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Ⅻー迷宮を攻略せよ‐  作者: tempester08
溝浚いの坑道
12/14

#12

 ナナシはシーカー三体までなら戦う。四体以上になるとさっさと見なかったことにして、その場を離れる。


 三人で『溝浚いの坑道』を探索開始してから、一週間が経過した。結構歩いたともうのだが、まだここの全容は掴めていない。かなり広いし、途中でシーカー達に邪魔されるので、快調とはならない。


 それに段々とシーカー達が手ごわくなり始めた。

 いや、シーカーはそこまで強くない。装備だ。ボロイ。粗末。穴が開いていたり、破れていたりする。それでも皮の防具だったり、金属装備を付けているシーカーがちらほらと現れた。これが想像以上に面倒になる。皮防具のやつは、力押しで行ける。ダガーでも貫けるからだ。問題は金属装備だ。特に鎖帷子を付けている奴ほど面倒だ。隙間があまりない。新品の鎖帷子を付けているわけじゃないから、破れ目はある。そこを狙えばダガーは刺さる。

 

 しかしナナシにそこまでの技量は無い。


 こうなってくると、戦闘時間が伸び始めて危険が増す。ということで、予定ではなかったが、ナナシとショウジの装備を買う事にした。

 ナナシは安い中古の皮で出来た服だ。ズボンも買った。靴も買った。それでも金属鎧のパーツひとつより安い。 

 ショウジはまたしても神官の掟で、金属鎧および皮鎧の類を付けることを禁じられていた。なので神官服と呼ばれる牧師さんなんかが着るような服を購入した。白色で所々青い線の入っていて、ゆったりした服だ。これなら買わなくても変わらないような気もしたが、それを見たカレンが「盗賊っぽいね」とか「ほぉ、神官みたい」とかいうものだから、やっぱりこっちの方が良いかと思い直した。

 カレンは金属のこれまた安い盾を買った。今までのは木の板を繋ぎ合わせたような、盾と呼んでいいのかと思うほど粗末だったので、これって聖騎士っていうよりただの野盗という感じの見た目だった。やっとまともな盾を買って、聖騎士……かもしれないと思うレベルまでは到達した。


 そうやって装備を整えると、やはりモチベーションが違ってくる。それと気休めだった防具も、一応キッチリした防具なので、安心感がある。それでも一撃貰ったら終わりという認識は変わらない。攻撃を喰らわない、避ける、防御するという事を念頭に置きつつシーカーを倒す。


 今日も一日シーカーを倒しつつ、ちょっとずつ『溝浚いの坑道』を探索した。紙とペンで簡単な地図も作成しているので、視覚的に分かる。

 坑道の道は基本的にぐねぐねしている。それが他の道に交わったりするので、結構やっかいだ。把握しづらい。え、この道って、どの道? という感じだ。結構雑な地図にしかならない。作成者はショウジだが文句を言うつもりはない。 


 稼いだ金は飲み食いに使ってしまう。あまり貯まらない。日本円とは違う価値をこの空間では持っているので、前の感覚は当てにならない。必需品は安く、娯楽品は高くなる。野菜や肉などは安いが、お菓子や酒などの食べなくてもいいものはやたらめったら高い。本やゲームなども『ショップ』で販売しているのだが、パーティーメンバーの値段の数倍する。そんなものは買えない。せいぜいお菓子を買う位が精一杯だ。


 しかしそれでも蓄えは出来る。ちょっとずつだけど、お金は貯まっていった。

 ご飯を食べながら相談する。今日は焼肉だ。豪勢だ。


「やっぱり四体はきつかったな……」


 昨日までは四体とは絶対に戦わなかったのだが、偶然曲がり角を曲がるときに鉢合わせしてしまった。そのまま崩れる様に戦いになってしまったのだ。こうして生きているのだから、勝利を収めたのだが。


