#3
部屋に戻って、パソコンで色々調べた。情報が更新されていて、役立つか分からない物もあった。
使えはしないが、D1にも名前があるようだ。『溝浚いの坑道』。まんまだ。溝浚いをしている鼠人間――シーカーがいる。シーカーは割と群れていることが多いらしい。個体単独で見ると、そこまで強くない。なのでそれを数で補おうとしている。人間を見ると見境なく襲い掛かかってくる。ただそれは考えているのではない。ほぼ条件反射らしい。知能は低く、行動は単調だ。動物に近い。
シーカーは弱いが、やはり脅威なのは数だ。
シーカーには当然だが、オスとメスがいる。シーカーの社会は簡単だ。メスシーカーが絶対王制を敷いている。オスは奴隷だ。ただの子種だ。メスシーカーは日々オスシーカーと交わって、数を増やしている。メスを殺さないとシーカーは減らない。そして、メスはたった一匹のみ。そのメスがナナシが集めないといけない珠玉を持っている。
そこまで情報は更新されていた。さっさと教えろボケェーと思ったが、都合もあるのだろう。
ナナシはパンをかじり、水を飲む。シーカーを一匹殺したら、金を入手していた。ほとんどタダ同然の値段だった。生物一匹殺してこんだけ? みたいな感じだった。シーカーが弱いからなのだろうか。別に弱いとは思わなかったが。むしろ切迫した戦いだった。ナナシは認識を改める必要があると感じた。
どうやらナナシは雑魚に手古摺るほどの雑魚中の雑魚らしい。シーカー一体に苦戦しまくっていては駄目らしい。
ナナシは残る金を全部叩いて、一番安いトイレを買った。すぐに大きな部屋の側面に扉が出現した。ナナシはびっくりしながらも、便意が限界に近づいていたのですぐさま駆け込んだ。
「ぼっとん便所かよぉ」
臭いなぁ。嫌だ。もう。勘弁してよ。ナナシは鼻をつまみながら、糞をひねり出した。紙もちゃんとあるようで、そこだけは安心した。
あとは風呂に入りたかったが、残念ながら金は使い切った。
腹もあらかた膨れたので、後は寝るしかない。ナナシと印字された扉をくぐって、部屋で休んだ。シーツに汚れが付着して、大変気分が悪かった。
しかし眠気には勝てず、すぐに入眠した。
夢も見ず、起きた。何時だろう。分からない。時計が無い。パソコンにも時計は付いていなかった。時間感覚が狂う。別にいいけど。誰もいないし。
腹は減っていたが、金はない。食べるにはひと働きしないといけない。つまり、シーカーを殺さないといけない。
でもシーカーはナナシにとって弱い相手ではない。決して油断はできない。情報通りなら、シーカーは複数で行動する事が多いようだし、昨日一体で行動していたのは運が良かったという事になる。
だが、怖気づいて前に進まないのは、もっと駄目だ。
D1の扉を開けて『溝浚いの坑道』に入った。相変わらず臭い。慎重に進む。どうしても水音が出てしまうが、それは割り切ろう。
しかし、本当にシーカーは雑魚なのか……?
かなり自信が無くなる。昨日は殴られまくったし、どうにもならなかった。あれで雑魚なら、他のDはどうなのか。恐ろしい。考えておくべきだ。
「……どっちにしても金は要るか」
ナナシがどんな判断を下そうが、金は必要だ。何をするにも金が要る。現時点ではシーカーを殺すしかない。武器はダガーだけ。武具も売っていたが、阿呆だ。高すぎる。シーカーを何体倒せばいいのか。当分武具は買わない。防具は欲しいけど、どうせ攻撃喰らったら死ぬし、最後までいらない。
「……仲間なァ。それな。うん。やっぱ、仲間要るよ」
一人ではすぐに限界が来る。シーカー一体で手古摺る俺では尚更だ。方法はある。人を買う。『ショップ』にあった。戦友だ。相棒となる人を手に入れるのには、金が必要らしい。それも大量に。
ナナシが色々今後の方策を巡らせていると、シーカーが先にいた。それも二体。かっはぁ。どうすんべ。あまり遠くへ行かれると、ナナシは部屋に帰れる自信がない。地図も無いし、『溝浚いの坑道』はかなり入り組んでいる。ナナシは真っ直ぐにしか進んでいないが、これが一たび曲がろうものなら、即効で迷う自信がある。
道中シーカーはいなかった。この直線状には少なくとも、目の前の二体が最有力だ。他の道からこの一本道にシーカーが迷い込んだのかは分からない。
腹も減っているし、見逃すと面倒だ。
それと普通に気付かれた。一体のシーカーが振り返って、ナナシの姿をばっちり捉えていた。シーカーは泣き叫び、駆けてきた。
