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Ⅻー迷宮を攻略せよ‐  作者: tempester08
溝浚いの坑道
6/14

#6

 D1に入って、シーカーを殺して、装備を奪って、売り払う。それを何度でも繰り返す。毎日繰り返す。危険が無かったわけではない。むしろ毎日危険が付きまとっていた。


 シーカーは複数行動を好む。この付近だと、二体から三体が多い。四体はまれだ。五体以上は見た事が無い。二体以上はナナシでは倒せない。二体を見た時点で、ナナシは逃げる。でも地面には水が絶えず流れているので、足音が反響する。そうすると、シーカーがナナシに気付き、追いかけてくる。シーカーはシーカーを呼び寄せ、結局十体以上のシーカーに追いかけられたこともあった。あれは死を覚悟した。浅い場所で探索をしていたので、どうにかこうにか部屋の中に逃げ込んで事なきを得たが、やはり仲間の重要性を教えられた。


 そうして、十八日後。


 ようやく金が目標額に到達した。

 シーカー一体で五百円ほど手に入る。四十体なので、二万円ほどで人間が買えるのだ。


「安いような、そうでもないような……?」


 二万円なんてバイトすれば、こんなに時間をかけなくても手に入る。だのに、ナナシは命を張り、命を奪う事で、ようやく二万円を稼いでいる。果てしないな。こんなに頑張ったのに。もちろん、ナナシも生きるためにシーカーを四十体以上殺している。貯金に余裕が出来るまで頑張って稼いだが、予想の二十日よりは早い結果となった。


 ナナシはパソコンの前に座って、すぐにパーティーメンバーを購入した。『残高』から二万円が無くなった。喪失感が半端じゃなかった。二十日間の仕事が、一瞬で無くなった。

 気を取り直した。特に変化はない。辺りを見回した。


「あ、ボードが……」


 ナナシの個人的な部屋に定めている左隣の部屋のプレートに名前が書きこまれている。


 名前は、『カレン』。


「え、嘘。マジ。困るんだけど」


 名前の感じからして、女じゃない……? 

 ナナシは当然のように、男が来るものだと思っていた。ナナシは即戦力を求めていた。強い奴が良いな。筋骨隆々のお兄さんが望ましい。それくらいだった。


 女……。ナナシの二十日が露と消えた瞬間だった。

 ナナシは愕然としながらも、扉の方に歩いて行った。仕方がない。限られた人数の中でやり繰りする。それにパーティーメンバーを買うというのが、イマイチ分からない。もしかしたら、盗賊の教官のように人形が来るのでは……? 女の人形……? いや。なんか怖い。


 ナナシは数回扉をノックした。勝手に開けていいものかと思ったので、そうなった。部屋の中からガサゴソする音が聞こえる。「あ、入っていいよ」と返事があった。高い声だ。女の声だった。はぁ、とナナシは意気消沈した。なんだよ。マッチョで超頼りがいのある男の人を期待していたのに、女。別に悪いってわけでもないけど、良くもないよ。


 ナナシは扉を開けた。


 中には予想通り女がいた。

 しかし予想外なこともあった。


 ナナシの想像の中の女は、とてもひ弱そうで、頼りなさそうな物だった。酷く貧弱で使い道を考えていたのだが、そんな考えが一発で吹き飛んでしまった。


 デ、デケェ……!


 ナナシは息をのんだ。容姿如何より、まずその大きさに圧倒された。線は細い。筋肉質なのかは分からない。でも、ナナシよりはるかに大きい。ナナシは小さくない。平均より数センチは大きいと記憶している。ということは、女性より遥かに大きい事が多い。ナナシの記憶の中でも、これほど大きな女性を見たことはない。バレーボールの選手なのじゃないかと思った。


「お、初めまして。カレンです。よろしく」


 ベッドに座った状態からカレンは立ち上がった。ぬぉっという擬音が出ても良いほど雄大な所作だった。ナナシは圧倒された。たじろいだ。

 カレンは日本人然としている。まんま日本人だ。もしかしたら違う地域かもしれないが、アジア出身の見た目をしている。紙は染めておらず、ナチュラルブラック。短く切っていて、快活な印象を与える。一見すると中性的な男性とも見えるかもしれない。だが、男性にはない丸みがあるし、胸もある。否応なく、カレンは女なのだと感じさせられた。


