ラウンド10 二人の進む道
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喧嘩部の件があってから武士は、学校では喧嘩部創立のための人数集めに奔走し、放課後は『関東鳳凰会』のスカジャンを着た者たちをひたすら私闘やバトルで沈めていた。
「バトル法の恩恵を受ければあっちも文句をつけにくい。あれは基本的にタイマンだからな……」
夜の闇の中を武士はぶつぶつと呟きながら彷徨い歩いていた。
すれ違った人の中には何事かと振り返る者もいる。
「思ったより弱ぇ奴が多いのが計算外だ……どうしても私闘になっちまう」
現在の武士の序列は2781位。
このまま雑魚を狩り続けていても無駄ではないかと思うが、その結果、幹部の連中が出てくることに期待しているのだ。
幹部なら序列が武士よりも高い可能性がある。
集団戦になったら場合、流石に分が悪いだろう。
序列上位者と戦るのであれば、タイマンで挑むべきなのだ。
しかし武士の中で焦燥感も加速していた。
幹部が現れることに期待はしているが、なかなか姿を見せないからである。
もたもたしていれば烈華がボコった5人から情報が共有されて、報復対象になることは疑いようのない事実だろう。
「いや、もう動いていてもおかしくはない。烈華には大人しく家にいてもらえばいいしな」
武士としては、あの狂気を烈華自身に味わって欲しくはない。
何より彼女が1番恐れていることだ。
「おう。兄ちゃん」
喰いついたか?
ポケットに突っ込んでいた両手を出すと拳を硬く握りしめる。
武士は声がした方向――背後に振り返る。
目の前に迫る右拳。
上体を引くとピタリと当たる寸前で止まっているが――人差し指を突き出される。
危うく目に指を突っ込まれるところ――紙一重の攻撃。
チリチリの長髪でガタイの良い脳筋男に見えるが考えてはいるようだ。
「手が速ぇな。タイマンならバトル申請でもするこったな」
「聞いてるぜ? あちこちで跳ねまわってるヤツがいるってなぁ……」
「聞けよ馬鹿が。こんな場所じゃすぐに警備ロボが飛んでくるぜ?」
「警備ロボ? おいおい随分と甘っちょろいこと言ってんだなぁ。あんなもん、集団でボコれば終いだぞ?」
「あいつらもしっかり学習してんのよ。複数には複数をってな。ボコられるのはてめぇだよ」
「『関東鳳凰会』の4番隊隊長に向かっていい度胸だ。殺してやんよ」
男は威勢の良いことを言いながらも、舌打ちをしてポケットからスマホを取り出した。
武士は知っている。
自分の肩書きを最初からべらべらと話す奴は弱い。
高架橋下。
周辺に人の気配はない。
警戒しつつ武士もスマホを出すと、右手に持ってかざした。
いつも通りスマホが震えて音声が流れる。
≪序列4168位:加藤凌統から対戦申請:承認しますか?≫
格下――答えは当然YES。
≪双方向認証:承認! マッチングが成立しました。24秒後にバトルが開始されます≫
「こんな場所に警護ロボやらレフリーロボがうろついてねぇ訳がないんだよ」
そして聞こえてくるいつも通りの唸りを上げた疾走音。
キキーッと勢いよく止まったレフリーロボが勝負のゴングを鳴らした。
≪それではぁぁぁ!! 炎下武士Vs加藤凌統のバトルを開始しまっす!! ファイッ!!≫
格下のヤンキー程度に負けるつもりなど毛頭ない。
間合いはほとんどない状態。
ジャブで左拳を打ち込むと凌統はそれを受けずに避けた。
少し感心した武士だが、何度も同じ攻撃を繰り返す。
速さは抑えてある。
力押しでも良いが帰り道で囲まれても面倒だ。
例え『関東鳳凰会』の末端メンバーであっても人数が集まればそれなりに苦労する。
最小限の消耗で勝つ。
それが武士の目標である。
「オラッ! 威勢がいいのは口だけかよ!」
回避ばかりに徹しながら挑発の言葉を投げ掛けてくるのは何故か?
