとシーカーを殺す。リスクが無いように。二対一なら勝つ。完封勝利だ。滅多なことでは怪我はしない。今のところ、ナナシが叩き落しでシーカーの攻撃を弾いて、カレンが攻撃するのが必勝パターンだ。あまり前に出たくないナナシだが、カレンが前に出るとろくな事が無い。
勝手にテンパって、そのうち尻餅をつく。
本人いわく、余裕がないそうだ。ちょこまか動くシーカーの動きが見えづらいという。盾で必死に防いでいると、足元がおろそかになって、転んじゃう。何て言いやがる。
だからナナシが代わりにやる。幸いに叩き落しは防御のスキルだ。頑張れば、シーカーを縫いとめる事もできる。そうしてシーカーの足を止めて、カレンが思いっきり剣でぶっ叩く。殴って殴って、突き刺す。
このパターンに入ると絶対勝てる。
高身長から繰り出されるカレンの一撃は、相当重い。ナナシは叩き落し出来る自信はない。況や、小さいシーカーでは喰らったら終わる。
ナナシはさらに防具の欄を目を皿にして眺める。掘り出し物は無いか、良いものはないか。しかし何を見つけても、買えはしない。ただの暇つぶしだ。
ナナシも実を言えば、防具が欲しい。金属は重そうだからいらない。皮の防具で良い。それだと、かなりお安く求める事が出来る。間違っても安物で万まで行くことはない。ちょっと高い服を買うと思えばいい。頑丈な素材だ。ナナシはぺらっぺらの布しか着ていない。それもあちこち裂けている。何度かシーカーの剣が服を掠めたのだ。その度に、服が破れる。なかなか刺激的な衣装となっている。
しかしこの防具を着ても、重い一撃は結局のところ防ぐことはできないだろう。ならこの服でも、皮の防具を着ていても極論そこまで変わらない。ナナシは攻撃が当たったら終わりだと思っている。攻撃は弾くか、避ける。絶対に食らわない。その心意気でいる。いるだけだ。剣を持っているシーカーは要注意だけど、棍棒とか鈍器系のシーカーには、構わず突っ込んで攻撃を喰らう事もある。戦いを長引かせると、他のシーカーが寄ってくる。だから多少強引にでも終わらせている。
「おかげで打撲だらけだよ……」
ところどころ痛む。これも治せるだろうか。是非神官は欲しい。
これは当分の間カレンには金属鎧を買ってやれないかもしれない。パーティーメンバーが欲しい。人数が増えれば、それだけ食い扶持を稼がないといけないけど、それだけ多くのシーカーを相手にする事が出来る。
気の長い話だが、チマチマ稼いでさっさと六人そろえた方が良いかもしれない。多くの人間が居れば、それだけ多くの事が出来る。可能性が広がる。
「シーカー二体を倒せるようになれば、劇的に変わるんだけどなぁ」
シーカーの多くが複数行動をしていて、近くのシーカーは二体から三体が多い。比率で言えば、二体で行動しているシーカーが最多だ。二体を撃破する事が出来れば、行動範囲が劇的に広がる。もちろん無傷であることが条件だ。神官が欲しいな。やはり。怪我を恐れなければ、二体なら行ける気がする。
「うん。やっぱりパーティーメンバーだ。人が要る。スキルとかも欲しいけど、限界があるよ。それにシーカーなら叩き落しがあれば、一応何とかなる」
ナナシはカレンが入っていった扉を見た。まだまだ時間がかかるだろう。
一人でD1に入るのは、今更できない。何が起こるか分からない。できれば二人行動が望ましい。
ナナシは自分の部屋に戻り、寝る事にした。
起きている間はずっと『溝浚いの坑道』に行っていた。良く考えると、まったく休んでいなかった。でも不思議と辛いと思わなかった。楽しいのかもしれない。生きている実感がある。次の目標がある。目的がるから、やりがいも出る。戦いの中で自分が成長しているのを感じる。
数時間したらカレンも出てくる。それまで休もう。
楽しくても疲れる。疲れたら体を休めないと駄目だ。
「寝よう」