シーカーAは小ぶりの刃物、シーカーBは棍棒で武装していた。防具はない。ダガーで貫ける。
「いやいやいや……!」
無理臭い。二体も相手にできるビジョンがない。ナナシは昨日と同じく逃げ出した。違うのは、勝てるビジョンが全くない事だ。想像できない。ナナシは包囲され、剣で貫かれ、棍棒で殴られ、たちまちぼろ屑となる。頭を割られ、腹を切り裂かれ、むごたらしい死体を晒す。そして、最後にはシーカーに喰われる。
昨日は追いかけられた瞬間から、テンションが高かったのに、今は冷水を浴びたかのように体が縮こまっている。まったく足が出ない。恐怖……? ビビってる。そんなことはないと、言い聞かせた所で現状は変わってくれない。
このままだとただ追いつかれて、死ぬだけだ。
部屋からはだいぶ遠い。普通に間に合わないだろう。
「くっそ……ッ!」
ナナシは手近なところで曲がった。そして、その場で待ち構える。シーカー二体の足音がどんどん近づいてくる。音が反響して位置がわかり辛い。ジャストタイミングで反撃は出来ない。
ナナシは思い切って少しだけ距離を取った。
「行くぞ……!」
ダガーを前に構え、そのまま突撃した。
ナナシは息を詰め、来いと念じる。タイミングさえ合えば、なかなか良い作戦のはずだ。
ナナシは黙って突っ込む。すると、シーカーBが来た。棍棒持ちのシーカーだ。
「ギョホッ……!?」
突撃してくるナナシを見て、シーカーBが止まろうとした。しかしナナシはそれより早くシーカーBにぶつかった。
「おぉっしゃぁ!」
ダガーをシーカーBの腹にぶっ刺して、そのまま体当たりした。顔がシーカーBの臭い被毛に埋もれた。すぐに顔中ベタベタになった。シーカーBが倒れる。ナナシも倒れ込んで、より深くダガーを突き刺す。捻って、かき回す。
すぐにシーカーA――剣持ちシーカーがかっとんできた。ナナシはすぐにダガーを引っこ抜いて、横に転がった。シーカーAは誤って剣でシーカーBをぶっ叩いた。「ギャヒッ……!」と悲鳴を上げて、シーカーBが沈黙した。やった。労せずしてシーカーBが陥落した。
シーカーAはそんな事を気にせず、ナナシに向かってくる。剣を振り上げ、ぶんぶん振り回す。ナナシは頑張って避ける。全力で避ける。必死に下がる。こ、これが雑魚……!? 全く余裕なんてないんですけど。間違ってもすぐに倒せるレベルじゃない。
でも、これ、かなり単調だ。
シーカーAは左右に剣を振っているだけだ。今のところ上からの攻撃はない。思い切って行くか……!? 迷っていると、決断が鈍りそうだ。左右に振っている間に攻めろ。
右、左、右――左……!
ナナシは下がってばかりだった。そこで前に出る。シーカーAはギョッとした。剣を思い切り振ってしまっている。ナナシはチャンスだと悟った。シーカーAに飛び掛かった。もつれる様にして、のしかかる。シーカーAの右腕を押さえて、シーカーAの喉にダガーをぶっ刺した。シーカーAは「……ッ!」と変な声を出した。ナナシは刺す。刺しまくる。滅多刺しにする。気分はあまり良くない。
シーカーAは最後の力を振り絞って、左手でナナシの顔面を殴る。ガツガツ殴る。ナナシが怯む。若干押さええていた力が緩んだ。させるか。ナナシはダガーを再度強く握る。喉に差すんじゃなくて、次は顎下にぶっ刺した。ダガーを捻じり、完膚なきまでに破壊する。血がドバドバ出る。凄い出血だ。血の雨だ。シーカーAが脱力する。
ナナシはシーカーから降りて、ふらふらしながら立ち上がった。
「昨日はテンション上がりまくりだったから気づかなかったけど――」
やっぱ殺すって、気分の良いものじゃない。でも殺さないと反撃を受けてしまう。仕方ないんだ。もちろんシーカーだって死にたくないから、死に物狂いで抵抗する。最低でも道連れにしようとした。それは生物として、当然の行動だ。ナナシも抵抗する。殺されそうになったから、逆襲した。
ナナシはため息を吐いた。仕方ないんだ。ナナシも生きるためにシーカーを殺さないといけない。金が無いんだ。金がないと食べられないし、不衛生になる。ナナシはもうぐっちょぐちょになっているのに、シャワーすら浴びていない。
この稼ぎで一番安いシャワーが手に入る。多分、冷水しか出ない。それもかなり量が少ないだろう。これだけ頑張って、収穫がそれだけなんだ。
「……やりきれないな」