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鉄子のおねだり

 田崎家のリビングには、冬にはコタツが出る。エアコンも使うこともあるが、基本的にコタツだけだ。

 ちなみに、キッチンでは石油ストーブがお湯を沸かしている。リビングとキッチンの間のドアは開けっぱなしになっていることがほとんどなので、このストーブがリビングも温めているのだ。

 今日もはるかはコタツに当たって本を読んでいた。座椅子の背もたれに背中を預け、読書三昧の幸せな日だ。冬休みに入ってから、こんな日々を満喫している。

 おまけに、今日は台所ではまどかがごそごそと何かを作っている。円の性格からして、家族用を作らないわけがない。お茶時間は期待しても良いらしい。

 チラリと時計に目をやると、午後三時半。そろそろ鉄子の散歩に行ってもいい時間だ。が、なんとなく道路が湿ってるっぽい気配がある。散歩は止めにしてもいい道路状況かもしれない、と思うと、このままコタツに当たって本を読んでいたい気もしてくる。

(昨日も一昨日も散歩行ったしなー)

 鉄子の散歩は、雨の降っていない時しかしない。もう少し詳しく言えば、道路が濡れていない日にしかしない。排泄は室内でできるからわざわざ散歩で用を足す必要がないためと、散歩に行かない日には室内でゲームなどをしてなにがしかのコミュニケーションの時間を作っているからだ。

たまきが帰ってきたら散歩に行ってくれるんだけどなー)

 みんなの兄であり犬の味方である悠にもどうにも面倒で仕方ないこともあるのだ。

 悠は再び時計に目をやる。

 行くなら今だ。立つなら今だ。だが、面倒くさい。

(うーん)

 と、チャカチャカというリズミカルな爪の音を響かせて、鉄子がやってきた。

 悠の脇からぬうっと顔を出す。

「ん? なんだい?」

 判っててすっとぼけた声をかける。この時点で本日の散歩は取りやめにすることが決定した。もう三十分ほど本を読んで、その後で宝探しゲームをしようと決めた。

 鉄子は鼻先を悠の頬に近づけ、ふんふんと鼻息を吹きかけた。あきらかに散歩の催促だ。

(……道路は大丈夫なのか…)

 何故か外に出てもいないのに、鉄子は路面状況を正確に把握しているのだ。

 だが、もう決めた。今日は散歩に行かない。

 悠は心の中で改めて決意する。

 と、鉄子が悠の膝の上に乗ってきた。足元を確認しながら、両前足を悠の左膝に、両後ろ足を右膝に乗せて、上手にバランスをとって、顔を向けてくる。

 悠は思わず鉄子と見つめあった。

(………)

 しばらく見つめ合ったあと、無言で視線を反らし、本を再び読み始めた。

 悠の膝の上はどうにもバランスが取りにくいらしく、微妙に体が揺れていて、足にかかる体重もなかなか安定しない。それでも、無視することは決定だ。

 鉄子は、よろよろと、膝の上から落ちないように方向転換して、そのままフセの姿勢になろうとしていた。

(…がんばるなぁ…)

 実のところ、既に本の内容は頭に入っていない。

 鉄子は膝の巾より体が長いため、どうしても前足を落とさないとフセが出来ないのが気に入らないらしい。なかなか静止できないでいた。

 とうとう鉄子は、一旦膝から降りて再度乗り直した。そして今度は向きを変えずにフセようとする。もちろんその前に、じっと悠を見るくだりは忘れていない。

 だが、やはり上手く座れなかったらしい。再び立ち上がり、膝に乗り直した。そして、座った。どうやらフセは諦めたらしい。

 その姿勢のまま、悠をじっと見る。悠は、気付かないふり、本を読むふりをする。心の中では、鉄子がちゃんと座れるように応援する気持ちと、努力に免じて散歩に行こうかという気持ちが闘っていた。

 鉄子は前足をそろそろ前方にずらして、フセの姿勢になった。ようやく本人としても落ち着けたらしい。だが、悠は既に本の内容が頭に入らなくなっていた。

「ただいまー」

 救いの女神・環が帰ってきた。

 軽い足音がして、リビングの入口のところで止まる。

「悠ちゃん、鉄子が散歩に行こうって言ってるよ」

 どこか冷めた口調で、妹は鉄子の言葉を翻訳した。そんなことはいちいち訳されなくても判っていることだが、ここまでのやり取りを見ていないのにすぐさま判るあたりがさすがだ。

 鉄子も、環の登場に味方を得た気持ちなのだろう。再び視線で攻撃してくる。

「……環、行く気ない?」

「鉄子は、悠ちゃんと行きたいって言ってるよ」

 完璧に冷めた口調で、環は言った。悠が悪い癖を出していることに気付いているのだろう。

 悠は鉄子と視線を合わせた。ほとんど意味のない見つめ合う時間が流れる。

 鉄子が催促するように小さく身じろいだ。

 悠はため息をついた。

「鉄子、散歩行こうか」

 そう言った瞬間、鉄子は立ち上がって、ジャンプするように膝から降りた。数歩歩いて振り返ってまた見つてくる。

 一度行くと言った手前、今さら行かないとは言えない。悠はよっこらしょ、と立ち上がった。

「鉄子、良かったねー」

 環に声をかけられると、軽くしっぽを揺らしてから、また数歩あるいて振り返る。

 じっと見つめる目は、悠の行動を疑っている。

「じゃあ、行ってくるか」

 その行動に思わず苦笑を漏らした。

「鉄子、ちょっと待ってて。上着を取ってくるから」

 言い置いて自室へ向かう。こんなことになるなら、とっとと行動していればよかったと思いながら。


END

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