第二話〜身勝手〜
『お、おい…その目』
「…あ!!」
愛は慌てて人間の姿に戻り、作り笑顔で微笑む。
「見られちゃったね…譲君は怒りの感情が溢れると、私は悲しみの感情が溢れると赤くなるの…」
『…そうか』
「…って、私はこんな事言いに来たんじゃなくて!……なに笑ってんのよ」
いつの間にか俺は笑っていたようだ。
『別に、ただ嬉しくって』
「…嬉しい?」
『あぁ、今まで辛かった。あんただってそうだろ?天使だろうと人間だろうと…一人は淋しいょな』
「そうね、だから私はあなたを助けに…」
『あんたが俺を助けたらどうなる?俺は救われるのか?一人じゃなくなるのか?』
「そうさせてみせる…!」
『あんたは…?』
「…え?」
『天界に帰るのか?』
「もちろん。仕事が終われば私の役目は終わる。譲君の私に関する記憶も消させてもらうわ」
『それじゃあんたは救われない。あんたはこの仕事が終わればまた一人になっちまう』
俺の言葉に愛は呆気をとっている。
「…フフ、珍しい人間ね。大丈夫。譲君より不幸な人はまだたくさんいるの。次の仕事が始まれば…」
『いつ終わる…?』
「だから、譲君が救われれば…」
『そうじゃない。あんたの悲しみゎいつ終わるんだ?』
「終わらなくても…仕事だから…」
』
愛の目はまた赤くなっていたが、俺はあえて触れなかった。
『そうか…、じゃあそろそろその仕事という内容を聞こうか』
「うん。まず、譲君には生まれ変わってもらうわ」
『生まれ変わる…?』
「えぇ、一度くらい何かになりたい。って思ったコトくらいあるでしょ?」
そりゃあ、鳥になって飛びたい…とか、まぁ思った事はある。
『記憶はどうなる?俺は昔人間だった…なんて記憶は残るのか?』
「最初は残るわ。シュミレーション期間は一週間。それで生涯この姿で生きると決めたら、譲君の人間としての記憶は消える。嫌ならまた変わる。でも、同じ物に二回なれないから気をつけてね」
『なるほど…』
「たとえシュミレーション期間でもその間に命を絶つかもしれないからね」
『あんたはその間どこにいる?』
愛は少し黙る。
「そのあんたってのはやめなさい。愛って呼んでよね」
『…分かった。愛はどこにいる?』
「天界から譲君を見守ってるわ。譲君がきてほしいタイミングでまた現れる」
大体話はつかめたな。
用は俺にとって、今のこの生活を変えるチャンスなんだ。
「さぁ、何になりたいか考えておいて。三日後の三時にまたこの場所で会いましょう」
愛はそう言い残すと空高く飛んでいった。
残された俺はまだその場に立ち尽くした。頭の中ゎ何になるかよりも、今起きた事態が夢じゃないか確認する。
なんか今日は色々あったな。
辺りは日も沈み、うっすら暗くなっていた。
『今日はもう寝るか』
俺は家…というよりも施設に帰り、部屋で眠りについた。
ーーーーーー。
朝、目が覚めると時計の針は信じ難い事になっていた。
何になろう…
そう考えただけで悩み、あまり眠れなかった。
『もう…人間は嫌だな』
人間は嘘をつく。自分が有利な様に。
それに身勝手だ。信用の場所がない。
信じれば利用される人間はもうゴメンだ。
動物になろうか…。
動物は自由だ。学校も仕事もない。群れを作るが、人間とは違う協力性を感じる。
『あ…しまった。肝心な事を聞くのを忘れた』
俺が聞き忘れた事…それは生まれ変わっても目は赤くなってしまうのかだ…。それが分からなくては、生物に生まれ変わるのは考えものだ。
『まぁ、今度でいいか』
〜三日後〜
「こんにちは」
『ウッス、時間通りだな』
「フフッ、今回はあいさつしてくれたね」
『まぁ、愛には世話になりそうだしな』
仲間…と呼べるのが天使だっていい。ただ、愛と話すのが楽しみだった…なんて口が裂けても言えないな。
「じゃあ改めて聞くね…何になりたい?」
『その前に一つ…俺の目はどうなる?』
「…それは分からない」
予想外の答えが返ってきた。
『ちょっと待てよ!前の仕事で俺みたいな奴はいなかったのか?』
「…いたわよ」
…あ、愛の目が赤くなってる?