 カレンは手を差し出した。慌ててナナシは服で手を拭って、カレンの手を握った。大きい。でも柔らかい。なんか矛盾していると感じさせられる。


「名前は何て言うのかな?」

「あ、えっと、な、ナナシ……」

「ナナシ……」


 本名ではない。だが、ここではナナシだ。ナナシはナナシであると認識している。

 カレンはじっとナナシの事を見る。なに。なんか変なところあったかな。ナナシという名前が既に変といえば、変だけど。カレンはじぃぃっと見てくる。舐めまわすように見る。カレンはたっぷり十秒はそうやってナナシの事を見た。その後、ふっと顔を緩めた。


「……良い名前だね。私の名前も良いでしょう? カレン。花と蓮で花蓮っていうんだ。ちょっと装飾華美な名前だけど。もうすこし女の子っぽかったらなぁ。ちょっと大きいよねェ」

「……ちなみに、身長いくつ……?」


 あまり訊かない方が良いかと思ったが、凄い興味があった。ナナシは177センチある。それよりも、頭一つ以上は大きい。見上げないとカレンの顔は見えない。多少劣等感を煽られる。


「ん、どうだったかな……。確か、192はあった気がする」

「192……」


 デッケェェェェェエェェ。手足も長いし、すごく大きい。数字以上に大きい。それとこんなに大きな女性を見たのは初めてだから、すごい違和感がある。


「大きいからさ、体重もそれなりにあるんだ。コンプレックスだよ。ホント。こんな大きな体に産んでくれなくてもいいのに。ねぇ?」


 ナナシは答えに窮した。そんな突っ込んだことは言えない。辛うじて「そうかもね」とか適当な受け答えをするのが精一杯だった。


 しかしカレンは、あははと笑って、ナナシの頭を軽く小突いた。


「嘘だよ。そんな変な顔しないでよ。今は嬉しいよ。この体に感謝してる。役に立てそうだよ。ホント。これで体が小さかったら、足手まといも良い所だ」


 カレンは机の上に置いてある武器を手に取った。ナナシとは違う。大きな剣が一振り置いてある。ダガーじゃないんだ。しかし大きな剣だ。ナナシでは扱えそうにない。それに盾もある。なんか待遇が違くない……? ナナシは小さなダガーしかなかったのに、カレンは剣と盾を最初から与えられている。いや、そんなものをナナシに与えても扱い切れないのは、目に見えている。ナナシがあれを装備すると、重くて重くてしょうがないだろう。けど、カレンは違う。剣帯をつけ、剣を差し、盾を左腕に付けている。盾は木製でただの木の板にしか見えない。でもあると無いとでは大違いだ。それをナナシは実感している。


「よーし、ナナシ。一体全体どこまで進んでるんだい? 珠玉の一個や二個は余裕で集めちゃった感じかな?」


 え、なにそれ。ナナシへの期待値が高すぎる。恥ずかしい。とても恥ずかしい。穴があったら入りたい。さっきまで女は使えないとか考えていたのに、一瞬で立場が逆転した。ナナシは使えない。珠玉の一個や二個……? まだ珠玉の存在すら確認していない。その前に、『溝浚いの坑道』の奥にすら進んでいない。シーカー一体を相手にするのに手間取っている。


 ナナシが喋らないのを見て、カレンはあはは……と乾いた笑みを浮かべた。


「あ、あれ……? まだ一個も集めてない感じ……?」

「……そうだよ。何か文句でもあんのかよ」

「え、いや。な、ないよ。そんな目で見ないでよ……。え、怒らないで。お願い。ごめん。私が悪かった。そうだよね。難しいよね。分かってなかった。たぶん。うん。ごめんなさい」


 そこまで怒っていないのだが。ただ不満げな声を少しみっともなく出してしまっただけだ。それでもカレンは大きな体を曲げて、頭を下げた。まるで子供が親に怒られているかのようだ。奇妙な感覚に襲われる。こんな殊勝に謝られても……。


 とはいえ、下手に出ても面白くない。このままで行こう。

 カレンの肩を叩いて、部屋を出る。カレンも後についてきた。

 大きいな。圧迫感がある。存在感がひしひしと伝わってくる。


「カレン」

「え、なに」

「何歳?」

「歳? えっと、18」

「若っ」

「ナナシは?」

「21」

「ナナシも若いなぁ。でも老け顔」

「うっさい」

「かなり年上にみられるでしょう?」


 少し前の事を思い出した。すぐに辞めてしまったサークルだったが、新歓の時に先輩に年上にみられたのだ。それも実年齢より五歳も上で。結構ショックだった。案外、男でも年齢を間違われると傷つく事をその時悟った。黙っていると、カレンがおろおろし始めた。


