07
昔から忍耐強い方だとは言われてきた。
たとえ失敗が見えていても、ケイリクス陛下──当時は殿下──の我儘にも耐えてきたし、騎士としての厳しい訓練や遠征にも耐えてきた。
でもそれはそれとして、これは違うだろう。
何度となくクッションの要塞を築いては破壊される。
元の位置に戻しては返ってくる温かさと柔らかさ。
もういっそ諦めてそのままにしようかと思いかけたが、首筋にかかる寝息や触れた素足に、諦めてはいけないと何度も己を奮い立たせた。
結果、一睡もできなかった。勿論主君の妻となる方だ、一切手は出していない。
途中、やはり俺だけ床で寝れば良いのでは?と気づいたがその頃にはカーテンから陽の光が漏れ始めていた。
敗北?いや、勝利だろう。
誇って良い大勝利……いや、ケイリクス陛下なら絶対手を叩いて大笑いする。黙っておこう。
ベッドを降り、眠ることを諦めて体を伸ばす。幸い、眠らないのには慣れている。
ベッドの方を振り返れば、王女様はスヤスヤと、それはもう健康的な寝息を立てて、平和そうな顔で眠っている。
まあこれくらいは許されるだろうと、柔らかそうな頬をつつけば、うにゅうにゅと何事か呟いている。そろそろ起きるだろうか。
しかし本当によく眠っている。
本来、そこは俺の寝床なのだが……。
………ん?もしや今回の嘘のせいで、俺はこれから3ヶ月この王女と寝所を共にしなくてはならないのか?
────────…
瞼越しに、周囲が明るくなったのを感じた。
ゆっくりと目を開けば、寝巻きから着替えを終えようか、という皇帝陛下が見える。
どことなく、少し疲れていらっしゃるような?
「おはよう、王女。よく眠れたか?」
「……おはよう、ございます。皇帝陛下」
気のせいだろうか、疲れた顔とは裏腹に皇帝陛下の声は少し笑っているような気がする。
辛うじて挨拶は返せたが、まだ閉じたがる瞼を擦りながら、一瞬だけ見えた陛下の姿に違和感を感じた。
違和感というか、まあ寝起きなのだから当たり前か。昨日から持っていた疑問もある。
何故だか昨日より気安い気もするし、今なら答えてくれるかもしれない。
「そういえば皇帝陛下、今日はあの仮面をつけていないのですね」
「何──…?」
一瞬、空気が変わった。
殺気、とは違う。
しかし、低く安心するようなあの声も、底冷えするような冷たさを纏っていた。
まだ寝ぼけていた脳が一瞬で覚醒する。
何かまずいことを聞いてしまっただろうか。
皇帝陛下へ視線を戻せば、彼はほんの少しだけ動揺した様子で、床に落ちていたらしい仮面拾い上げる。
「……見えていた?いつからだ?」
「……?私が眠る前もまだつけていらして……外されたところを見たのは今が初めてですが……あの?」
皇帝陛下は「そうか」とだけ短く言うと、一つ咳払いをして仮面をつけた。
「……これも、儀式の一環だ。この仮面は目を守る防具であり、視線を悟らせないようにする一環でつかている」
「そう、ですか」
皇帝陛下の空気が戻る。
声からも冷たさは薄れ、あの落ち着く低音の声が帰ってきた。
あまり触れてはならないことだったのかもしれない。
しかし視線を悟らせないようにするために目元を隠す、というのは愛蔵の兵法書の中にもあったような気がする。あれは仮面ではなく、面布や兜だったけれど。
着替えが終わった皇帝陛下を部屋から見送り、自身も身支度を始めようとしたところで、またもノックなしに扉が開かれた。
流石に今度は皇帝陛下ではなく、セレフィナ様だったが。
「殿下、どうか部屋に入る際はノックを……」
「こら、殿下じゃないでしょ」
カツカツと音を立てて近寄って来たセレフィナ様に、ツンと鼻先を突かれる。
たしかにそうだ、誰に聞かれているかわからないところでセレフィナ様を殿下と呼ぶのは迂闊だった。
そう反省していると「ところで…」とニヤニヤしたあの表情が出てくる。
昨日も見たあの表情だ。
「一晩、あの皇帝陛下と共にしたわけでしょう!?何があったのか聞かせなさい!」
「何…とは……」
目を輝かせる王女殿下はまさに、耳年増なご令嬢もかくやという前のめりすぎる姿勢で。
将来の自分の夫と、自分ではない女性のことを聞きたがるなどどんな心持ちなのやら……。
「何もありませんでしたよ。幸い広いベッドでしたから、真ん中にクッションで……」
セレフィナ様に説明しながらベッドの方を見て……そういえば、と気づく。
いや気づいてしまった。
真ん中に気づいていたはずのクッションや枕は散り散りに。
寝た時と起きた時、私自身の場所が変わっていた様な……?
そういえば、皇帝陛下は少し疲れていらっしゃる様子だった。
「……クッションで、壁を作って、お互い背中を向けて寝て…いました?」
「何故疑問系なの?」
さて、何故私も疑問系なのでしょう……?
続きはまた2日後の金曜日、18時頃に上がる予定です。




