吸血鬼のゆううつ
『吸血鬼のゆううつ』は現代ファンタジーです。
大ジャンル、小ジャンルに合うものがなかったので、ここに書いておきます。
ぜひ、最後まで読んでください。
地面に染み込む鮮血が、点々と俺を導いている。
ここ数ヶ月で確認できているだけでも12件の『連続女性吸血事件?』が巷で噂になっているため、パトロールを強化しろとの上からのお達しで、早朝の暗いうちから巡回していた。
『そういうことだから、行ってこい』の一言で、配属したての新米の俺は意味もなくブラブラと巡回していたわけだが、第一の事件現場とされている公園で飛散し、そこから点々と移動する血痕を発見した。
いま、それを辿っている。
なにか嫌な予感がする。ひとまず応援を呼ぶのはやめよう。
『連続女性吸血事件?』は半年前の早朝、この公園のベンチで意識を失った女性が発見されたのが……まあ、始まりなんだが──。
それを含めたこれまでの被害女性全員に共通していることが3つある。
1つは女性が目を覚ますと『大丈夫です。なんでもありません』と言ってその場を立ち去っていること。
中には病院で検査を受けた女性もいたが、軽い貧血だと診断されている。
2つ目は首筋に残された小さな2つの穴だ。
映画や小説に出てくる吸血鬼に噛まれた時のそれだ。
そして3つ目が、誰も被害届を出していない。
『連続女性吸血事件?』は本来、事件にすらなっていない。
だが、いま追っているこれは違う。事件性があるとみていい。
喧嘩かなにか、怪我をして治療のために移動していたとしても、止血はするだろう。
止血する暇もなく逃げているのではないだろうか。
血痕が鮮血で凝固していないことから、それほど時間は経っていない。
現場には少量の血液は飛散していたが、血溜まりはなかった。
周辺で騒ぎは起きていないし、無線に事件や事故の一報もない。逃げ続けているのならば、怪我を負ったのは足ではない、致命傷ではない、と思われる。
しかしこれは良い方に推測しているだけだ。もうけっこうな距離を辿ってきている。
気がつけばもう空はうっすらと明るくなっていた。
6時半過ぎか。急がなければ。
しかし──、途中で何回か血痕は途絶えたものの、周辺を探すとすぐに見つけることができ、どうにか見失わずに辿ってこれたが、商店街に行き着いたところでそれは終わった。
「おー、すまんすまんお巡りさん。かからなかったか? そんな路地から突然出てくるとは思わなかった」
「……それは大丈夫です。おはようございます」
この制服を見れば一目でわかるだろうが、俺は警察手帳を見せた。
「お聞きしたいんですが、その水撒きをしていたのは何時ぐらいからですか? ずいぶん早いですね」
「ん? んー、10分、15分くらい前か? 一度起きちまったら寝れなくなっちまったから、ついでに掃除でもするか、てね」
血痕らしき跡は見当たらない。店主の水撒きで流されてしまっている。
「なにか、普段と変わったことはありませんでしたか? 慌てて走っている人を見かけたとか、なにか、音や声がしたとか」
「人っ子1人見ねぇな。ここは駅から少し離れてるシャッター通りだ。お巡りさんなら知ってんだろ。通勤の奴らもほとんどこっちは通らねぇよ。ただ、音はしたな。それで飛び起きちまったんだからよ。外に出てみれば、うちの掃除用具を派手に突散らかしたみてぇで。だからついでに掃除でもすっか、てね」
「そうですか! 掃除用具を。声は? 争うような声は聞きませんでしたか?」
「いや、聞かねえな。なんだ? 事件でもあったんか?」
「……いいえ、ありがとうございました」
急げ、考えろ。きっとまだ逃げているんだ。気づいてほしくて音を立てたのではないか? しかし、なぜ助けを呼ばない? なぜ叫ばない?
この時間ならもう、駅へ向かう人たちがいるはずだ。
致命傷ではなくても衣服は赤く染まっているはず。
大通りには出ていない? それならこの商店街のどこか、建物に逃げ込んだのでは?
よく探せ! 見ろ! どこか──! 右手向かいのスーパー。
「あの、スーパーは……?」
「ん? ああ、とっくに潰れちまってるよ。お巡りさんはこの前来なかったのか? 悪ガキどもがシャッターぶっ壊して侵入して大騒ぎに──あ、おい、ちょっと」
近づけば、壊されたシャッターの隙間を塞いでいたテープが引きちぎられている。
間違いない。ここだ!
