環の場合 1
十二月二十四日、いわゆるクリスマスイブの午後、環は通りを行く人々を眺めていた。
(みんな元気だなー)
十七歳の女子高生としてはいささか若さのないようなことを考えつつ見ているのは、はずむような足取りのカップルたちだ。普段よりもこころもち華やいだ装いの彼氏彼女やその他たちを見ながら、半ば感心するようにため息をつく。
待ち合わせの時間まであと五分。相手は、次兄の円だ。その事実を彼女は別に寂しいとは思わないが、街を行く人々のカップル率が高いのは羨ましいと思う。一応十七歳の微妙な年頃なのだ。
(円ちゃんにしては遅いなー)
環自身早く到着したように、円も待ち合わせ時間には早めに到着する。映画の時間に余裕はあるとしても、何かあったのではないかと心配になる。肩から掛けたカバンを開けて、携帯電話をごそごそと探した。
環は、なかなかの美少女だ。可愛いというよりは美人タイプ。髪は黒色のストレートで結ばずに肩に垂らしている。本人は気付いていないが、彼女自身も通りすがりの人たちからチラチラと見られていた。
見られている理由はもう一つ。コートにマフラーといういでたちだが、丈の短いコートの裾から出ているのはミニスカートの裾と黒いタイツの脚だ。そのグリーンのミニスカートが時折冷たい風で揺れて捲れるのだ。
携帯電話を探すまでは、環自身も少しは気にして、片手で押さえるようにしていたが、なかなか見つからない携帯電話をごそごそしているうちにその手が外れてしまった。そしてその時、風が吹き、通りすがる人々……主に男たちの視線が集まり……
「わー」
どこからか駆けてきた少年が、環の風上に立った。スカートはかすかに揺れたが、それだけだった。道行く人々が小さく舌打ちをしたのは、とりあえず二人には聞こえなかったらしい。
「あれ? 龍ちゃん。どうしたの?」
「どうもこうも、なんでそんな短いもの穿いてんだよっ」
龍と呼ばれた少年は真っ赤な顔のまま、ぜーぜー言っている。
「えー? せっかくのクリスマスイブのおでかけだから? 円ちゃんと一緒だし」
とかなんとか答えながらも、風で捲れる件だと気付いて携帯電話をカバンの中に戻してスカートを押さえる。
「でも、ちょっと寒いかなーと後悔してるところ」
「寒さだけの問題じゃないだろ?」
「まあ、タイツも穿いてるし? 気にしない気にしない」
あはははーとお気楽に笑う。
「俺が気にする」
「え?」
「え?」
訊き返してきた環に龍も聞き返し、両の手を環の顔の前で振った。
「いや……あ、そう! 円が急用で来られなくなったって」
環は龍の言葉にきょとんとした。
(来られないなら、ケータイに電話くれたらいいのに。メールでもいいし。龍ちゃんがわざわざ来る必要ないよねえ)
「で!」
きょとんとした環に龍はさらに慌てて言を継いだ。
「連絡がてら暇なら一緒に行ってくればって、円が言うからさ」
「……円ちゃんが?」
理由をきけば納得できなくはない。が、それにしても電話とかメールをよこさなかった理由が思い浮かばない。
そもそも映画に誘ってきたのは円だ。映画館のポイントが溜まって一人分が無料で観られるから、割り勘で観に行こうと言い出したのは数日前のこと。丁度、二人で観たいと盛り上がっていたアクションものの洋画があったので、それに決め、互いに午前中は予定があったので待ち合わせをすることにした。クリスマスイブになったのは消去法の結果だ。
携帯電話などない時代ならいざしらず、断りの電話なりメールなり事前に入れられるだろう。そんな思いで龍を見つめる。
龍は円の同級生で友人だ。小学校時代から家族ぐるみのつきあいで、環とも幼馴染の関係で、彼女自身の友人でもある。
「これ」
龍は、うなずいてカバンの中から財布を取り出し、円から渡されたポイントカードを差し出した。受け取って裏返せば、確かに兄の名前が、彼の筆跡で書かれている。
「んー」
問題はそこではない。と思いつつ、なんだか必死な顔の龍を見て、環は追及の矛先を彼に向けることはやめることにした。親友の言葉がよぎったのだ。
「判った。じゃあ行こうか」
「え?」
信じられないというように目を見開いた龍を置いて歩きだす。ちょっと振り返って映画のタイトルを告げた。
「龍ちゃんも好きだよね?」
「え? ……ああ、うん」
「じゃあ、行こう」
軽く首を傾けて微笑む。
「多分、時間があるから軽くご飯が食べられるよ。急ごう!」
「……」
こくこくと頷いて、龍はふらふらと環の後をついて歩きだした。