『じゃあ、そいつはどうなった?』
聞いちゃいけないと思ったけど、聞かずにはいられなかった。
「死んだ。正確には、殺した」
『…なぜ?』
「譲君はラッキーなの。赤い目を持つ人間は殺さなくてはならないのが天界の決まり。でも、これからは生まれ変わればどうか?って事になったの」
つまり、俺は神様の実験台ってわけか。それになんか…天使って悪魔みたいだな。そりゃそうか、天使のイメージは俺達が勝手に作ったものなんだからな。
「…さぁ、どうする?」
俺は深く息を吸い込んだ。
『…鳥になりたい』
「分かった」
愛があきらかに日本語でも外来語でもない言葉を放つ。おそらくこれが呪文というやつだろう。
愛が両手を俺の方に向けると、目も眩む程まぶしい光に包まれた。
『…ぅ』
別に痛みなどはない。ただ、不思議な気持ち。
フッと体が楽になった。ギリギリで目を開くと俺の体が目の前にあり、徐々に体から離れ、俺は意識を失った。
ーーーーーー。
目を開くと目の前は真っ青に白い雲…ここは空だ。
『飛んでる!…スゲェ!』
「どう?一週間以内に答えを出してね。じゃないとずっとこのままの姿になるからね。それから、死なないように!」
『分かった。しばらく慣れるために飛んでみるよ』
黒い翼、黒い体。しゃべろうと声を出すとカァーという泣き声。俺はカラスになっている。
これでもう俺は人間ではないし、人間としゃべる事もできなくなった。
愛は天使だからきっと言葉が通じたんだな。
『おぉー、なんか気持ちいいなぁ。ハハハ、人間があんなにちっちゃいや』
するとカラスの群れがやってきた。俺もそこに加わる事にした。
そっか、食べ物を取りに行くんだな…って、ゴミ箱ーーー!?
集団は家庭ゴミを出す場所に群がり、食べ物を探している。
『こんなん食えるのか?』
ぐちゃぐちゃになった家庭ゴミ。なんとか食べられそうな物は…
〜バササッ〜
何を思ったか、一斉に逃げ出すカラス達。俺は訳も分からずア然としていた。
が、次の瞬間…
〜ドゴッ!!〜
鈍い音と共に激しい痛みが頭に走る。
……ほうき、…人間?
「またこのカラス共はゴミ荒らして!」
薄れゆく意識の中で覚えているのは人間にほうきで殴られた事。
そうか…。忘れてたぜ…。
人間は身勝手なんだ…。
人間ゎ動物を平気で殺しているが罪に問われない奴がほとんどだ。
大袈裟な話、悪人を裁くものだって…動物からすれば罪人なんだ。
動物の肉を食ってるからだ。
なのに、人間ゎ【生きるためだ】だからしょうがないって言うんだ。
今、人間を客観視して分かった。
動物は人間に逆らえなぃ。
たとえ…生きるためでも…
許されないのだ。
『う…あ…』
まだ…生きてる。助かるか…?
「ホント気味悪いカラスだこと…!」
ほうきを手に持ったおばちゃんが俺に制裁を食らわした後、散ったゴミの片付けをする。
「おーい、カラスが道端で死んでるぞぉ〜!」
「あ…生きてる!殺せ殺せ!」
くそ、近所の餓鬼どもか…。死にかけた俺をエアガンで狙っている。
ちくしょう、もうダメか?
なぜ助けない…?
俺がカラスだからか…?
人間じゃないからか…?
これじゃあ何も変わってないじゃん。
人間は…身勝手だ…。