「自分、あっちこっち走り回って回復させてましたから……。全然楽じゃないっすよ」ショウジが諦めモードに入る。野菜を放り込む。肉食え、肉。


「数の力は偉大だな。おれが二体のシーカーは相手にできなかったし。防具なかったら、結構ヤバかった。やっぱりあった方が良いな」

「自分は別にただの服と変わらないんで……。その辺はお任せです……」

「私は腕当てとか欲しいな。腕狙われるんだよねぇ」


 カレンは頭と胸、それと腹はちゃんとガッチリ固めている。そうなると肩や腕を狙われる場面が多くなるのだ。盾があるからもう少し頑張ってほしい。


「流石に三体に囲まれた時はボロッボロだったよ。めっちゃテンパった。ていうか、混乱した。何回も頭殴られたし。意識ぶっ飛ぶかと思った」


 そうはいってもカレントの身長差を考えると、シーカーは跳ばないと頭を攻撃できない。連続攻撃は無いが、三匹一斉に跳びかかられると、流石にビックリしたようで対応できなかった。そのときナナシは一体と相手していたので、後ろで控えていたショウジにヘルプに向かわせた。


 すぐに一体のシーカーを引っぺがし、ショートスタッフで対応していたのを覚えている。

 ジッとショウジを見た。「……なんスか……?」ショウジが眉を潜めた。「いや、なんでも……」こいつ、やる気なさそうな顔しながら、三人の中で地味に最強なんだよな……。瞬間的に与えるダメージ量は少ないが、シーカー相手なら一方的な攻撃を加え続ける。ボッコボコのフルボッコだ。神官の護身法とやらで一応それなりの攻撃スキルを持っているようだが、それに頼り切っているわけじゃない。素の戦闘力だ。

 ナナシは軽く後悔している。なんでこんな奴を後ろに下げないといけないのか、と。前に出させた方がよかった。でもショウジは嫌がるだろう。ショウジが出張るのは三体以上だ。その時だけ、嫌々前に出てくる。それ以外は後ろでボーっとしている。いや、語弊がある。怪我をすれば、治してくれるし、危なくなれば助けてくれる。余計なことは無しない。無駄な力を使おうとしない。結果、だらけている様に見える。それだけだ。仕事はしている。


「四人目か……」


 『溝浚いの坑道』はおそらく、この十二の(デヴィジョン)で最低難易度だ。一番簡単だ。それでもまったく困っている。このままちゃんと他のDも攻略できるのだろうか。それよりも、ナナシは攻略する気があるのか。……分からない。突然こんな事になってビックリしている。ナナシとしては次の瞬間、何も知覚できなくなるのだって覚悟している。ナナシは死んだのだ。なぜこうやって生きている状態に近いのか。分からない。生きているのか。それとも違うのか。分かるのは腹は減るし、怪我をすれば痛い。普通だ。何の変哲もない。


 そうなっている以上は、働かないと駄目なようだ。何するにしても金は要る。これ以上食い扶持が増えると、まったく金も貯まらなくなる。『溝浚いの坑道』は次の四人目で攻略する。それくらいの気概じゃないと駄目だ。数の上では同等だ。四体行動しているシーカーは奥に行くほど増える傾向にある。五体以上はまだ一回も見ていない。居るかもしれない。いると考えた方が良いだろう。でも、カレンは二体までなら倒す。少し時間はかかるが、一体倒せばもう一体だって倒せる。ショウジのアシストがあれば、尚いい。


「呼ぶんスか?」

「良いんじゃない? お金あるでしょ?」

「あるけど。反対意見とかないの?」

「居れば居るだけ良いんじゃないっすか? 技能(スキル)覚えるのもアリだと思いますけど」


 そうだ。その手もある。だが三人分なにか教えてもらおうとすると、四人目は呼べない。そこまで金持ちじゃない。だが、無一文になる事を覚悟すれば、一人だけなら修練に行かせることもできる。


「一人だけなら安いスキルを覚えさせる金ならあるけど……」

「じゃあ、カレンさん、行ってきてください」

「うぇっ!? 私?」


 焼肉を食べようとしていたその手が止まった。

 だけど、妥当だ。ナナシだって欲しいスキルはある。今は攻撃のスキルが欲しい。本当は背刺し(バックスタブ)が欲しいが、今のところ敵の背後を取れるような優勢な状況ではない。ナナシもまったく役割ではないが、二枚目の盾役(タンク)として働かないといけない。盗賊なのに……。むしろ攻撃役(アタッカー)だろうに。