どうせカウンター狙いだろ?
そう考えながらも、速いとこと潰したい感情に囚われる。
「それはてめぇだろ。御託はいいから攻撃して来いよ。弱い狗ほど良く吠えんだ」
「ハッ……テメーの左なんて見え見えなんだよッ!」
「そうか、見え見えかよ……」
無感動にそう言った武士が右足を強く蹴り、今までにない速度で軽快に左足を踏み出した。
全体重を左足に乗せ、同時に斜め下方向に向かって左拳を振り下ろす。
当然、こちらも速度を上げた一撃。
凌統の体全体を視界に入れて全ての動作に注視する。
鋭く風を切り裂く音と共に武士の硬い左拳が、凌統の右頬に激突した。
彼も躱そうとしたようだが、緩急差に惑わされたのだろう。
鼻と口から鮮血がほとばしり、上体が浮いてガードが丸裸となった。
武士の左拳からも骨が逝ったような手応えが伝わる。
口元が少し上がるが、フィニッシュまで油断はなしだ。
左足を強く踏ん張ると太腿の筋肉が強く張って力を溜める。
体を開かぬようにして内側から抉り込むような渾身の右。
凌統が左手を前に突き出すが、それはガードではなく、本能的に手で防ごうとしているだけだ。
ただただ絶望感のみが伝わってくるが、同情の余地など雀の涙ほどもない。
武士のフルパワーの右ストレートが、その顔面に綺麗にヒットする。
体格差か技術の差かは知らないが、凌統は人間はこれほどまでに飛ぶのかと思わされるほどの勢いで吹っ飛ばされていった。
後はトドメ――
マウントを取ってタコ殴りにして試合終了だ。
バトル解除まで油断は禁物。
それが勝利の要諦だ。
武士がアスファルトの上に大の字になって倒れ、ピクピクと体を痙攣させている凌統に跳び掛かる。
≪バトル終了!! バトル勝者:炎下武士!! 序列2781位→2656位。敗者:加藤凌統!! 序列4168位→4542位。加藤凌統からファイトマネーを徴収し炎下武士へ譲渡します!≫
慌てて止めに入るレフリーロボ。
アームのような両手を大きく振りながら、両者の間に割り込んで体を張って止めてくるのだ。
「チッ……少し左が強過ぎた……もっと心を折る戦いをしねぇと」
そうなのだ。
人間と言う者は圧倒的にやられても心が折れていなければ、怒りと強靭な精神力、意志さえあれば立ち向かえる。会ったらビビって2度と歯向かえないように……いや会うことすら避けさせるほどの恐怖を心に刻みつける必要があるのだ。
チラリと周囲に目を向けると、既に複数の警護ロボと救護ロボの姿が見て取れる。
凌統は一向に気が付く様子がないので、武士は素直に退散することに決める。
これ以上、留まっていてもロボ軍団がいる以上、何もできない。
「幹部連中の顔が知りたいな……。蓮にでも聞いておくか」
武士は何の感慨もなく無表情なまま、バトルの場を立ち去った。
―――
「烈華……本当にこの学校に編入する気なのかい?」
波取家のリビングでは家族会議が行われていた。
メンバーは父親の波取烈将、母親の波取蒐、波取烈華、弟の波取魁の4人である。
普段は楽しく食卓を囲むための場が今では重々しい空気に包み込まれていた。
しかしその中でも烈華の表情は明るい。
「うん。私は別にどこでもいいんだけれど、せっかく体が動くようになったんだしね」
にこやかに話す烈華だが、烈将にはやはり心配なのだろう。
原因不明の病弱な体が原因不明で復調した上に、ずっと自宅で過ごしてきた愛娘が家からいなくなるのだ。そうは言っても家にいる時間が短くなるだけなのだが、烈将からしてみればたまらなく寂しく不安なのである。
「そうは言うがな……また体調が悪化するかも知れんのだぞ? わしたちが近くにいてやることもできん……」
「体調が悪くなったら大人しく保健室で休んでればいいでしょ?」
