環の場合 8
昼の会話の無さはなんだったのかというくらい、龍との会話がはずんだ。はずんだ、と言っても、環がしゃべって、龍が時折り相槌をうつくらいのものだが、それでも、全然違う。明らかに、龍の緊張が消えていたのだ。
環は、内心のドキドキを押し隠して思いついたことを話した。学校でのこと、八重とのこと、家族のこと、母がいたころの思い出話。それらに龍が笑顔を見せることが、とても嬉しかった。
(どうしちゃったんだろう、私…)
龍の口から、その気持ちを聴きたいと思ったのは、本当のこと。八重から示唆されて思い当たる節があることに気付いた環ではあったが、それでも憶測などではなく、ちゃんと気持ちを聴きたいと思っていた。
でも、その先のことは考えていなかった。
もし、龍が気持ちを言葉にしたとして、自分はどう思うのだろう。どう感じるのだろう。
――昼は、どうしてあんなに普通にしていられたんだろう。
環は空いている左手でそっと頬を押さえた。
自分の心の動きが判らなくて困惑しながらも、ゆっくり隣を歩いてくれる龍の存在が嬉しい。風よけに右側に立っていた龍は、道を引き返すと今度は自転車を左側に持ち、環の左側を歩いた。その気遣いも嬉しい。
「どうした?」
いきなり黙って、左頬を押さえている環に気付き、龍が聞いてきた。
「あ、う、ううん」
環は慌てて首を振る。
さっきから何故か龍のそばにいることでドキドキしている、なんて言えるわけがない。
だって、環にはそのドキドキの理由が判ってないから。
そんなことを考えたら、顔が熱くなった。耳まで熱い。きっと、赤くなっているはずだ。
早く何かを応えなくちゃと思いつつ、どう応えたら良いかが判らず、環は迷う。
頭の中を高速回転させてしばらく迷って、環は小さく頷いた。
うだうだ悩むのは性に合わない。
「……うん」
龍がかすかに首を傾げて先を促した。
「今、考えてるところ。ちゃんと答えが出たら、龍ちゃん、聞いて?」
とりあえずこの場は、一旦気持ちを切り替えよう。そう考えて、提案をした。
けれども、顔の熱さはまったく引かない。龍が見ている自分の顔が真っ赤だと思うと、さらに熱が顔に集まるような気がしてくるのだった。
「……いいけど」
「うん。ありがとう!」
心なしか龍の顔も赤くなっているように見えて、もしかして龍ちゃんも同じなのかなと、環は考えた。