「あ、あれ……? 図星だった……?」

「お前はあれだな。要らない結構言うよね。もうちょっとな。配慮しろ? な? お前の言葉で傷つくやつ、結構いそうだよ」

「うぐっ……」

「図星なのかよ……」

「だ、だって。結構考えなしに物言っちゃうから」

「それをな? 改めろって言う事だ。いいか? うん? 苦労するぞ? 言っていいか悪いか考えてな」

「ぜ、善処します」

「良い方だけは立派だ」


 ナナシとカレンはD1の扉の前まで来た。

 ナナシは振り返って、カレンを見た。


「あんな? 分かってか知らないけど、今からやるの殺し合いだから。舐めてっと死ぬぞ? 俺たち二人な? 俺盗賊な? お前無職な? 神官いないから。怪我したら死ぬ。一発いいの貰った死ぬ」


 カレンはゴクリと喉を鳴らした。


「残念だけど、今カレンをギルドに加盟させるほど金はない。日々を生きるので精一杯だ。それは分かるな?」


 カレンが頷く。ナナシは扉の方を向いた。


「敵の名前はシーカー。見た目巨大な鼠だ。粗末な武器を持ってる。でも侮ると結構危ない。雑魚らしいけど、どうも俺は弱いらしい。結構手古摺る。一体までしか捌けない。ていうことは、分かるな?」

「……地味に期待されてる?」

「まぁ。そういうこと。最初女が来たと思って、がっかりしたけど。カレン、デカイし」

「あ、コンプレックスって言ったのに」

「あ、ゴメン。でも自分でも役に立てそうって言ったじゃん」

「そうだけど。人から言われると傷つく」

「……面倒だな」

「聞こえてるよ」

「あー、はいはい。――行くぞ」


 ナナシは扉に手をかけた。説教垂れたことを言ってしまった。ナナシは思う。あれは自分への戒めだ。弱い、弱い自分に言い聞かせている。あぁ、いけない。緊張している。初めての団体行動だ。たった二人だけどさ。

 扉を開けた。途端にカレンが「うっ……!」と呻き、鼻を押さえた。初めてだとそうなる。やっぱり臭いよな。


 逃げようとするカレンの腕を掴んだ。「逃がすか」「ちょ、用事があって……」カレンが首を振る。「ねぇよ。そんなもん。行くぞ」「うぁぁ。嫌だぁぁ……!」ナナシは強引にカレンを引っ張った。重ェんだよ。言ったら殺されそうだ。


 『溝浚いの坑道』に足を踏み入れる。カレンがうぉぇぇっと吐きそうになっていた。すぐに慣れると、なぐさめた。余計なことだ。ふっ、ふっ、ふっ、と浅い呼吸を繰り返している。すこし可哀想になってきた。背中をさする。大丈夫かと声をかける。「うぅ、無理かも」と弱音を吐く。頑張れ頑張れ、行けるってと根拠のない言葉を投げかけた。


 そうして一分程度、その場から動かなかった。カレンはしゃがみこもうとしているが、地面には汚物が散乱している。そっちのほうが気持ち悪い事に気付いたのだろう。目を瞑って、静かに、口で呼吸している。


「……ほれ。いいか? 行けるか?」

「だ、大丈夫。よし、いいよ。なんとか、もう慣れた……?」

「何で疑問形なんだよ。お前にしかわからねーよ」

「できる。できる。私は出来る……」


 独り言をつぶやいている。どうやら暗示でも掛けているのか。分からないけど。


 すっくと体を伸ばして、カレンがちゃんと立った。顔色が少し悪いが、行けそうだ。


 ナナシが先行して、その後にカレンが付いて来る。いつも通りの道順で進んで、単独行動しているシーカーを探す。カレンはうぅーとかうぇぇとか言いながら、それでもちゃんと付いてきた。思っていたような場所じゃなかったのだろう。戦うのと同じくらい、ここにいるのは辛い。


 そこから二体以上でいるシーカーは避け、一体で行動しているシーカーを探す。一時間くらいぐるぐる同じ場所を回っていると、ようやく一体で行動しているシーカーがいた。

 カレンも若干疲れている。ナナシが止まったのに気付かず、ぶつかった。「あ、ごめんなさい……」と謝る。元気がない。「いたぞ。やれるか?」「うん、やる」とカレンは剣を抜いた。大きい。刃渡り一メートルはありそうだ。ロングソード。細身なので、片手でも持てるようだ。