「私だけ良いの?」

盾受(ブロック)とかいうスキルしかないんスよね? 攻撃してくださいよ、攻撃。スキル覚えて、ガツンと倒してください。ナナシさんや自分は後でいいっスよ……」


 カレンがナナシを見る。ナナシも頷く。カレンはニヒッと笑って、バクバク肉を食べると、パソコンの方に行って、何か操作した。

 すぐに大部屋の側面に扉が出現した。今から修練に行くつもりなのかよ。


「善は急げ、ということで、行ってきまーす!」


 小走りで扉の方に向かって、すぐに向こう側に消えた。

 残されたのはナナシとやる気のないショウジだけだ。


「……洗い物、誰がやるんスか……?」

「お前……それ今言う事?」


 机の上にはプレートの上にたくさんの肉が乗っていて、じゅうじゅう音を立てて焼かれている。


「じゃあ、ナナシさんよろしく」

「待て。待て待て待て。なんで勝手に立ち上がろうとしてるんだ。肉が残ってるだろ。そうじゃない。おれに押し付けるな。洗い物はお前がやれ」

「嫌」

「俺も嫌」


 ここに来てカレンが勝手に修練に向かわせたのは間違いだと気づいた。いや、別にカレンをそういう目で見ているわけじゃないよ? でも結構積極的にやってくれたし。家事。ナナシは楽だなぁとか思っていたので、単純にあぁ、カレンがやってくれるんだ。みたいな感じになっていた。

 やらないという手もある。でもすると翌日、多分、カレンに怒られる。「なんで洗い物してないの!?」みたいな。ナナシが逆の立場でも怒る。やれよ。やっとけよと。私ばっかりに頼るなと。そう言うだろう。


「……あ、良いこと思いついた」

「なに」

「四人目にやらせましょうよ。今から呼んで」


 ショウジは相変わらず結構ゲスだ。新参者に雑用を押し付ける気だ。

 だがナナシは拒否しなかった。家事なんて前もやっていない。自分の部屋はぐちゃぐちゃだし、台所はゴミの山だ。二人より三人でやった方が良い。心が折れる。


「……呼ぶか」

「そうしましょう」


 こうして屑二人は新たにパーティーメンバーを招集した。

 二万円を支払う。結構高い。一日十体以上は倒しているので、四日分の仕事量だ。

 しかし一人で二万円を稼いだときは、十八日かかっていたので、相当な進歩だろう。


 すぐに後ろの部屋のプレートに『ソラ』という名前が付け加えられた。

 女の子かな。男かもしれないけど。どうも中性的な名前だ。


 扉まで行って、ノックする。「は、はひゃっ……!」みたいな声が聞こえた。その後、「い、今行きます……」と行って、扉が開いた。


 いない。え、なんで? 扉は空いたのに。ナナシは視界に映る部屋の内部をくまなく見渡す。ベッド。机。立て掛けられた木製の杖。杖だ。ということは、後衛職になるだろう。神官か、魔法使いだ。そのまえに、そのソラとやらがいない。隠れている? 自分から扉をあけておいて? 行動が意味不明すぎる。そのまえに隠れられる場所なんてない。ただの部屋だ。それは分かっている。別に収納スペースがあるわけじゃない。狭い部屋にベッドと机しかない初期部屋だ。まったくカスタムされていないのだ。隠れられる訳が無い。じゃあどこに……?


「あ、あの……!」


 な、なんだと……? 声だけ聞こえる。部屋を見ても誰もいない。どういう――?


「し、下……」

「下?」


 頭が見えた。うなじだ。ナナシの胸より下に頭がある。小さすぎる。視界に入っていなかった。

 ナナシは一歩下がった。


「……こ、こんな屈辱は久しぶりです……!」

「わ、悪い……。悪気はなかったんだ……」


 しかしそれに悪意が無くても、本人が嫌がればそれまでだ。

 小学生かと見まがうほどだ。しかしこれを言ったら、さらに怒られそうな……?