烈華は別に父親を困らせたい訳ではない。
直接言うのは恥ずかしいので憚られるが、柔術の相手をしてあげたいと内心では思っている。
ずっと烈将が自分に柔術を教えたがっているのは態度からバレバレだ。
「うーむ……」
「私は良いかと思いますよ? 烈華の人生ですもの。せっかく元気になったんですからやりたいことをやってみたら良いと思うわ。ね? 貴方」
眉間に深い皺が刻みつけられるほどに渋る烈将に蒐は擁護の姿勢を見せる。
弟の魁は特に何も言う気はないのか、ボーッと天井を眺めているだけだ。
「君の母校だからな。その点は心配ないとは思うが……烈華はそこで何をしたいんだい?」
「そうね……友達を作って仲良くおしゃべりしたり、寄り道したり……とにかく楽しいことがしたい」
進路の問題で今後が変わる――つまり未来が変化すると言っても過言ではない。
娘を心配する親としては当然と言えば当然の質問に、烈華は迷わず即答した。
「それはどの学校に行ってもできると思うのだが……」
子供らしいありきたりな答えに、烈将は少し声のトーンを落として重々しく言った。
その”ありきたり”が烈華が今までやりたくてやりたくて仕方なかったこと。
病弱でできなかったこと。
しかし烈華の言いたいことは先程の言葉だけではなかった。
「それだけじゃないわ。私ね……今までお父さんとお母さんにずっと護ってもらってきたじゃない? だから少しでも強くなりたいの。肉体的にも精神的にも。私はあんなことに負けたくないの」
「……?」
両親が不思議そうな表情になるが、烈華には烈華なりの理由がある。
自分は幼少期からずっと心の内から滲み出てくる苦痛、不安、悲哀、嫉妬、憧憬、様々な悩みと戦ってきた。
それらはやがて諦観へと達し、烈華は何も感じることがなくなった。
境地に至ってからは心が動くことなどほとんどなくなり、何が起こっても決して動じない子供のまま成長してきたのだ。
『アンリミテッドバトルガール』と出会ったことで人生が華やかに色づいたのは確かだが、烈華は動じない=精神的に強くなったと勘違いしていた。
「あの恐怖と戦慄には負けられないのよ」
小さな、本当に小さな声で烈華は呟いた。
テーブルの下で握り締めている拳が震えている。
それに気付かされたのが5人の男に絡まれた日。
もう"あの日"のように『アンリミテッドバトルガール』の力に飲み込まれる訳にはいかない。
そこにはいつもの穏やかな微笑みを湛える烈華の表情は消え失せて、凛とした気丈な顔付きに変わっていた。
いつものように甘えてばかりはいられない。
「ねーちゃん、最近なんか変な感じなのなー。怖い顔してんの。なんか変な目にでもあったんか?」
魁が空気を読まないで馬鹿なことを口走る。
が、他の3人はものの見事に華麗にスルーした。
「そうか……烈華には何か目指すものができたみたいだな。そうか。そうか……」
「そうね。貴方、もういいんじゃないかしら」
しみじみと嬉しいような悲しいような表情になる烈将だが、烈華の気迫に思うところがあったのだろう。
それに優しい笑みを浮かべた蒐も賛同し、2人してうんうんと満足げに頷いている。
「烈華、お前の気持ちは分かった。やりたいようにやってみなさい!」
「貴女は今でも十分強いと思うけど、もっともっと羽ばたけると信じてるわ。私たちの娘なのだから」
「ありがとう!! お父さん! お母さん! 私、頑張るから!」
両親の心からの激励を受けた烈華は、零れ落ちそうなほどの満面の笑みを湛えて明言した。
握りしめていた手の震えはもう治まっていた。
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