#5
あれから何回も寝て起きてを繰り返した。兎に角、単独行動をしているシーカーを突け狙った。一人で忍び寄って、後ろから羽交い絞めにする事もあれば、あっち発見されて真正面からぶつかる事もあった。
しかしピンチというピンチも無いまま、かなりの日数が経過していた。浅目の所で探索を続けていた事もあるし、危なくなればすぐに部屋に逃げ込んでいた事も幸いした。
それに近くの場所なら、だいたいの道を把握できたのも大きい。広大無辺に広がっているように思われた『溝浚いの坑道』だが、把握すればそこまで複雑ではなかった。限定的な箇所になるが、道順を決めてそこを周回すれば、結構いい確率で単独でいるシーカーを発見する事が出来た。
「つぉ……! ……ッ! はっ……っと!」
「ヂュラァ! ジャァ! チュアァァ!!」
防ぐ。ダガーで弾きまくる。全神経を集中させてシーカーの剣を弾く。
叩き落し。
敵の攻撃を弾き、武器を損耗させ、あわよくば武器を叩き落とす。防御の技能。これを最初に覚えた。ていうか、最初はこれだという物があった。盗賊のギルドのナナシは加盟した。大金を支払い、修練を受けた。
部屋に新たな扉が出現して、その中に入ると、真っ黒な人形がいた。それが教官だった。恐ろしく濁った声で、人形は喋った。口が真横に割れていて、そこから発声されていた。とても不気味だった。
とにかく、ナナシは盗賊となり、敵の後ろを狙う。でも一人なので、なかなか後ろなんて取れない。もっと違う職業にすれば良かったのではないかと思ったが、ダガーを使うような職業は盗賊しかなかった。
ナナシはダガーを使いたかった。ここまで来て違う武器を使いたくなかった。それに違う武器を使えと言われても、それを買う金もない。結局は、ナナシは盗賊になるしかなかった。
せこいよな。みみっちぃ。盗賊なんてえらくしょぼい名前だし、小悪党感、丸だした。
でも悪くない。うしろからコソコソして、襲い掛かるのはこの数日やってきたことだ。でも真正面戦闘はやめたい。そのための叩き落しなのは分かっているのだけど。
「くそっ……!」
ガツーンとシーカーの剣を弾いて、距離を取った。シーカーは小柄だけど、力は弱くない。叩き落しで武器を落とそうと思っても、しっかり握っているし、落としてくれない。結局は、ただ防いでいるだけになる。
「ヂュラァァァ!」
シーカーが突っ込んできて、剣を振る。初撃を叩き落しで弾いて、二撃目も弾く。余裕がない。まったく駄目だ。
ナナシは叩き落しを十全には使えない。ナナシは基礎を知っているだけだ。一応、なんとかスキルが使えるだけの基礎は叩きこまれた。でもそれは使えるというだけで、100%の力を発揮できるとは言っていない。
言うなれば、ナナシはヒヨっこなのだ。
叩き落し一つとっても、ナナシはそれに全てを賭けないといけない。全神経を集中させないと、叩き落しが失敗するような気がしてならない。全力を傾けて、スキルを使う。
シーカーはいい気になっている。駄目だ。ただ防いでいるだけでは、状況を打破できない。確かに、楽にはなった。まだ立っているし、目立った怪我はしていない。だけど、防いでいるだけだ。前に出て反撃しないと駄目だ。
次だ。次を弾いて、前に出る。
ナナシは息を吸った。止める。来た。攻撃。弾く……!
今度は全力の力で弾いた。シーカーの体勢が若干崩れた。これだけでもいいんだ。ナナシは突っ込む。シーカーの腹に蹴りを見舞った。「ゲヒョッ……!」とシーカーが呻き、さらに体勢が悪くなる。そこにさらに体当たりで、押し倒した。シーカーは倒れて、剣を手放した。頭を強く打った音がした。ナナシはチャンスだと判断して、飛び乗ってダガーを目に突きいれた。奥深くまで差し込み、ぐちゃぐちゃにかき乱す。「ギチチチチ……!」とシーカーが歯ぎしりをした。ナナシはさらに首を掻っ切って、シーカーから離れた。
シーカーは大量に血を吐きだし、自分の地におぼれている。ナナシはダガーをホルダーに入れて、絶命したのを確認すると、シーカーが使っていた剣を拾った。刃こぼれしていて、刃物というより鈍器に近い。切れ味なんて皆無だ。売らないよりはましだ。
ナナシは注意しながら、部屋に戻った。
一息ついて、剣を『ショップ』に売却した。すぐに剣は消えうせて、『残高』に若干のプラスが見えた。
この機能は一昨日見つけた。
価値のある物なら何でも買ってくれるようだ。一昨日より前はそんな機能はなかったが、突然解放された。首をひねっていたが、どうやら何か条件を満たすと色々と便利な機能が追加されるのだと、結論付けた。
そうやって、武器を持つシーカーを見つけたら、それを奪い取り、『ショップ』に売るというのを何度も繰り返している。二束三文にしかならないのだが、やらないよりはいい。第一、『溝浚いの坑道』は臭すぎて、長居はしたくない。ナナシは自分に理由をつけて、さっさと出て行きたいと思っている。武器の売却は格好の理由づけだった。だって、仕方ないじゃないか。今は若干慣れているが、もはやナナシの嗅覚は完全に破綻したのではないかと疑っている。少しでも正常に戻そうとして、休憩を取って何が悪いというのか。
「悪くない。ぜんぜーん、悪くなぁーい」
ぶつくさ独り言を叫ぶ。
――寂しい。何日会話してないと思ってんだ。盗賊の修練の時に、教官(人形)は喋ってたけど、あれはなんか違う。プログラムされている動きだ。まったく人間味が無い。それに気味が悪くて、生物だとは思っていない。
「……喋りたい。誰でもいいから会話がしたい。鼠共と戯れるのにも飽きたー。金なーい。何も無ーい。糞弱ーい」
意味も無く走る。ジャンプする。深呼吸する。
途端に、虚しくなってきた。
仕方なくない……? もうさ。おかしいよ。なんでこんな事になってるの。何か悪いことしたっけ。してないよね。してないよ。何も悪い事はしていない。おかしくない。何か説明くらい頂戴よ。頭がおかしくなりそう。ナナシは普通の大学生だったのだ。突然、血沸き肉躍る戦いの中に身を置くなんて覚悟はない。今は、刺激的だからという、何とも安っぽい行動原理で動いている。
その中には、ある程度、前の生活よりは遥かにまだ楽しいという事も含まれている。そうじゃなかったら、こんなことはやっていない。勿論、金がないと食っていけないので、結局はやるしかないのだが。説明があろうとなかろうと、ナナシは殺すしかない。殺して、奪って、売り払う。
パーティーメンバーを一人買うまで、まだまだシーカーを殺さないといけない。二十日前後で終わると思う。つまり、ナナシは後二十日、誰とも喋れない。ナナシは顔を覆った。ひどく泣きたい気分だった。
「ハァ……。行こ……」
ナナシは武器を携え、D1へと足を踏み入れた。
シーカーの必要殺戮数は、四十だ。道のりは、遠い。