「打ち合わせ通りに」

「分かった」


 カレンが先に出る。ばちゃばちゃと汚水を踏みながら、シーカーに向かって走り出した。

 シーカーがこっちに気付いた。棍棒を持っている。シーカーは恐れる様子も無くこっちに来る。ナナシカレンから離れ、シーカーの後ろを取る。

 シーカーがこっちを見たが、こっちに来るよりも早くカレンに突っ込んでいた。


 シーカーが棍棒を振り下ろす。


「わっ……! な、これ……! 怖い……ッ!」


 シーカーは喚き散らして、棍棒をガンガンバツバツ振り回す。その度に、カレンの木製の粗末な盾にガンッバコッという音が行動に響く。カレンは明らかに及び腰になっている。体格で明らかに勝っているのに、下がりに下がる。体勢が崩れそうになる。いや、崩れた。尻餅をついた。転んだ。


「キャッ……!」


 シーカーが飛びかかる。カレンの上に馬乗りになった。「ヂュラァ……! ブバァ……! ギヒィ……!」とシーカーは棍棒でカレンを殴ろうとする。カレンはギリギリで盾を自分の頭の上にかぶせた。ガツンガツン殴る。シーカーは盾なんてお構いなしに殴る。カレンが助けを求めた。「な、ナナシ……! 助けてェ!」ナナシは走る。少し離れてしまっていた。シーカーはカレンに夢中だ。ナナシは背後からシーカーの後頭部を蹴り飛ばした。「ギヒュッ」とシーカーが声を出し、カレンの上からぶっ飛んだ。


「……最悪だぁ。服が……」

「そんな事言ってる場合かよ……」


 カレンが立ち上がると同時に、シーカーも跳び上がった。ナナシに狙いを定めている。怒っているのか。カレンアは「わっ、わっ……!」と言いながら、下がろうとしている。アホアホ。逃げるな。戦え。

 だが、シーカーはナナシに来る。シーカーが棍棒を斜めに振り下ろした。


叩き落し(スラップ)……!」

 

 ダガーで思い切り棍棒を弾く。腕にビリビリと衝撃が伝わる。いてぇ。また来た。叩き落し(スラップ)。ナナシは下がる。猪突猛進だ。シーカーは反撃されるなどと全く思っていない。


「か、カレン……! 俺が防いでる間に攻撃しろ……!」

「う、うぇ……!? い、イエッサー!」


 弾く。攻撃を弾く。目の前しか見えない。カレンがどう動いているかなんて見えない。目の前に集中しないと、何かが崩れる。シーカーは攻める。ナナシは守る。完全にシーカーが優位だ。余裕がない。重いんだ。棍棒が。腕に来る。骨が軋む。うぉぉと気合を入れる。そのうち、視界の端で何か動いた。カレンだ。


「せいっ……!」


 横合いからカレンが剣を振った。シーカーは横っ飛びして離れた。ここだ。ナナシは姿勢を低くして、シーカーに肉薄する。シーカーが棍棒を振る。叩き落し(スラップ)。なんとか弾く。カレンが攻撃する。シーカーが逃げる。カレンは追撃する。「えい、せい、やぁ!」と大振りだが、当たったらひとたまりも無い攻撃を繰り出す。数字の面で見れば、シーカーとカレンの身長差は七十センチもある。シーカーはカレンの一撃を食らうまいと必死に逃げる。そのうち、ナナシは気づく。


 こっちに気が向いていない。

 奴は完全にカレンの攻撃に意識を割いている。ナナシなんてこれっぽっちも考えていない。ナナシは出来るだけ静かに進もうとする。でも、駄目だった。水の音が響いた。シーカーがハッとしてこっちを見た。隙だ。


 カレンが片手ではあるが、ダイナミックな動きでシーカーの肩をぶっ叩いた。斬れていない。安物だ。良い剣じゃない。刃物じゃなくて鈍器だ。カレンは斬るというより、殴った。

 シーカーが倒れそうになる。


「やたっ!」

 

 カレンが嬉しそうに色めきたった。ナナシは「まだだ!」と叫んだ。シーカーは棍棒を振り廻しまくる。「ヂュァァ! ララララァ!」と近づけさせない。カレンは反撃の憂き目にあっている。「たたた、助け、助けて、……!」とナナシに助けを求める。


「反撃しろ!」

「む、無理……! わっ……!」


 遅い。カレンは図体がでかくて、小回りが利いていない。小さいシーカーを捉えきれていない。

 シーカーは殺されまいと、渾身の一撃をカレンに加えまくる。カレンは盾で防ぐ。後手後手だ。


「絶対に怪我するなよ! 守りまくってろ!」

「わ、分かった、それより……た、助け……てッ!」


 カレンがとうとう、また尻餅をついた。ナナシは走る。「こっちだ!」と大声で叫んだ。シーカーが振り返る。目が血走っている。ナナシは狼狽えた。あんな目は初めて見た。カレンはあんな奴の攻撃を防いでいたのか。ナナシは止まってしまった。不覚。ビビったのか。馬鹿な。ナナシの自尊心が酷く傷ついた。


