環の場合 10
「環、遅すぎだよね?」
リビングで本を読んでいた悠がふっと気付いたように時計を見て言った。
気が付けば、環を外に追い出してから一時間以上経っている。
夕飯の準備もほぼ終わり、あとは円がケーキを仕上げ、環と鉄子が帰ってくれば、いつでも食事を始められる。
「……あ、今思い出した、あいつむちゃくちゃ寒そうな格好してなかった?」
悠に言われて、円は泡立て器から手を放して携帯電話を片手ベランダ側の窓へと向かう。おそらく川沿いの道に行ったのだろうと勝手に推測し、姿がないか確認をしに行ったのだ。
「……あらら」
窓から見える景色に円は思わず声を漏らした。
「んー?」
その声を耳にし、悠が立ち上がってそばにやってきた。
円は背後にやってきた兄を振り返り場所を譲る。
「?」
親指で窓の外を示す円に、悠は小さく首を傾げつつ、窓の外を覗き、「あらら」と、同じように声を漏らした。
窓から見える通りの三叉路で、環と龍が話をしている。龍は自転車にまたがり、環はフセの体勢になっている鉄子を足元に従えてそんな龍を見上げている。表情までは見えないが、ずいぶんと親しげな様子だ。
「なかなか、有言実行だね」
「というか、環がさ」
円は苦笑する。
龍と環はそれなりに仲が良い。兄の友人ではあるが、環自身の友人でもある。だが、今の雰囲気はそれまでの仲の良さとはちょっと違うように見えるのだ。
「何かあったのかね」
円は壁に寄り掛かって腕組みをして天井を見上げた。
「さあねえ」
悠は窓から目を放し、笑う。
「悠ちゃん、すっごい楽しそうなんだけど?」
「そうか?」
言いながら、悠も携帯電話を取り出した。
「あんな格好のままじゃ風邪ひくからね。そろそろ戻らせよう」
「………にーちゃん?」
やけに楽しそうな様子に、円の頭をイヤな予感がよぎる。
「うんー? なんだい、オトウトよ」
「もしかして、邪魔しようってんじゃ…」
「まさか! 妹の健康を心配してるだけだって」
言いながらも、鼻歌でも歌うような様子で携帯電話をいじり、耳にあてる。
(……父さんよりこっちのほうが問題だったのか…)
「あ、環? 今どこだ?」
窓の外のことなど気付いてないといった調子で妹に話しかける兄を見ながら、円は小さくため息をついたのだった。
―END―
とりあえず、環の話はこれで終わり。
こんな調子で、なんとなーく、田崎一家の話をつづっていきます。