ラウンド19 アンリミテッドコンボ
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「ぐぬぬぬぬぬ……」
歯を喰いしばって必死で全身に力を込める烈華の口から、呻き声が漏れ出していた。
普段の彼女を知る者からすれば想像すらできない形相だ。
「抵抗する女ってのはいいぜ。無理やり心を折るのは気持ちいいんだよなぁ。だけどな? 悲鳴があればもっといい」
この男はとんでもないサディストだと烈華は確信した。
絶対に来栖を喜ばせるようなことはしないと固く心に誓う。
まだだ。
まだ完全に背中が地面に着いた訳ではない。
両足はしっかりと大地を踏みしめている。
空間さえあれば出せる――発勁技。
後は両手……片手だけでも添えるだけ。
『アンリミテッドバトルガール』と化した烈華は、技や必殺技が扱えるようになっただけではない。
体捌き、速度、そして筋力、あらゆる面が著しく強化されている。
「ううううああああああ!!」
気合と共に烈華の脳内で神速の如きコントローラー捌きでコマンドが入力される。
『→溜め ↓溜め ↗ ↑ ↖ ←』
『右掌底』
来栖と地面に挟まれた限られた空間の中で、烈華は地を踏みしめた。
加わるのは回転力、爆発的な瞬発力で腰を回転させて引き絞られた右腕を抉り込むように打つ。
烈華の右掌が来栖の左胸部へ触れる。
『八卦功咆哮掌』
「ッ……!!」
声にならない悲鳴を上げて、2m近い巨躯が吹き飛んだ。
来栖は3m近い高さにまで打ち上げられて、放物線を描いて地面に全身を叩き付けられてしまった。
口からは唾液と泡のようなものを吐き出し白目を剥いている。
「はぁ……はぁ……」
ようやく苦しみから解放された烈華がゆっくりとした動作で立ち上がる。
乱れた髪を整えると、ジャージに着いた土埃を払って大きく深呼吸をしている。
一方で唖然としているのは道藍、大我、魅夜、その他『関東鳳凰会』の面々だ。
武士だけは発勁技を『アンリミテッドバトルガール』で見たことがあるので、胸の前で握り拳を作り歓喜の声を上げていた。
烈華はマウントを取る気はないようで、ただただ自分のコンディションを整えるために時間を使っている。
その様子を見て武士の口から呟きが漏れる。
見た限りではかなりの大技――小柄の少女が大男に押し倒されようとしているところから一撃で吹き飛ばしたのだ。
「完全に決まらなかったってことか……?」
レフリーロボが動く気配はない。
現在、ビッグデータにアクセスして過去の事例を徹底的に洗い出しているところだ。
しばらく倒れたままだった来栖が、ガバッと飛び起きた。
「ぐ……な、何だ? 何が起きた……?」
混乱した様子の来栖だったがしばらくして落ち着いたのか、烈華を睨みつけながらゆっくりと立ち上がる。
「テメー……オレに何しやがった……!」
その怒気を含んだ声からも来栖が激怒していることは間違いない。
烈華はその言葉を聞いて、にこりと微笑むとはっきりとした大声で言い放つ。
「あなたの理解の範疇を超えたことをしたまでよ? 貧弱クソ雑魚ナメクジさん?」
「ああ!? 死んだぞテメーはよぉ!!」
煽りを存分に含んだ強い言葉に、あっさりと引っ掛かった来栖が激昂して烈華へと殴り掛かっていく。
もう彼女の体は微塵も震えていない。
来栖の大振りを半身になって難なく躱すと丹田に『右貫手』を打ち込み、腎臓への『左背面突き』。
「がぁッ……」
あまりの激痛に背中を反らして暴れる来栖を背面から抱き込んだ烈華が強烈な力で締め上げる。
リーチが短いので完全には抱え込めてはいないが、強引に来栖の巨躯を持ち上げた。
そして――『バックドロップ』
何とか体を捻った来栖は肩から落ちるが、すぐに起き上がる。
烈華はそれも想定内。
すぐに左腰を捻り右足を高く蹴り上げて抉り込むような一撃を放つ。
『上段側頭部右蹴り』
完全なタイミングの一撃だったが――悲しいかな烈華の足が短すぎた。
