第一話
失うことを恐れ、得ることに怯える。
失うことは怖いこと?
失うことは辛いこと?
失ったものは、元には戻らない。
だったら失った分だけ得ればいい。
私が────────。
私がその傷を埋めてあげるから。
「行ってきます。」
ドアをゆっくりと開けて誰もいないことを確認すると、勢いよく家を飛び出した。
早朝のさわやかな空気が彼女の頬を優しく撫でてゆく。
静かな道に彼女の足音が小さくこだましている。
あまり派手ではない、黒い制服が歩くたびにひらひらと揺れていた。
15分ほど歩くとあんなに静かで車一台通らない通りに町の音が聞こえてきた。
すぐ彼女の視界は開け、大きなビル、右左に歩いてゆくたくさんの人々びゅんびゅん通り過ぎる車が目に映る。彼女は涼しい顔でそれを見やると、くるりと方向を変え青になったばっかりの信号を渡って行った。
───*───*───*───
校内に鐘の音が響き渡る。多くの生徒がざわめく教室。その一角にあるテレビに、妙にがたいのいい男性が映し出された。大柄なその男性は、我らが海王中学校の学校長である・・・・一応。見た目的には若く見えるが本当の年齢は50才前後であろう。どうでもいいが、若いころは体育の先生をしていたらしい。
「えー皆さんこれから始業式を行う。各生徒黒板に書いてあるように出席番号順で着席してくれ。」マイクを通して聞こえた声どおり各自席に着き次の指示が出るのを待っている。クラス替え初日とはいつになっても緊張するものだ。彼女───日野夏も例外ではない。新しい教室。新しい同胞・・・すべてを一周ぐるりと見やり小さくため息をついた。つまらぬ話を聞いている時間があるのなら少しでも勉強した方がいい。彼女は鞄から教科書を取りだすと、数学の問題を解き始めた。「えー新学期が始まりましたね。春休みを終え皆さん無事に登校出来たのも~・・・・。」・・・よくつらつらとあたりまえのことを述べられるものだ。赤茶色の瞳でちらりと画面を見、夏は思った。教室の中は静まり返っていて物音ひとつ聞こえない。かといって大男・・・・あ、いや。学校長の話をまじめに聞いてるやつなど指で数えられるほどしかいないだろう。
────ようやく15分間つらつらとしゃべり終えると、学校長は礼をし画面から去って行った・・・。
・・・・・と思いきや10秒もしないうちに画面に戻ってきた。
皆が一斉にため息をつく。学校長は再びマイクを手に取るとこう告げた。
「えーっと、今日から我海王中学校にやってきた転入性を紹介する。」
画面端からすすーっと、黒い髪の男の子が入ってきた。制服は夏たちと同じ海王中学校野制服を着用している。ネクタイの色は・・・赤。ということは3年生だ。当校は、ネクタイの色が学年によって異なる。3年は赤。2年は緑。1年は黄。どのネクタイの色も、黒っぽい制服に合うように暗めで落ち着いた色になっている。
「3年C組に入ることになった歌月夕君だ。C組以外の3年生も仲良くしてな。」
C組・・・・。夏たちのクラスは大きくざわめいた。嫌な予感がして夏はぽっかりと空いた隣の席を見る。今日二度目のため息をつき再び問題集に目を向けた。集中できない。画面に映っている漆黒の目をもった少年・・・・・とっても気になる。
「では歌月君一言挨拶をお願いします。」
「・・・・。」
学校長が自分の持っていたマイクを向けるが、少年は黙ったままうつむいている。不思議な子だなぁ・・・とクラスの誰もが思った事だろう。学校長はうろたえ、考えた末こう言った。
「あ、あぁ・・・えーっと、恥ずかしいようですね・・・・・・うん・・・・・・はい。で、ではこれにて始業式を終わります。担任の先生がお見えになるまで席を立たず、静かに待っていてくださいね。」
あ、逃げたな。学園長がお辞儀をする。その横で真黒な髪の少年…歌月夕が小さく頭を下げた。画面が真っ暗になり生徒たちが再びざわめき始める。
歌月夕・・・・・・・・・・・・・・夏は消えた画面をしばし見詰め。首を振ると机に視線を落とした。
そしてまた、新学期を告げるチャイムが鳴り響いた。
★ ☆ ★
朝のHRが始まった。毎年この時間に新しい担任がクラスに紹介される。そして今年も・・・。木製で細かい彫刻が施されているドアが音もなく開く。皆の顔が緊張に染まって、クラスの空気が張り詰めた。こつこつと音を立てながら入ってくる教師。夏はクラスに入ってきた教師の顔に見覚えがなかった。こんな先生この学校にいただろうか?この学校はエリート校だし、生徒数も多いのでもちろん教師数も半端じゃない。有り余るほどの教師がいる中でひとりひとりの顔と名前を覚えるなんて不可能だ。そのなかの一人・・・らしいが。
「皆さまこんにちは。今日からこのクラスを担当させていただきます。白田麗と申します。あ、”白田”は、”しろた”ではなく。”はくた”と読みます。3年生なのであと1年で卒業。それまでにいい思い出を残しましょうね。宜しくお願いします。」
黒ぶち眼鏡に、黒い目。さらにさらに真っ黒の髪。スーツまで真っ黒だった。第一印象すっごく怖そうなんだけど。如何にも「私真面目です」って感じ。白田は軽く一礼すると先ほど入ってきたドアに視線を向けた。
「えっと、次に朝礼でも紹介されましたが転入性を紹介します。歌月君、中へどうぞ。」
無表情で先生は告げる。すると、さっきの少年がテレビからそっくりそのまま出てきた。教机に付くと彼は華麗にお辞儀をした。よくよく見ると、綺麗な漆黒の目。鼻筋も追っているしとてもかっこいい。そんなことを考えているとそうそう、クラスの女子のひそひそ話が聞こえてきた。
「では歌月君の紹介をします。歌月君は父の仕事の関係でこちらに来たそうです。今は・・・・・」
そういって白田は歌月の説明を始めた。その間にも歌月はピクリとも動かずにただ何処を見つめるわけでもなく黙っている。先ほどの朝礼でも一言も発していない彼に疑問を感じたが、だまって白田の説明を聞いた。
「・・・・・前の学校は東晴中学校。部活は合唱部。賞もたくさんもらっていてとても活躍していたようですね。」
「!?」
今何と・・・。東晴って・・・・。そう。東晴中学校はうちらの学校よりも頭がよくって全国でもトップクラスの中学校。合唱も盛んでこちらもまたまた1、2位を争ってる。全国大会に出るのは当たり前だし、去年もまた全国1位に輝いたそうな。比べて私たちの学校はどうでしょう?去年まさかの都大会落ち。昔は全国でもトップを争うほどの上手さだったらしいけど、さすがに都大会落ちは厳しい。まぁそれもあってか、不思議なほどにどんどん部員が少なくなってく様。あっという間に廃部寸前。今年は危ないって言われてたけど、何とか頼んで廃部取り消しにしてもらったの。あ、一応私部長ですから。まぁ6人の中の一人だけど。私は姿勢を正した。なんだか気持ちが高ぶってる。こんな気持ち久しぶりかもしれない。
「では、歌月君あの開いている席に座ってくださいね。」
といって白田は夏の隣の席を指さした。
黙ってうなずき歌月は夏の隣の席へと腰を下ろした。
私はこの時必ず歌月を合唱部に入らせる。
心の中で勝手にそう決めたのだった。
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