04
カイル・グレイヴス──俺がこの無茶な命を受けたのは、今日から3日ほど前のことだ。
すでに人払いがされた皇帝の執務室の中で、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたケイリクス陛下に「またか」と胸中で密かに嘆息した。
ケイリクス陛下と俺は乳兄弟だ。
父はこの国の騎士団を纏める立場にあり、ケイリクス陛下と、前皇帝陛下の剣の指南役も務めていた。
その縁もあり、陛下とは──恐れ多いことだが──幼馴染と言われる様な関係にある。
幼馴染とはいうものの、程のいい使いぱしりのようなものであるのだが。
『カイル!昔の皇族が使っていたという秘密の抜け道を見つけた、一緒に探検するぞ!』
『カイル!今日は剣の稽古の日だが、それより私は遠乗りがしたい気分だ。抜け出すのを手伝え。』
『カイル見てくれ!宝物庫から面白そうな道具を見つけたんだ。何?宝物庫から勝手に物を取ってはいけない?何を言っている、いずれ全て私のものになるのだぞ?』
あのニヤニヤ顔を見る度に思い起こされるのは幼少の頃に受けた数々の思い出。
楽しくなかったといえば嘘になる日々だったが、それでも手放しで喜べるものではなかったし、何度ケイリクス陛下と共に前皇帝陛下や父上に叱られたことか。
流石に幼少期の頃の様な傍若無人は十代に入った頃に鳴りを潜めたが、それでもとんでもない無茶振りがなくなったわけではない。それは、前皇帝が隠居なされた今も続いている。
さて、今回はどんなことを命じられるのか……そう思っていた所に降ってきたのが、
「カイル。3ヶ月ほど私のふりをして皇帝をやれ。」
というものであった。
「……ご冗談を。」
「冗談?私は至って真剣だぞ?」
「それが真剣に命じているお顔ですか?」
心外だ、とばかりにケイリクス陛下は肩をすくめて見せるが、冗談でなければ有り得ない命だ。だがな、とケイリクス陛下は続ける。
「お前だって、試金石の儀式は知っているだろう?」
試金石の儀式。
それはバステオン皇室の婚姻に関する、馬鹿げた文化の一つだ。
バステオンは強さこそを尊ぶ。
その長たる皇帝もまた、より強いものであるべきだと国民の多くが考えてる。
その偏った思考から生まれた文化こそ、試金石の儀式。
期限は3ヶ月。
皇帝は妃と定めた女性を城に迎え、婚約から婚姻へと至るその3ヶ月。皇帝とその妃となる女性は刺客に狙われ続ける。
刺客を差し向けるのは、貴族、軍人、はたまた民など様々で、自らが刺客となるような者もいる。
この期間、皇帝は刺客に襲われてもそれを咎めてはいけないし、刺客をいなし続けることで強さを示し続けなければならない。
期限以外にも当然ルールはある。
1つ、毒を用いることはできない。
皇帝に求められるのは武力による強さであるが故、毒を用いてはならない。もっとも、強さを尊ぶバステオンの人間は毒を姑息な手段と断じ、好まないのだが。
2つ、日中は襲撃してはならない。
これは公務を円滑に進める為である。もし執務室などで刺客に襲われてしまった場合、公務が滞りなく国の運営に差し支える。
3つ、就寝中に襲撃してはならない。
と、いうより寝室に訪れてはならない。皇族にとって夜は休息の時間でもあるが、子を作る必要もある。それを邪魔してはならないというものだが……いや待て、まさかこれは俺の仕事ではない、よな?
4つ、殺してはならない。
これが1番重要なルールだ。この試金石の儀式はあくまで皇帝の強さを測りたいのであって、殺すことが目的ではない。故に、怪我をさせてしまうことはあっても殺してはならない。
とにかく3ヶ月。
皇帝とその妻となる女性は刺客を退け続ける必要がある。
「今まではよかった。バステオンの后妃も強い女性が選ばれていたからな。だが、今回だけは例外だ。」
この度皇帝の妻となるのは、遠い隣国──エリュシオンの王女だ。
魔法に秀でる国だとはいうが、王子であればいざ知らず、わざわざ王女に剣や槍を扱う術を学ばせているとは思えないし、この国で魔法は脆弱者の扱う逃げ道とされている。それ故に魔法を用いてしまっては、せっかく刺客を退けても王女の評価は下がってしまうだろう。
それにもし、婚約期間中に王女を傷つけてしまったり、王女自身の意思や国民からの反意で王女が自国へと帰ってしまったなら。
「何かあれば国際問題だ。せっかく友誼を結ぼうというのに、これでは逆効果になってしまう。だからこそ、私の懐刀の出番だ。お前は私より腕が立つ。きっと王女のことも守ってくれるだろう?」
今度こそ"真剣に命じる顔"になったケイリクス陛下の瞳に射抜かれる。
昔からその瞳に見つめられるとどうにも弱い。
「ですが流石に……」
「何、バレやしないさ。何せ、皇帝になるのは初めてではない、だろう?」
先程までの真剣な面持ちと変わり、いつもの意地の悪い笑顔が戻ってくる。
何故十代に入った辺りで陛下の傍若無人が鳴りを潜めたのか?それは年齢を重ねることで得た落ち着きではない。新しい遊びを見つけていたからだ。
生まれてから二十余年。
皇帝に振り回され続けてきたが、まさかそれに隣国の王女を巻き込んでしまうとは。
まだ顔も知らない王女に、胸中で謝罪と、多大な同情を抱くのであった。