いや、身長が低すぎた。
「あらら……?」
考えられない凡ミスをした烈華の口から、漏れる間の抜けた声。
持ちキャラ目線で考え過ぎた。
自分の身長をすっかり忘れていたうっかり屋さんである。
「うらぁ!!」
来栖は好機とばかりに烈華の顔面目がけて、喧嘩で鍛え上げられてきた硬い右拳を振り下ろす。
それをあっさりと見切り、カウンターの『右正拳突き』が来栖の顔面に綺麗に入った。
再び鼻血を噴出しながら仰け反って動きが止まった一瞬を烈華は見逃さない。
脳内で十字キーを巧みに操り攻撃ボタンを同時押し。
『→ ↗ ↑ ↖ ←』
『中段突き掌底』
来栖を巻き込み、懐に入り込んだ烈華が、一瞬の呼気と共に必殺技を叩き込む。
重心を落とした烈華が足元から回転の力を上体に伝え左の掌を丹田に叩き込んだ。
『龍咆上掌』
波動が来栖の曲を貫通してダメージを与え、更に体が浮かび上がる。
既に烈華の表情はいつものトランス状態時のそれに戻っている。
浮けば後は重力によって落ちるのみ。
『↓ ↘ → ↗ ↑ ↖ ←』
『下段右アッパー』
『下段左アッパー』
脳内に浮かぶ3つの十字キーをとっかえひっかえしながら正確に操り、右アッパーを放ちつつ烈華の連撃が始まった。
『百足連撃破』
下からの両手の連撃で来栖が再び宙を舞う。
そこで小さくジャンプした烈華が、追撃を掛ける。
烈華の瞳は大きく見開かれ、モーションの1つさえ見逃すことはない。
既に流血している来栖の顔が更に傷つけられて、ぱっくりと切れた箇所から血飛沫が飛ぶ。
『→溜め ↙ ← ↖ ↑』
『中段突き両掌底』
烈華の攻撃に終わりはない。
それ即ち――『アンリミテッドコンボ』
『空撃烈波』
落下する来栖に地面から吸い上げた力を回転のみの力によってノーモーションで伝えきる。
次々と攻撃を畳み掛ける烈華の動きは最早『アンリミテッドバトルガール』のモーションそのものであった。
脇腹へ――『左鉤突き』
顎へ下から――『右上段蹴り上げ』
振り下ろし――『鉄槌』
「これって……『アンリミテッドバトルガール』で上位ランカーと戦ってた流れと同じ……か?」
烈華の流れるような連撃から目を離せずに、あの日の武士の記憶が蘇る。
そう猫猫ナースと死合した時の戦い方と全く同じ。
完全なるトレース。
烈華が舞い嗤う。
美しく妖艶に。
『↙ ↓ ↘』
『右突き掌底』
『地踏挑勁』
大地を力強く左足で踏みしめた烈華が、地の力を取り込み右掌を添えて――発勁。
下から相手をかち上げ更に畳み掛ける。
来栖の表情は歪み、最早その感情は読み取れない。
「何なのよ……これが烈華ちゃんだって言うの……?」
魅夜が烈華から感じ取った"ナニカ"。
それは彼女の想定の遥か上の上を超えていったようだ。
すっかり青褪めて、深刻な表情の魅夜。
当初のお茶らけた様子など微塵もなかった。
そして烈華はひたすら自分を抑え込んでいた。
必殺技が決まる度に膨らんで行く抗い難い破壊衝動。
だが、自然と浮かぶ蠱惑的な微笑み。
『→ ↑ ← ↓』
『上段裏拳』
『左中段蹴り上げ』
『右上段後ろ回し蹴り』
多彩な攻撃方法に何重にも想定された攻撃パターン。
浮かしては上から叩き付け、叩き付けては下からかち上げる。
『真鬼滅戒』
右上段回し蹴りが来栖の胸部へと吸い込まれるように叩き込まれ、大きく蹴り飛ばされる。
弧を描いて落ちてくる来栖。
烈華は急加速して一気に間合いを詰めると、彼が地面に激突する前に右足で下から蹴り上げた。
これはゲームではない。
虚空を蹴ることもできなければ、地面に叩き付けられて即座に態勢を立て直せる者などほとんどいないだろう。
故に臨機応変に攻撃パターンとタイミングを変えていく。
『右下段蹴り上げ』
『↓下溜め ↑』
『右アッパー』
冷静に、そして正確無比に攻撃を放つ烈華だが、一方ではもう1つの戦いも繰り広げられていた。
自分との戦いだ。
"あの日"以来の高揚感が心を突き抜けていく。
なんて楽しいのかしら!
