08
2、3度のノックの後、「どうぞ」と返事が聞こえたか聞こえなかったか、そのくらいの速さで部屋に飛び込んだ。
中にはまだ長い黒髪を結う前の、文官姿の男。身支度が終わる前に部屋に入る様促すのはどうかと思ったが、予想通りのニヤケ顔で迎えてくれた。
「おやおや、随分疲れた顔をしていらっしゃいますね。昨夜はさぞや……」
「王女には認識阻害の仮面が効いていません」
「おやおや……」
それまでニヤけていた赤瞳が、一瞬だけ驚いた様に開いたかと思うと、スゥと細められていく。
「何故仮面をつけているのか、と聞かれました。どうやら、初対面の頃から効いていません」
「なんと説明した?」
「儀式の一環でつけるものだ、と」
「そうか」
キース──ケイリクス陛下が右手につけた指輪を確認している。
おそらく、仮面がしっかり動いているのか確認しているのだろう。
認識阻害の仮面、それは俺とケイリクス陛下が入れ替わる際につけている仮面のことだ。
この仮面はケイリクス陛下が十代に入る頃、お止めしたにも関わらず宝物庫から持って来てしまったもの。
この仮面には対になっている指輪がある。仮面をつけた人間は、指輪をつけた人間であると認識させられる。当然、仮面をつけていることすら気づかれない。
そういう代物だと気づいてから、何度入れ替わり、陛下のお遊びに付き合ったものか……。
「他の騎士たちの反応はいつも通りでした。ですので、効果が無くなったと言うわけではなさそうですが……」
「ふむ……侍女の方はどうだった?」
「いえ、皇帝から確認するは藪蛇かと思い、まだ。」
「だろうな」
何かしらの発動条件でもあるのだろうか。
女性には効果がない?いや、城の使い達には効いていた。
バステオン内の人間にしか効果がないとか?例えば、エリュシオンの人間、とりわけ貴族や王族は魔法の扱いに長け、魔力も他の国の人間より多いと聞く。
認識阻害の仮面の仕組みはわからないが、おそらくこれは魔法を使った道具だ。魔力量の多い、エリュシオンの王族には効かないのだろうか。
いや、あの王女勘が鋭かった。それで見抜いたと、ということも……。
思考を巡らせていると、ケイリクス陛下が「よし」と何か考えをまとめた様子で手を打った。
ケイリクス陛下は突飛な方だが聡明な方だ。きっと妙案があるに違いない。
「気づかなかったことにしよう」
なかった。妙案なんてなかった。
「気づかれていたことに、気づかなかったことにしよう」
「わざわざ言い直さなくても結構です。気づかなかったことにしてどうするのです?」
「いいや?なにもしない。ははは、疑問いっぱいという顔だな」
いつもの調子に戻ったケイリクス陛下が、俺の困惑を無視して髪を弄り始める。
「考えてもみろ、皇帝にケイリクスではない男の顔がついていたとして、王女は何故それがケイリクスのものではないと気づける?」
「と、いうと?」
「王女は私の顔を知らん。カイル、お前の顔もだ。そんな王女が、どうしてカイルが皇帝ではないと知ることができる?」
ケイリクス陛下の言うとおりだ。
もともと皇帝がどんな顔をしているのか知らないのだから、皇帝を名乗る男を、そうだと認識するはず。
仮に仮面を外して顔を見られたとしても、何も問題はない。
昨夜の攻防の際にいつ間にか外れてしまっていたせいで、もう素顔も見られてしまったが。
「とはいえ、流石に城にはお前の顔も私の顔も知っているものがいる。そんなものの前で仮面のことを口に出さない様、王女にはそれとなく釘を刺しておけ」
「はっ」
「では下がって……いや、私の方からもお前に聞いて置かなければいけないことがある」
何か穴でもあったろうか。
振り返ると、今度こそあのニヤケ顔に戻っていた。
「昨夜はどうだったんだ?」
「…………」
文官の言葉を無視して、部屋を後にした。
短かったし、解説会だったのでもう1話、甘い感じの話を書きました。
もう少ししたら上げます。