「今後気を付けてくださいよ……。ホント……」


 ソラはショートボブの髪の毛を揺らしながら、大部屋の机に座った。匂いにつられていったと言っても良い。「これ食べていいです?」ソラが椅子の上に立ち、焼肉を指さす。


「良いけど……」

「いただきます」


 そこからカレン程ではないとしても、それなりにたくさん食べてしまった。用意した分の肉は無くなった。カレンがその辺を把握してるので、ナナシはどうなっているのかなんて一ミリも知らないが。それもどうなのって感じだよなぁ。


 ソラは小学生と見まがうほどの体躯だが、割と食べる。結構肉が敷き詰められていたプレートは、すでに真っ新になっていた。


 ナナシとショウジももう一度座った。ナナシの隣にはソラがいる。ショウジはその向かい側だ。指定席だ。もう座る場所が決まってしまっているのだ。


「ごちそうさま」

「お粗末様」


 ナナシが作った訳じゃないが。


「……さて、ソラ。大事な話がある」

「え、何……?」


 不安げな目で見上げてくる。いや、まぁ、そこまでの事じゃないんだが。


「あの、洗い物手伝ってほしいなって……」


 ショウジが恨めしげな眼で見てきた。おいおい、話が違うぜ、ナナシさんよォ。そいつに全部やらせんじゃねーのかよ。て言う目だ。じゃあお前が言え、アホアホ。お前なら言うだろうけど。


 ソラは台所を見たが、その瞬間気まずい顔になった。なんだ。


「あの……。申し訳ないんですけど……」

「え、駄目……? 肌弱くて洗剤が駄目だとか?」

「そうじゃなくて。――届かないと思うんです。シンクに手が……」


 ガツーンと頭を殴られた。殴られてないよ。そんな感じのショック? 台所まで手が届かないって何? でも見た目そんな感じがする。精一杯手を伸ばしても蛇口に手が届きそうにない。背伸びして手を目一杯伸ばすソラが余裕で想像できた。


 ショウジもこれには何も言わない。苦笑いだ。というより、嘲笑に近い。とどかねーのかよ。みたいな。表情が暗くなる。ナナシも落胆した。


「……ごめんなさい。ソラ小さくて……」

「いや、別に、それも個性? だし?」


 それフォローなの? 分からない。本人は完全に気にしている。話題を逸らそう。


「な、なら、他にもやってほしい事があるんだけど」

「それ、ソラにもできますか……?」


 完全に疑われている。でも出来る。難しい事じゃない。

 

「お金を稼ぐための準備? みたいな? ちょっと訓練を受けて欲しいかなーって」

「はぁ……。そうですか……。まぁ、やりますけど……。それくらいなら」


 ショウジは興味なさそうに、机にうつぶせになっている。ナナシとソラはパソコンの前まで移動した。


「簡単に言うと殺し合いをするんだけど」

「……はい? 何て……?」

「殺し合い」

「もう一度」

「殺し合い」

「はぅ……」


 ソラは立ちくらみしたようだ。「うぅ……覚悟してたけど、現実を突き付けられた……」ソラは呟き、ナナシが座っている椅子をガッチリつかんで、体勢を立て直した。「ぐっ……ソラは、何をすれば……?」

 

 それでもやる気はあるようだ。

 ナナシは若干考えるが、すぐに答えが出た。後衛だ。それしかない。ソラは小さすぎる。前に出す事なんて無理だ。


「魔法使い」

「ま、魔法ですと……!?」


 ソラが画面に食いつく。「魔法、魔法。それは人類の夢……!?」ソラは魔法使いに指をさす。「これでいいです。早速ソラは魔法使いになって、ぎゅいぎゅい言わせることにします」ソラはすぐに魔法使いになろうした。金を払い、出現した訓練場の扉の中に入っていった。


「しばしお待ち。ソラは魔法少女になってきます」


 バタンと扉が閉まった。これでまた数時間は戻ってこない。


 大部屋にはナナシとショウジしかいない。ショウジはいびきをかいている。

 わざとらしく大きめの音だ。


 ナナシはショウジの頭を掴んだ。


「狸寝入りはやめろ。洗い物するぞ」ナナシはショウジを引っ張る。

「……最悪」


 ナナシだって嫌だ。面倒だ。

 やらないと波風が立つ。そっちの方が面倒だ。

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