店内は真っ暗だった。しかし、そんなのは関係ない。
一階にはいない──そこで、階段の上り口のステップに血痕を見つけた。
そして2階の家具売り場で、2人を見つけた。
「ち、近寄るな、こいつを殺すぞ」
俺が入ってきたのに気づいたんだろう。犯人はすでに女性を盾にして、人質を取っている体勢だった。
ライトを片手に女性の腹に手を回して、もう一方はナイフを頬に当てていた。
女性は怯えていて、左腕の肩から下が真っ赤に染まっている。俺をここまで導いてくれた出血はいまだに止まっていないようだ。が、瀕死ではない。
ひとまず、良かった──。
一呼吸おいて、犯人と向き合った。犯人はまだ若い男性だ。
「落ち着いて、よく考えるんだ。女性は怪我をしている。でも、怪我をしているだけだ。これ以上傷つければ罪は重くなるし、このままにしていても、出血多量で意識を失う可能性がある。そうなれば、結果は同じだ。すぐに、彼女を離すんだ」
「うう、うるさい。くそっ、くそっ、この女が抵抗するから……逃げ足が早いから、こんなことに、こんなことに」
犯人はブツクサとどうでもいいことを口にして、自らを追い詰めているようだった。
落ち着かせなければ。
「なあ、どうしてまた、こんなことを? 俺が見る限り、きみはそんな悪い人間には見えないんだが。少し、落ち着こう。女性は怯えている。抵抗もしていないじゃないか。泣かせるなんて、かわいそうだろう」
「だから喋るなよ! うるさいんだよ!」
男が一歩、後ずさった。その足に何かが当たり、カランと音を立てた。
なんだ? 何かの缶だ──! 蓋が開いていて4本の注射器が入っているのが見える。
「な、なあ、きみはなんで、こんなことを? その注射器はきみのかい?」
彼は、ナイフを持つ手を振るわせて足元を見た。
「そ、そうだよ。こ、この女の血をもらおうとしたんだよ。もらおうとしただけなんだよ! それ以外は何もする気はなかったんだ。それなのに、この女は説明しても何も言いやがらねえ、首振るだけで答えようともしねぇ、ムカついてナイフを出したら暴れて抵抗しやがったんだ」
何も言わない? もしかして、彼女は口が利けないんじゃないか? 話せないから大声をだして助けを呼べなかった。唯一、掃除用具を使って大きな音を立てたが、男が迫ってきてここへ逃げた。
無性に腹が立ってきた。まずい、今度は俺が落ちつかなければ。
「それで、ナイフで傷つけたんだね。では、なんで血液が欲しかったんだい? たとえばそれをもらえたとして、何をするのかな?」
「な、何もしねぇよ……知ってるだろう? 噂ばなし。吸血鬼が現れたってやつ。実際、血を吸われたみてぇだけどさ、犯人は捕まらねえどころか、警察は探しもしてねぇんだって。ただの噂ばなしだからだろ。それなら俺も同じことしてもいいじゃねぇか」
こいつは……『連続女性吸血事件?』の模倣犯か。
「別に血は、どうでもいいんだけどさ。なんか、興味があってさ」
頭のおかしい、模倣犯だ。
なるほど、よく分かったよ。
これは、許すわけにはいかないな。
「噂ばなしを模倣して、本当に事件を起こしたら、それは立派な罪だよ。同じことをしていいわけないだろう。吸血鬼のせいにすればバレないとでも思ったのか?」
「はあ? 吸血鬼? そんなものいるかよ。でも、罪にはならねぇんだからいいじゃねぇか」
「馬鹿を言うな。吸血鬼は、そうならないようにしているんだよ。生きるために罪は犯さないように必死になって。それを模倣して事件を起こすなんて!」
怒りでバリバリと髪の毛が逆立つ。
「吸血鬼が、犯罪を助長しているみたいじゃないか!」
「な、何言ってんだ、お前……吸血鬼なんか……どうなってんだ、それ?」
怒りに食いしばる歯の犬歯が鋭く尖る。
「吸血鬼が、てめぇみたいのは1番腹が立つってよ!」
「わ、あああ、おまえ、おまえぇ」
「そうだよ。俺がその、吸血鬼だ」
男は恐怖に引きつり、叫び声をあげた。恐怖に取り込まれた人間は呆気ないものだ。
息がかかるほどの至近距離で俺を見た男は、力無く崩れ落ち意識を失った。
震える彼女は、やはり声を出せない人だった。
よく無事でいてくれた。
よく、がんばった。
俺が微笑みかけると、彼女の震えが止まった。
無線を取り出して、この場所と事件を多少、ごまかして報告した。
最初に応援を呼ばなくて良かった。
いま、傷を治してあげる。出血はしていたのだから、吸血の量はさらに気をつけないとな。
そして、俺は彼女を抱き寄せて首筋に牙を当てた。
女性は誰しも、魅了には抵抗できない。
ただ、うっとりとするだけだ。
吸血されているときの、激しい快楽と安らぎを感じて。
……女性はそうらしいが、男の俺はそんなもの感じなかったけど。
応援が来る前に、この男の記憶も壊しておかないとな。
吸血鬼の真似事をしようとするとは。
「おい、起きろ。おい」
顔を叩いて無理やりに起こす。
さて、これから極上の恐怖を与えてやる。
おしまい




