ラウンド16 ささやかな幸せ
ありがとうございます。
「はぁ……怖かった……」
烈華は地面にへたり込んだ。
震えている辺り本当に怖かったのだろう
よく道藍を相手にあそこまで強気でいられたものだと感心する。
「何だよ。烈華もビビってたんか」
「"も"?ってことは武士もビビってたのね。案外繊細なのね」
「ぎゃはははは! お前さん、ビビり散らかしてたのかよ! オレが来たんだからもっと堂々としてろよ! ぎゃはははは!」
「ふぅん。武士くんにも怖いものがあるんだね。そんな見た目してるのに意外だな。やっぱり創るの文芸部にしない?」
口を滑らせた武士に容赦のない3人。
武士的には烈華と雪柳はともかく、蓮の言葉には納得がいかない。
「るせー! もういいわッ! 俺ぁ帰るからな!」
「ちょ、待てって! 本日の喧嘩部会議はどーすんだよ」
居たたまれなくなった武士が、帰宅しようとすると蓮が慌てた声を上げた。
更に耳聡く聞きつけた烈華が当惑しながら、恐る恐る口を開く。
「え、喧嘩部……って何? そんな部活があるの? えっと……この高校本当に大丈夫……なの?」
「なんか武士くんが創るみたいですよ?」
自分の体を両手で抱き締めながら烈華が軽く引いているが、上手く雪柳がフォローする。単に間違っているから訂正しただけなのだが、武士の中では雪柳の株価が高騰していた。
「そーなのよ。オレなんか巻き込まれちまってな?」
「おいおい! 記憶を改竄してんじゃねぇよ! 『喧嘩部か……実に楽しそうな部じゃねーか』とかキリッとした顔で言ってたじゃねぇか!」
「ッ!? お前さんもよく覚えてんのな! でも昔のことに拘ってても碌なことがねーぞ! はよ忘れろ!」
「よし殴る」
「ふぁッ!?」
「殴れば記憶も飛ぶだろうよ……」
武士が両拳を握りしめてポキポキと指を鳴らし始めた。
掛け合いをしている武士と蓮を完全に無視していた烈華の口から意外な言葉が漏れる。
「面白そうね。私も入ろうかしら」
静かに投下された爆弾が、周囲の刻をピタリと止めた。
「いやいやいや、烈華ちゃん?だよな。いいから止めときなって……喧嘩だぜ喧嘩。殴られると痛いし泣けるんだな。これが」
「……そうだ。烈華は止めておいた方がいい。喧嘩になればアレのトリガーになるだろ」
アレとは当然、『アンリミテッドバトルガール』のバトルモードのことだ。
実際にバトルを見た訳ではないが、武士としては烈華に"あの日"のような悲哀に満ちた顔をして欲しくない。
果たして彼女が、どんな気持ちを抱いたかは分からないが、相手を破壊することへの拒否感、愉悦に染まった哄笑に嫌悪感を抱いていることだけは武士も理解したつもりだ。
「まぁそうなんだけどさ。私がこの学校に来たのは強くなるためだから……精神的に」
朝に烈華と話した時に、彼女の覚悟は聞いていた。
それは武士にも十分伝わってきたのだが、それでも心配なことには変わりはないし未だ『アンリミテッドバトルガール』の件を非現実的に捉えているからかも知れない。
アレの意味を蓮と雪柳は良く理解していないようだ。
当然だ。2人は事のあらましを知らないし、武士自身も完全には理解できていないのだから。
「雪柳センパイはどう思ってんだ?」
「むぐむぐ……え、別にいいんじゃないの? そもそも人数足りてないんだし」
雪柳はしれっとそう言った。いまいち掴めない男だ。
いつの間にか、何処からともなく取り出したカレーパンを食べている。
「つーか烈華ちゃん、ホントに『関東鳳凰会』の連中と戦んの? ふつーに考えて無理じゃね?って思うんだが」
烈華は恐らく勝つ。
それもハマれば圧倒的な勝利を収めるだろう。
烈華の話が真実でゲームの腕の通りに事が進むならば、だが。
「もう約束しちゃったし、私は負けるつもりなんてないわ」
「はぁ……でもな。約束したけど俺が代わりに――」
「だから私が戦うってば」
「いやな?」
「くどいわよ!」
武士は頑固な烈華の説得を諦めざるを得なかった。
今思い出せば、病弱だった幼少期から頑なだった気がする。
それにゲームのことになっても強い信念があるようにも感じる。
「わぁーったよ。もちろん俺も付いてくが……喧嘩部の件は、あー勝ったらってことで……」
「お前さん、マジで言ってんのか? 勝てる訳ねーよ。常識的に考えて」
「ま、確かに常識的に考えればそうなんだがな……」
蓮と雪柳は武士の呟きを聞いて、ポカンとした表情になっている。
まさか『アンリミテッドバトルガール』の能力が現実化しました!などと言ったところで、頭がおかしいと思われるだけだろう。
実際に5人の男を倒した事実を、今の武士ですら信じられないのに。
「じゃあ、決まりね。まぁ他の部活も見てみるつもりだけど、流派なんて私にはないし喧嘩部に内定かもね」
烈華はそう言い捨てると、話は終わったとばかりに手を振りながら昇降口の方へと歩いて行ってしまった。