私の攻撃で人が無力に舞い踊る――ボロ雑巾のように。
ああ……早くこいつを壊したい……!!
だが同時にそんな想いと相反する想いも烈華の中に芽生え始める。
覚悟と言う養分を吸って。
『天空撃破』
来栖が強烈な右アッパーによって天へと舞い上げられる。
その体は烈華の内から湧き出る衝動に従って徐々に破壊されていく。
最早、足掻くことすらできない来栖が落ちてきたところで――
『中段左前蹴り』
ガードすらできずに下腹に前蹴りが決まったのを見て烈華が畳み掛ける。
その顔は狂喜に染まりながらも艶やかな笑みを湛えており、口から出るのは譫言のように、呪詛のように繰り返される言葉。
「壊す壊す壊す壊す壊す……」
昂る高揚感のせいで冷静なコンボができないなどと言うことはない。
彼女の体には全ての技が染みついていた。
脳内のコントローラーが自身の体を操る。
『→溜め ←』
『両手突き』
右拳を来栖の顔面へ、左拳を膀胱、金的に狙いを定めて放つ。
まさにハメ技。
来栖が地面を踏むことはもう――ない。
『天地撃滅打』
浮いた状態で必殺技を喰らい空中で停滞する来栖の目は既に白目を剥いている。
至近距離から8撃目の必殺技を放つべく、烈華がコントローラーを操作しようとすると……。
「おいおい……ランよ……何処でこんなバケモン見つけてきたんだよ……」
「オレにもよく分からないんだな。これが」
「んだよそれ……」
大我の口から漏れる言葉は、ただただ驚きを表すもののみ。
驚愕以外の感想が出て来ない。
言葉が見つからないのだ。
道藍は道藍で普通の少女ではないと感じていた部分こそあれど、まさかこれほどとは考えてもみなかった。完全に想像の遥か斜め上をいく烈華には、戸惑いの念しか浮かんでこない。
『↓溜め → ↗ ↑ ↖ ←』
『中段左突き』
既に終局は見えている。
そこには約束された勝利への道が――
「後は間違えない……飲まれない……激情を抑え込め!」
今もとてつもない陶酔感に襲われているし、油断すれば一気に狂喜の海に沈んでしまいそう。
精神を保てているのは、恐らく相手が弱いから。
『鬼哭崩心拳』
烈華の左拳が炸裂した瞬間、見えない衝撃が来栖の心臓を貫いた。
技名の通り人間の核を貫かれた来栖は、その場に崩れ落ちて膝をつく。
恐らく彼の体には、数えきれないほどの骨折やあざが出来ていることだろう。
「勝ったわね」
「ああ」
魅夜と武士が確信に至る。
「終いだな……」
「これまさに修羅なりってヤツさ」
大我と道藍も同じく確信する。
この場にいる全ての者が理解した。
最強たる存在の誕生を。
序列圏外?
とんでもない!
