09
カタカタと車輪の回る音がする。
昨日に続き、今日も馬車で移動だ。とは言っても、馬車の移動は今日までのはずだ。
………ドレスは、まだ3ヶ月ほど付き合う羽目になるのだが。
「王女、一つ頼みがある」
一晩あったからだろう。
昨日よりもだいぶ雰囲気も和らぎ、決して口数は多くないがポロポロと会話も出てきた。
そんな中、皇帝陛下からそう切り出された。
「今朝話した仮面のことは、他の者の前では触れないでほしい」
曰く、視線を悟らせない様にするための仮面。
これはバステオンの民からすれば姑息な手段に感じるとのことで、あまり人の前では口にしないで欲しいとのことだった。
了承の意を伝えれば、皇帝陛下は安堵した様に微笑まれる。
弱く見られてしまうから。バステオンの皇帝となると、それは絶対に避けなくてはいけないことなのかもしれない。
だから、皇帝陛下はあの時仮面のことを指摘されて空気が変わったのだろうか。
仮面は、目元は隠れているが、口元……下半分が見えている。
そのおかげで、初めは分かりにくかったがなんとなく皇帝陛下の表情もわかる様になってきた。特に今の様に正面にいるのだから尚更だ。
今朝の様な冷たい声になられた際は、また固まってしまいそうだけれど。
その後も時折談笑を重ねていたところ、ふと、皇帝陛下の今朝の様子を思い出した。
「……陛下は昨晩あまり眠ることができなかったのでしょうか」
「は」
思い返せば、皇帝陛下は今朝何処か疲れた様子だった。
崩れた要塞、寝た場所と起きた場所の乖離。
これが意味するものはつまり、つまり!
「私は陛下に、そ、粗相をしてしまったのではないでしょうか……!?」
間違いない。
私はいつもそうだ、寝相が悪すぎる。
まだ私が幼かった頃だ。母の代わりに歳の離れた1番上の兄が寝かしつけをしてくれたことがある。私はすっかりと眠ってしまったのだが、午睡から目覚めたら兄がボロボロになっていたことがあった。
またある時は、自室で眠っていたはずなのに庭の木の上で起きた事もある。あれには本当に驚いた……。しっかりシーツは握って離さないのだから、一体どんな寝相だったのか自分でも想像がつかない。
「それについてはあまり気にしなくても良い…」
「"気にしなくても良い"と、言うことはやはりそうなのですね?」
「あ、あぁ……少しばかり、お転婆…力強い?寝相だったと、思う」
フイ、と皇帝陛下の視線が逸らされる。
そ、そんなに酷かったのか…。見たところお怪我をされている様子はないけれど、それは皇帝陛下がお強いが故、かもしれない。
同じベッドで寝続けていたから、いつもよりはまともに眠れている様な気がしたのだが。
一体力強い寝相とは如何様なものだったのか。
せめて、馬車の中で少し休めないだろうか?
「……意外かもしれませんが、確かに寝相は酷い私ですが、起きている間全く動かないのは得意としております」
「そ、そうなのか」
「なので…ご迷惑でなければ、ま、枕に使ってください!」
そう言って膝を叩いて見せる。
父上が言っていた。膝を枕にするのが1番良いのだ、と。人肌である故温かく、布よりも弾力があって心地よいのだと。
特に母上のものは素晴らしいと言っていた。流石に母上の膝には勝てないと思うのだが、それでも人肌…体温ならある。
「母上の膝の上からそう父上に聞いたので、多少なり効力があれば、と……」
「……エリュシオンの国王が、王妃の膝枕を…?」
「えっ!?え、あ、ええ、そうです!!!」
そういえば今の私はエリュシオンの王女だった。
国王陛下に余計なレッテルを貼ってしまった様な気がするが、父上はどこのご家庭でもやっていると言っていた。きっと、国王陛下も、王妃様のお膝を枕にされているに違いない。
皇帝陛下は少し考えた後「では…」と前の座席から隣へと移動をされた。
ギシリ、と馬車のソファが軋む音と感触に、何故だか少し緊張してしまう。
馬車の座席は、昨日のベッドと比べたらずっと狭い。
皇帝陛下は窮屈そうにその長い足を折り畳みながら横になり、遠慮がちに私の膝へ頭を預けた。
「………」
「………」
私は石像。私は石像。私は石像。私は石像。
人間の頭って意外と重いんだなとか、ドレスの生地越しに皇帝陛下あったかいなとか、いろんなことを考えそうになるのを堪える。
私は石像。私は石像。私は石像……ところでこの暖かさ、どこかで…?
ガタガタと揺れる車内。
車内は再び沈黙に包まれるが、最初に二人で乗った時よりも緊張してしまうのは何故だろう。
皇帝陛下の頭を落とさないように気をつけてるから?姿勢を変えてしまって陛下のお休みを邪魔してしまうから?
あるいはそのどちらも?
ありうる、皇帝の頭を落としたら国際問題になり得る。多分!
────────……
休めるはずがない。
昨日のあれの後だぞ?
拷問の誘いかと思った。
無理だね。
布越しでもわかる王女の体温に、昨日の暖かさと……柔らかさが蘇ってくる。
ええい、思春期じゃあるまいし!
自分から「枕に使え」と言う割に緊張した様子だが、断ったらこの生真面目な王女は他の補填を考えるだろう。
まだ2日目だが、王女の性格は掴めてきた。
生真面目、責任感が強い、強引で強情、加えて天然ときた。
なるほど中身は確かに箱入りのお嬢様、あるいはお姫様といったところだ。が、この思い切りの良さはさながら武人だな。
どうせ仮面越しでみえないだろうが、薄らと目を開けると、王女と目が合った。
「あの、眠れませんか?」
勘もいい。
これ以上は良くない。何か程のいい断り文句を……そう思って口を開きかけたところで、頭に何か温かいものが触れた。
これは……撫でられている?
「遠せ……公務で、疲れた父上は、母上にこうされると気持ちよさそうにしていたので……お嫌でしょうか」
「いや……」
国王夫妻、娘に一体何を教えているんだ。
遠慮がちに触れる手がなんとも心地よく、もどかしい。
「……ではない」
「そう、ですか」
この心地よさを手放すのが惜しくて、喉まで出かけた断り文句を飲み込む。
そうすることで、ホッとしたような、安堵したような。そんな表情をする王女から目が離せなくなる。
よせ、彼女は主君の妻となる方だぞ。
僅かに残った理性的な自分がそう言ってくる。
今度こそ瞼を下ろし、意識を手放す。
せめて今だけは。そう……ほんの3か月の短い間だけは。
この暖かさを感じていても許されるのではないだろうか……。
続きはまた2日後の、18時頃に上がる予定です。