彼女を見送った武士は、無理やり交換させられた道藍の連絡先を見ながら大きなため息を吐いた。
◆ ◆ ◆
「んーーー! 美味しーい!!」
喫茶『BERSERK』では楓たちに誘われた烈華が苺パフェを楽しんでいた。
乱武高校から徒歩数分の位置にある、大正浪漫に溢れ、木調の古式ゆかしいカフェである。
教師も生徒も良く来る人気店らしいが、意外と乱武高校の校則は緩いのかも知れない。
「でしょ? 季節から少し遅いんだけど、結構特別な苺使ってるらしいよ?」
楓がそう説明してくれているが、烈華は味わうのに一生懸命だ。
ふんだんに使用された苺、メガ盛りの生クリーム、苺シロップ、チョコクリーム、フレークなどが何層にも重なり色んな味が楽しめる。
彼女の表情は未だかつてないほどにまで、緩みきっていた。
夢の1つが今まさに現実のものになろうとしているのだから。
「そうなのね。外でこんな美味しいものなんて初めて食べるから感動ものだわ!」
「えっそうなん? もしかして烈華ちゃんちって厳しめなの?」
金髪をサイドテールにした巨乳少女の桃香が意外そうに聞いてきた。
別に過去のことはそれほど気にはしていないので、特に隠すことなく平然と烈華は答える。
もちろん、思うところが全くない訳ではないが。
「いや、そうじゃないんだけど……私は昔から病弱で外に出られなかったから……」
「ええええ!? それなのによくうちの学校に来たね!? 謎なんだが?」
「せやねー烈華やん見た時、こーんな可憐な娘がうちでやってけんのかねーって思ったわ」
「それだと部活大変だよね。それでも乱校を選んだってことは何処に入るか決めてきたって感じ?」
全員が驚く中、楓が部活のことに言及してきた。
既に明確な目的意識を持つ烈華は、淡々とそれに答える。
「んーそうじゃないわ。とにかく自分の不甲斐なさを痛感して、精神的に強くなるために選んだって感じかしらね」
「精神的? 肉体的じゃなくて?」
「まぁ『心技一体』とかも謳ってるしねー」
「決まってないなら、あたしんとこに入らない? 第1剣道部なんだけどさ。 あたしに竹刀を……いや木刀を持たせたらどんな奴でも叩きのめしてあげるわ……ふふふ……」
楓が烈華を誘うが、言葉の後半に何やら不穏なことを言ったような気がするのは聞き間違いだろうか。
少しばかり引きつつも、烈華は『アンリミテッドバトルガール』のことを思い起こしながら答える。
「そ、そうね。剣道かぁ……武器を持った戦いを想定したことはないわね……」
「え、想定って何?」
烈華の返答が可笑しかったのか、桃香からツッコミが入ってしまった。
思わず格ゲーの武器を使うキャラクターのことを思い出す烈華だが、どうにもピンと来なかった覚えがある。『アンリミテッドバトルガール』にも武器を持つキャラクターはいたが、それらは軽く使ってみただけで極めるほどにはプレイしていない。
「バトルモードになったら私も武器が使えるようになるのかしら? なりそうな気もするけどいまいち使ってる想像がつかないわね」
食べる手を止めて、はたと考え込みながら呟く烈華を見た3人が烈華本人の前でヒソヒソと密談を開始した。
「ちょいと楓さん……この子がますます謎なんだけども?」
「うーん。これは所謂、少し不思議ってヤツかもねー。まー謎多き美少女も十分イケる!」
「何よ、イケるって……まぁとにかくまだ決まってない訳だ。初日だし当然よね。見学するのもいいけど、数がかなり多いから大変かも」
普通に話を聞いていた烈華は、隠すことでもないかと思い武士が話していた件を思い出す。
「一応、考えてる部はあるんだけれど……」
「えっ! そうなの? 何処なの!?」
儚く今にも散ってしまいそうな少女が、どんなマッチョな部に入るのか興味深々なのだろう。
3人共、かなり前のめりになって烈華の答えを待っている。
「えっと、喧嘩部?」
刻が止まる。
楓を筆頭に他の2人も首を捻っているが聞き覚えがないからだろう。
取り敢えず、烈華はもう少しだけ情報を投下することにした。
「なんかね。武士が喧嘩部って言うのを創るらしいから入ってもいいかなって思ったの」
「え? 武士? あのでかい金髪君?」
「そう言えば、知り合いみたかったけど……」
「ええ、幼馴染だから」
特に隠すことでもないので正直に答える烈華。
武士が聞いていたら心に大ダメージを負っていたかも知れないほどに、あっけらかんと。
「え? マジかー!」
「えっとブシくんには勿体ないかなって思うんだ」
「ブシ君に春は遠かったかぁ……」
「武士ね。武士」
一応、幼馴染の誼で訂正しておいた。
烈華は生まれて初めての経験に、頬が緩みっぱなしの1日となったことに喜びを感じていた。
久しぶりに平穏な日常が戻った気がして烈華は、この一瞬一瞬を大切にしていこうと固く決意した。
彼女を待ち受けているのは死合なのだから。
お読み頂きありがとうございました。