雌伏していた龍がその眠りから目覚めただけだ。
「もう勝ったようなものだけれど……宣言しちゃったから。『アンリミテッドバトルガール』の力を目に焼き付けさせるってね」
目の前で俯いたまま跪きピクリとも動かなくなった来栖に、若干の同情を抱きつつも、烈華は死を宣告した。
まだ『アンリミテッドコンボ』の条件は途切れていない。
後2発の必殺技を叩き込む。
それだけで烈華の目の前にいる男は生死の境を彷徨うほどの大怪我を負うことになるのだ。
一旦、攻撃を止めたせいか、あれほどまでに熱せられていた心と体はいい具合に冷めている。
もう1度、力に飲み込まれる可能性もあるが、それも乗り越えるべき壁。
「大丈夫……きっと大丈夫よ。『アンリミテッドコンボ』が続く限り……レフリーロボが止めない限り私は私であり続ける」
そして烈華は脳のスイッチを切り替えると、脳内コントローラーを操作してコマンドを入力した。
烈華の右掌が丹田に添えられる。
『龍咆上掌』
衝撃でビクンと体を震わせた来栖の顎を右足で蹴り上げる。
更に思考によるコマンド入力後――右アッパー。
既に白目を剥き、その顔面に最初の面影はない。
『これで終り……。天空撃破』
10連撃――烈華の体が妖しく煌めいた。
「『アンリミテッドコンボ』発動よ」
まるで何者かに操られるかのような烈華の乱舞が今、幕を開けた。
『中段右蹴り上げ』で顎をかち上げ。
『鉄槌』を後頭部に振り下ろし。
『左中段猿臂』で胸部をかち上げ。
『右裏拳』で顔面を粉砕する。
頭が下がったところで『左膝蹴り』を喰らわせ再び顔面を打ち砕く。
これまで戦い続けた上に、後半からの連撃。
それでも烈華は呼吸すら乱れてはいなかった。
『右肘打ち』で右横からの払い。
『左鉤突き』で右脇腹を殴り砕き。
『右手刀』にて右首を殴り斬り。
『左中段膝蹴り』で左腹部を抉る。
響くのは烈華が発する呼気と、来栖への打撃音のみ。
そして――無限に続く攻撃に対して、烈華の顔は無表情。
何故か心の方も無感動に支配されていた。
『右貫手』
『左側中段蹴り』
『右飛び蹴り』
『鉄槌』
『踏み砕き』
『左側面上段蹴り』
『右鉤突き』
技と技の間に烈華の口から漏れるのは鋭い呼気だけ。
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いつまでも止まらない烈華の連撃に、フリーズしていたレフリーロボがようやく介入する。
まるで凍り付いていた刻が戻ったかのように。
≪来栖救世に甚大な損傷を確認!! 攻撃を中止してください! 直ちに攻撃を中止してください!≫
それでも止まらない。止められない。
烈華の耳には何も届かない。
そこにあるのは高揚感も陶酔感も何もない延々と繋がり続ける攻撃のみ。
情け容赦ない、無感動で機械的なもの。
ただただ無表情で無情に打ち続ける烈華に、不気味なほどの異常性を感じ取った者たちが慌てて止めに入った。
武士、魅夜、道藍、大我。
そして告げられた終局の言葉。
≪バトル勝利者:波取烈華!! 序列圏外位→3002位。敗者:来栖救世!! 序列1599位→3438位。来栖救世からファイトマネーを徴収し波取烈華へ譲渡します≫
数人がかりで抑え込まれた烈華の意識が徐々に覚醒していく。
「あれ……? 私は一体……?」
『アンリミテッドコンボ』が発動した時からの記憶がないのだ。
ひたすら困惑する烈華に覆いかぶさる4人の男女。
全く訳が分からなかった。
そこへ真の終わりを告げる優しい声が烈華の脳内に響いた。
≪敵の殲滅を確認。『アンリミテッドバトルガール』を終了し、平常モードに移行します≫
お読み頂きありがとうございました。