「あぁぁっ!」


 ナナシは止めた足を再度動かす。シーカーはナナシを無視できない。棍棒をまっすぐナナシの頭に叩きこもうと跳びあがった。ナナシは大きく横に跳ぶ。びゅぉおんという音が聞こえた。だが、そこまで威力はなさそうだ。カレンの一撃が効いている。速度もそれほどじゃない。痛いんだ。当然だ。殴られたんだ。それが普通だ。


「カレン、立て!」


 カレンが立つ。ナナシの前に立って、構えた。ナナシは迂回して、シーカーの後ろに回ろうとした。しかしシーカーはナナシを先に殺そうとした。こっちに来やがった。


叩き落し(スラップ)……!」


 ガイーンと棍棒を弾く。さっきより余裕だ。もう一回来い。そうだ。来た。叩き落し(スラップ)。次はもっと力を入れた。シーカーの体勢が崩れる。


「やぁぁッ!」


 カレンだ。来た。ナイスタイミングだ。剣を突き出し、シーカーの横っ腹を貫いた。シーカーは「ギョヒョッ」と体を震わせた。だが、死なない。生き物はしぶとい。

 ナナシはこの一か月近い孤独な時間でそれを理解している。


 シーカーは弱弱しいが、棍棒でカレンの頭を殴った。油断していたのだろう。カレンは「あぐっ……!」と為すがままに殴られた。数歩下がった。剣がズルッと抜けた。シーカーが崩れ落ちる。


「痛ったぁ……!」


 カレンが呻く。頭を押さえている。血は流れていない。大丈夫だろう。

 シーカーは「ひぃー……ふぃー……」と虫の息になりながらも、逃げようとしている。しぶとい。ここまでの奴は初めてだ。


「そんな……。まだ死んでないの……?」


 カレンの認識は甘い。だが、それもここまでだ。


「生物は、なかなか死なない」


 カレンがこっちを見る。


「死ぬときはあっさり死ぬのに、こうやってしぶとい時も多い」


 ダガーを逆手で握る。


「躊躇うなよ。カレン。一瞬でも迷えば、死ぬのはお前だ」


 違う。カレンだけじゃない。ナナシもだ。

 ナナシは這ってでも逃げて、生きようとしているシーカーの背中にのった。


「残酷だ。残忍だ。凄惨だ。それでも仕方がない。やらないと、こっちが殺される……!」


 ナナシはダガーを突き刺す。一回、二回、三回、四回――。その度に、血が跳ねる。シーカーが断末魔を上げる。死にたくない、そう言っている。駄目だ。五回、六回、七回。


「うっ……」


 カレンが口元を押さえる。


「見ろ」


 八回。


「うぅっ……」


 カレンが顔を青くしながら、ナナシとシーカーを見た。さらに顔色が悪くなる。九回。何度でも刺す。徹底的に破壊しないと駄目だ。シーカーがぐちゃぐちゃになる。ただの肉塊になる。動かなくなる。


 ナナシは立ち上がった。カレンを見る。


「巻き込んで悪いな。でもこれが現実だ。これが俺の夢でも何でもいい。食べないと死んでしまうようだ。腹が減る。金が要る。金を稼ぐには殺すしかないようだ」


 ナナシはシーカーが使っていた棍棒を拾い上げた。それをカレンに渡す。


「それも売れる。戦利品だ。喜べ」


 カレンは引きつった笑みを浮かべた。無理やり笑っているのがバレバレだ。

 初日だ。仕方がない。慣れる訳が無い。実際ナナシもまだ残酷だと思う。何度も何度も突き刺す。その度に気持ち悪い感触が掌から伝わってくる。


 慣れるのかな。

 

 でも受け入れている。この気持ち悪さを乗り越えないと、生きてはいけない。餓死する前に殺される。


「……まぁ、でも、なんだ。止めを刺したのは俺だけど、カレンの助けがあったし。悪くなかったんじゃないか。頭大丈夫か? 痛くないか?」


 カレンは目をパチクリさせた。

 意外な物を見ているようだ。


「……なんだよ」


 カレンは首を振って「なんでもない」と笑った。嬉しそうな笑みだ。さっきみたいに引きつっていない。


 悪くない。

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